10:取引成立

クラヴィス君は少し不満そうだ。MODの流出を止められないことに思うことがあるのだろう。貧者の友と名乗ったこの男は曖昧な正義を抱えてはいるが、クラヴィス君からしてみればれっきとした犯罪者。事実、貧者の友がばら撒いたMODにより失われた命もある。


名前は知らないが、あの日腰巾着野郎に真っ二つにされた男は、態度こそ粗暴だが外道ではなかった。


「……では、改めてよろしく頼む。ボクはアラン・ヴァーディクト。そちらの男はマイク・オックス短小モール」


貧者の友は顔を顰めた。


「冗談はよせ。手短にいきたい。それから、私のことはヴィーヴィーと呼んでくれ」


「すまなかったねヴィーヴィー。それじゃあマイク君、本当の名を教えてやれ」


貧者の友……ヴィーヴィーの性格を鑑みるに、取引に影響は出ないだろうが、クラヴィス君の家名は慎重に取り扱う必要がある。


「オレはクラヴィス。……クラヴィス・カガミだ」


「カガミ?……わざわざ名乗るということは、何か事情があるのだな?」


ヴィーヴィーはすぐに勘付いたようだ。


「まあ、ざっくり言えば盛大な親子喧嘩だね。クラヴィス君は現CEOのニール・カガミ氏を親とは認めたくないらしい」


「ほう……」


ヴィーヴィーは目を細める。


「お前たち二人は私が求めていた人材かもしれん。キミたちがここに来る道中を見ていたが、なかなか腕っぷしが強い。ここまで辿り着くその実力、私にジョークを飛ばす胆力、そして何より、ドラマ性がある。革命を優位に進めるためのドラマ性だ」


企業連内でも冷酷と評判のCEOが過去に犯した娘殺しの罪を息子が暴き、断罪する。上手くいけば観衆はドラマに魅了され、事実を多少捻じ曲げてでもクラヴィス君の味方をするだろう。




「ヴィーヴィー。アンタの言う革命に協力してもいいが、オレから一つ条件がある」


「クラヴィス君……?」


思わず呆れた目で見る。愚直な彼のことだ、笑ってしまうような条件を提示するに違いない。




「この件が片付いたら、MODは必ず処分しろ。ソレは存在してはいけない道具だ」


「ハハハッ。クラヴィス、お前は随分甘い考えをお持ちのようだ、ン?……取引の場で不可能を語るのは悪手だぞ」


「……サイト5に流通しているMODはMP社の負の遺産となる。オレはアンタの言う革命の余波で死んだヤツを一人知ってるんだ」


少し熱くなりすぎだな、クラヴィス君。そろそろ止めたほうが良いかもしれない。


「ヴィーヴィー、すまない。彼は愚直でね……」


「ハッ、ハハハハハッ!いやぁ傑作だ、随分笑わせてもらったよ。サイト5に居を構えていると、これほどのバカに出会う機会はなかなかなくてね!」


「何を……!」


「まあ落ち着け、クラヴィス。私は正直お前のことを気に入ったよ。だからこそ、考えてみるんだ。お前が言う革命の犠牲……すなわちたった5リットルぽっちの流血を止めるためには、血すら流せないほどに飢えた何万もの人々を見捨てる必要がある」


「……ッ」


こればかりはどちらにも正義がある。革命とは所詮、飢えた民が食い繋ぐための略奪に帰着する。ヴィーヴィーのような野心家がベクトルを定めることで正義を得られる場合があるが、それは革命が成った後にのみ分かること。無血革命も言い訳でしかない。ヴィーヴィーが言うように、人は血を流さずとも死ぬのだから。


だが飢えた民を見捨てる行為で正義を得るのは難しい。クラヴィスのように甘い夢を見る者は時としてストッパーの役を担うことができる。それに、ボクだってMODがよからぬことに使われるのはイヤなんだ。


