11:個人の特定

そういえば、ヴィーヴィーは自動拳銃を持っていた。しかも二丁。


「今どき珍しいな。ヴィーヴィーは軍需工場を抑えているのだろうか」


ヴィーヴィーには謎が多い。


彼自身も言っていたが、上層民は下層民を舐めている。スラムの住人には革命を考えつく能力がないと思っているのだ。残念ながら、これは事実である。


飢えを凌ぐために武器を取って綿密な革命計画を練り、成功するかも分からない蜂起を起こす暇があるなら、上層民の言いなりになって働いたほうがマシだと考える者がほとんどだ。そもそも蜂起を実行できるだけに必要な知略、武力がない。


だが、ヴィーヴィーにはそれがある。

ヤツは頭が回る上、銃を持っていた。


弾薬の不足により、従来のような実弾を発射する銃は滅多に使われない。ボクも回転式拳銃を一丁持ってはいるが、使うことは滅多にない。弾だって再利用した薬莢に質の悪い火薬を詰めたリロード弾だ。


「今回の作戦では銃を使う場面があるかもしれない。備えておけよ、クラヴィス君」


「……オレはコイツで十分だ」


「刀じゃ弾は防げないよ、キミ」


「撃たれる前に倒せばいい」


「脳筋め」


この男、本当にCEOの息子か?思考が脳筋すぎる。

それとも、既に脳みそにナニカサレタのだろうか。


「ところで、ヴィーヴィーについて何か分かったことはあるのか?」


「何も。だが今のところはそれで十分だろう。彼の素性に探りを入れて同盟関係に亀裂が入ると困る」


「……そうか」


クラヴィス君は、素性も分からない人間と手を組むことに忌避感を覚えるようだ。気持ちは分からないでもない。腹の内を明かしあった関係よりも気楽に裏切れるからな。ましてや今回のケースでは、ボクたちはかなりの情報を開示しているからして、若干こちらが不利である。




「素性が分からなくたって人間は友情すら築けるのだよ。クラヴィス君……。今キミの目の前にいるのは一体誰だろうか?確証を持って言えるかい?無論、不可能だ」


「そうか?」


「ああ。個人の特定とは想像以上に難しい作業だよ」



「……時々アンタはよく分からないことを言うよな。感謝してほしいね、オレがアンタの仲間としてこうして来てやってること自体、奇跡みたいなもんさ」


「しかし、現にキミはたびたびボクのもとを訪れるから、つまり、奇跡ではないね」


「ただのたとえ話だよ。ったく、相変わらずアンタは──」


「ふむ、相変わらず、と言ったね?それじゃあ、キミはボクがボクであることの証明を既に済ませたのかい?」


「証明だぁ?現在進行形で会話してるんだから、分かるに決まってるだろ」


「……残念ながらそうはいかない。キミが何を持ってしてボクの存在を特定しているのかは皆目見当もつかないが、少なくとも今、視覚によってボクを特定することは不可能だ」


「確かにお前は着替え中で、オレの目にはカーテンの向こうに人影が薄ら見える程度だ。……あ、見られてねぇか心配してんのか?なら安心しろ、お前の裸を見て喜ぶタマじゃねえぞオレは」


「キミは正直者だからね、そこに関しては疑っていないが。ボクは元男だぞ?とにかく、ボクが言いたいのはこうだ。仕切り一枚が、人間という存在を曖昧に希薄する。布一枚隔てた向こう側の人間……この場合はボクだが。対象と会話するとき、仮に相手がボクそっくりの見た目かつボクの声で話す怪物だったとして、キミはそれがボクではない存在だと気づけるかい?」


「……そりゃ、ちと難しいかもな」


「まったくその通り。人は見た目で判断する生き物だ。ついたてを一枚挟んだ相手が何者か、会話のみで正体を見極める……。これが意外と難しい。話している相手が男か女かさえも、なかなか分からないものだからね。くだらないパーティの余興遊びになる程度には難しいさ」


「言われてみると、そうかもな」


「そして、義体化技術が進歩した現代においては、姿を見せた状態でさえもこのゲームが成り立つ。キミの目の前に一体の女性型義体があるとしよう。ボクそっくりの美しい銀髪に神秘的な翠玉の瞳。だが魂の中身はボクではない。そういう状況が、思考実験だとかでなく、現実で起こり得る。脳を取り替えるのは容易だからね」


