9:貧者の友

 

オレ……クラヴィス・カガミがこのクソッタレな世に生を受けたのは、四半世紀前のサイト2。

 

オレの名は誰が耳にしても多少の違和感を感じさせるが、カガミという名は大戦前から受け継がれているもので、極東地域の旧言語に由来するモノらしい。らしい、というのは、オレは自分の名の由来を朧げな幼少期の記憶の中でしか知らないからだ。

 

オレが生まれた時には、既にサイト2は富裕層の居住地として栄えていた。

 

大戦後の文明において、従来の街はほとんど機能を喪ったため、戦火によって弱体化した国家に代わり、したたかに富を蓄えていたいくつかの企業によって新たな管理体制が敷かれた。

 

サイト居住地もその一つで、比較的シングの脅威が少ない地域を開墾し、居住区を設立する試みを企業が主導となって行った。伝統も文化もへったくれもない新たな街の名としては妥当だろうか。

 

サイトに振られる番号は単に設立の順番を指している。が、それ以外の区別の役割も担っている。要は持てる者と持たざる者の区別だ。

 

早くに開墾されたサイト1やサイト2ほど街は発展しており、企業の本拠地や統治機関の本部が置かれている。数字が早いほど富んでいるというわけだ。

 

 

 

……こんな話を姉貴から聞かされたっけか。

 

イアナ・カガミ……姉貴は高潔な人で、裕福な家に生まれた己の立場に甘えず、日々研鑽を積んでいた。武芸、勉学、その他全てにおいても。

 

オレが「なぜ?」と言うと姉貴は「社会の格差が、目を曇らせている。目の前に危機が迫っているのに誰も直視しようとしない」と。

 

シングによる人類存亡の危機は依然として迫ってきているのに、サイト間では水面下の争いが絶えなかった。お互いに資源のやり取り等を行なっているものの、富はサイト1や2に集約され、下層民は辛い生活を強いられている。苦汁や辛酸で腹は満たせない。姉貴はそんな状況を改善しようと日々努力していた。

 

 

 

カガミ家に伝わる剣術の鍛錬に、オレは打ち込んだ。家の閉鎖ネットワーク内に旧時代の武道のアーカイブが残っていたので、自分で言うのもなんだが、オレは富裕層出身であることを活かし、容易に情報を入手した。

 

姉貴が振るう剣に惚れた。姉貴が拭う汗に光を見出した。姉貴の太刀筋を受け痺れた手の感覚は鮮明に覚えている。結局、姉貴から一本取れたのは一度だけだったが。

 

オレは姉貴が大事だった。何があっても守れるように必死で剣を振るった。銃の扱いも学んだが、大戦時の消耗やシングによる火薬の慢性的な不足と銃管理の厳格化に伴い、犯罪で用いられることはほとんどない。だから近接格闘術に重きを置いて学んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

「……結局、救えなかったんだがな」

 

クラヴィスは自嘲した笑いを浮かべるが、涙を堪えているのか、歪に口角が曲がっていた。

 

「クラヴィス君……」

 

「10年前、サイト2の裏社会で幅を利かせていた下衆どもがオレたちの邸宅に押し入った。姉貴はオレを……。オレを庇って……!」

 

「気の毒に。だが彼女のおかげで、キミは生きているのだろう」

 

「ああ。姉貴がヤツらの手にかかってからは、親父……いや、違う。一度か二度顔を合わせただけで親父面をするあの野郎が遺体を引き取った。会社に迷惑はかけられない、だとかほざいて、葬儀はしなかった。あの男はムダを省きたがる性格だが、姉貴の死にすら……動じていなかった」

 

「ふぅむ……。薄々察してはいたが、やはりキミは『MIRROR PEACE INDUSTRIAL』CEOの子か」

 

「……遺伝子上はそうなる。だがオレはアイツを親父だとは思っちゃいねぇ」

 

「ほう。踏み入ったことを聞くが、母君は?」

 

「オレが生まれる前に死んだ。あの男はオレたちのことを自分の劣化コピーだと思ってやがるから、身の回りの世話は全て使用人任せ。だからオレにとっての家族は姉貴だけだった」

 

 

 

MIRROR PEACE INDUSTRIAL。通称MP社。大戦後も力を保っていた企業の一つで、企業連でも影響力が強い。主に義体産業での業績が目覚ましく、約7割のサイボーグがMP製のパーツを用いている。

 

ボクは好かないのだがね。あそこのパーツは安価でユーザビリティが高いが、耐用年数が短すぎる。一年持てば万々歳だ。オーダーメイドもオプションが少ないし。選べるパーツカラーが4種類って。舐めてるのか?しかもそのうち2種は白黒だし。