「……ボクとしてはこう言いたい。『全部ニールのせいだ』とね。これ以上皆が飢えないよう、また無駄な血が流れないよう、手早く行動するのはどうかな?革命は早ければ早いほどいい」


二人は頷いた。




「では、早速だが二人にはMP社に潜入してもらう。次回の取引をお前たちに襲撃してもらう。強盗を装って、取引相手であるMP社の人間から社員データを奪え。それでサイト2にあるMP社の本拠地に侵入できる」


「アイアイサー、ヴィーヴィー」


「それと、この計画は極秘事項だ。取引に参加する私の部下にも仔細は伝えない。無駄な血を流したくないのなら、その覚悟を見せてもらおう、クラヴィス」


「……分かった」




「取引成立、だね」


ボクとヴィーヴィーは握手を交わす。その際、ボクも彼も互いが義体化率の高いサイボーグであることを察したが、それ以上の会話はなかった。


「では私はこのあたりで失礼する。情報は追って伝える。……お前たちのことを、見極めさせてもらおう」









「言ったろクラヴィス君。一発で大当たりを引いた。ブリッジに頼りきりだとこうはいかないのだよ」


「さすが、アラン様々だ」


「いやぁ光栄だねェ。っと、そうだ、交渉の成功を祝して今夜は……」


「酒代は出さないぞ。そろそろマレィさんに怒られておけ」


「えーっ!?頼むよぉクラヴィス君!ボクは飲まないと寝られないんだ!」 


「絶対出さないぞ!天地がひっくり返ってもアンタにクレジットは渡さない」


「ハァ……。ケチだな」


「言ってろ」


クラヴィス君に呆れた目を向けつつ、肩を落とす。ふぅむ、距離良し、明るさ良し、目線良し。では早速やってやろう。


ボクはサイト5出身だ。当然、スったこともスラれたこともある。CEOのボンボンから財布を抜いていくらか頂戴し、再び財布を戻してやることくらい造作もない。


スリに必要なのは素早い手だけではない。


「クラヴィス君……。キミはいたいけな美少女が辛い目に遭っているのを放っておくのかい?」


人混み以外でのスリに必要なのは愛嬌。

距離を詰めても不快に思われない程度の。


「美少女って歳でもないだろアンタ。いくつだ?」


「……25」


「大体、アンタ男だろうが」


「そりゃあそうさ!こんな可愛い美少女が女のわけがないだろう?」


「……?」


「胸だってある。触ってみるかい?」


「お、おいっ!?」


彼の右手を取って胸を触らせ、その隙にズボンの右ポケットに手を伸ばす。

スリの重要なコツは、注意を逸らすこと。

こうして胸を触らせておけば、クラヴィスのような初心な男は慌てて注意力が落ちるに違いない。


「……なぁ、バレてるぞ」


「んっ、なっなな何のことかな」


「財布、抜こうとしたろ」


「……んー?」


「ぶりっ子やめろ。気持ち悪い」


「チッ、ケチめ」


思ったより手強かった。

いくらボンボンとはいえ、武術を習っている人間の隙を見つけるのは難しいな。




「分かった、財布は返すよ。財布はね」


「……え?」


「何を驚いているんだい?サイト5じゃこれくらい普通だ」


クラヴィス君はバカだが、この街で財布を外ポケットに仕舞わない程度の頭はある。ボクは上着の内ポケットに目をつけた。彼は左利きだから、可能性が高いのは右側の内ポケット。


右手を前に出させて上着を少し浮かせつつ、わざとらしくズボンに手を伸ばすことで視線を誘導する。たったそれだけだ。身長差で少し苦戦したがうまくいった。


今夜分のクレジットは頂いたぞ。


「ではまた明日会おう!さらばクラヴィス君!」


「あっおい待て!?チキショウあの野郎、足速ぇ!?」


全身義体を舐めるなよ。直線もコーナーも一級品の走りができる。


そんなわけで、クラヴィス君がマレィの店に着く頃には、ボクは二杯目のグラスを飲み干していたのであった。

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