「ハァ……。で?結局何が言いたい」


「何も。ボクは単に言葉のやり取りを楽しんでいただけだよ」


「なんだよ、ったく。変に頭を使っちまった」


「それは大いに結構。頭を使うんだ。この街じゃあ、頭を使うヤツだけが生き残れる。バカがバカのままでのし上がったところで、ゴミ山の大将が関の山さ」


「口数が多いやつも然り、だ。この街で死んだヤツの半分は、無駄口を叩いたせいで死んでるらしいじゃないか」


「人間の言葉に無駄などないさ。ツールの性質上、無駄は発生し得ない」


「分かったよ。アンタ好みの言い方に訂正すると……の言葉」


「そうだとも。そして、遠回りは時として最短の道でもある。……キミとボクとの邂逅はまさしくそうだったろう?」


「おい、話を逸らすな──」


「しっ!まさしく今言ったばかりだぞ。遠回りこそ最短の道だ、と。雑談に花を咲かせることで得られるものもある」




「ああ、いくらでもやってろ。それが本当に役立つんならな。ったく……」


「どうした?もしやキミぃ、怒って──」




「呆れてんだよ!とっとと着替えを済ませて部屋から出てこい!」









サイト5に夜は来ない。


この掃き溜めの街では、むしろ夜の方が騒がしい。あちこちでパーティが開催されている。悪臭漂う血のパーティだ。招待客は顔の原型が分からなくなるほどのおもてなしを受け、参加料を自動で決済できる身ぐるみを剥がれるサービスも充実している。




「ここからなら取引現場がよく見える。乗り込むタイミングは、ブツの受け渡しが完了した瞬間だ」


スラムの一角にあるスクラップヤード。

もっとも、住宅街もスクラップだらけであるから、ヤードと住宅街の違いはリフマグ付ショベルや金属破砕機の有無くらいである。


土地の片隅に、数人の荒くれ者が立っているのが見える。ボクたちは付近の屋根上から様子を伺っていた。




「……アンタ、そんな装備で大丈夫か?」


「大丈夫だ、問題ない」


徒手空拳に見えても、ボクのボディは義体化率100%である。特に左手はこだわりの仕込みが多くある。絶縁機を内蔵している上、掌には対人用スタンアームの機能が備わっている。


「《銃》コイツも持ってきてる。さっさと片付けて祝杯を浴びよう」


「アンタの場合、銃よりも殴った方が強いんじゃないか?」


「それはそうさ。弾は撃たない。コイツは脅しの道具だ」


細身の女の拳に恐怖するものはいないが、ボクの手から零れ落ちそうなほどに大口径のリボルバーを構え銃口を向ければ、大抵の者は恐怖する。素手で人を脅すより何倍も楽だ。




「ん、MP社のヤツらが来た。……クソッ!」


ジュラルミンケースを持った二人組の女が錆びた金属板の間を潜り抜けやってくる。スラムを歩くには心許ない装備に見えるが、人を見た目で判断するのは愚策であるとボク自身が証明している。


「どうした、クラヴィス君」


「アラン、アイツら全身義体だ!」


「ふむ。なぜ分かる?」


「オレはあの女どもを知ってる。こないだサイト5の役所で、管理補佐官にシング解体の依頼を報告しに行った時に見た!詳しくは分からないが、偉そうに話してるのが聞こえたから、おそらくそれなりの地位に就いてるはずだ。そして、MP社の上役は基本的に全身義体なんだよ!」


「なるほど。一筋縄ではいかないか」


全身義体は換装や維持にかかるコストが高すぎるため、金持ちの物好きか狂人以外は手を出せない。逆に言えば、彼女たちは金持ちの物好きか狂人であるということ。


「二対二で助かった。全身義体とやり合うのは勘弁願いたいから、不意打ちで沈めよう。ボクは奥側の女をやる。キミは手前だ」


「ヴィーヴィーの手下どもはどうする?」


「ブツを回収した後なら、取引相手がどうなろうと構わないだろう。勝手に逃げていくさ」


おさらいだ。


ボクも全身義体とはいえ、決して無敵ではない。むしろ姑息に生き残ってきたクチだ、正面から敵とやり合うのは御免である。


位置はこちらが有利。デスフロムアバブと洒落込もうじゃないか。




「……ブツの受け渡しを確認!いくぞ!」


強襲。可能な限り素早く倒して──




「──あら、ネズミが入り込んだみたいね」




……マズイ。気付かれた。

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