 

「……オレは家を飛び出して、姉貴を殺したのが誰か、この10年ずっと調べてきたんだ。ようやくそれが分かった」

 

「ほう?」

 

 

 

「オレの血縁上の父親にして、MP社CEO『ニール・カガミ』。ヤツが犯人だ」

 

「それは……。実に複雑な事情がありそうな事件だね」

 

「ニールが姉貴を殺した理由は分からないが、どうせロクでもない。この情報を得たのは半年ほど前、違反MODが流行り出してしばらく経ったころだ。ある日、MODで殺しを働いていた野郎を問い詰めたら吐いたんだ」

 

「MODとニールに何の関係が?」

 

「元々オレは姉貴を殺した犯人に繋がりそうな人物として、ソイツをマークしてた。で、娘殺しなんかニールとMP社の機密事項間違いなしだろ?それを知っているということは、事件の直接的な関係者と見ていい」

 

「ふむ、もしや、MODの出処もまたMP社だと?」

 

「問い詰めてる途中で、ソイツは何者かに撃たれた。……だから、おそらく。姉貴を殺したのが仮にMP社の極秘部隊なんだとしたら、ソイツらがMODを使って人間を処理し、身内すらも殺して秘密を守っている可能性が高い」

 

彼の目にはハッキリと復讐の炎が灯っていた。確かに復讐は楽しい。だが大抵の場合、行き着く先には破滅しか待っていない、どうしようもなく独りよがりな行為でもある。

 

「……まったく、とんでもない爆弾を抱えた男と出会ってしまった」

 

「アンタだってそうだろう?詳しく語るつもりはないようだが、オレだって元々アクセス権限は上位だったんだ。だがアラン、アンタの過去に関係ありそうな資料は一切閲覧できなかった」

 

「さっきも言ったろう?デキるヤツってのはブリッジに痕跡を残さないのさ」

 

「……ま、いいさ。アラン・ヴァーディクトが誰であれ、オレの目の前にいるアンタはアンタ以外の何者でもない」

 

「哲学かい?思索を巡らせるのは構わないが、今はよしてくれよ。これから闇商人のハウスに突撃するんだからな」

 

サイト5は掃き溜めの街。飢えた人々が上層民のおこぼれに預かろうと必死で這いずる、そんな街だ。当然だが、闇商人に会いに行く道中は苦労を強いられる。ボクらの見た目がなにぶんアレなもので、しょっちゅう絡まれるのだ。まあ、絡んできた野郎のタマを蹴り上げてやれば、しばらくはのんびり歩ける。町角一つ曲がるたびにそれをしなければならないのは面倒だが仕方ない。

 

 

 

「ここが闇商人のハウスね」

 

「そうらしいな。随分なボロ屋だが……。アジトというより仮拠点って雰囲気だ」

 

サイト5のスラムにあることを加味しても酷いボロボロ具合だ。赤子の吐息でも倒壊しそうなほど。

 

「同意するよ。もしかすると相手はサイト5以外にも勢力圏を広げているやり手かもしれない。本拠地が別にあるならこの規模の小ささも納得だ。MP社との繋がりも調べないといけないな」

 

事前情報が少ないのもあって、どうやら無駄足になりそうだ。相手の組織が想像以上に巨大だった場合、ここに有益な情報がない可能性は高い。

 

「ヤツを捕縛したら、尋問はボクに任せてくれよ。キミは愚直すぎて腹の探り合いには向かないからな」

 

「オレのことはオレが1番よく知ってる。アンタに任せるさ」

 

「よぅし。では出航だ」

 

ボロ屋のボロ扉、小突けば粉になってしまいそうなほどにボロボロだが、ボクは義体の出力を全開にして思い切り入り口を蹴飛ばした。

 

 

 

「お邪魔しまーっす!……って、静かすぎないかい?」

 

ドアの向こうは人っ子一人いなかった。錆びた金属板に囲まれたプレハブのような仄暗い室内には、虫の気配すら感じない。机が一つだけ置かれた5m四方ほどの空間だ。隠れる場所などありはしない。

 

「……警戒を解くなクラヴィス君。罠かもしれない」

 

「ああ。……入り口は他にないのか?」

 

「うん。隠し通路を探してみよう──」

 

 

 

ボクが入り口から目を離した途端、天井がドゴンと大きな音を立てて落下してきた。砂埃に視界をやられたボクが次の瞬間目にしたのは、二丁の自動拳銃をボクとクラヴィス君にそれぞれ突き付ける男の姿だった。

 

「ッ!?誰だ!?」

 

ローブのように丈の長い黒服を着た男は、フードを目深に被っており、顔が分からない。天井が落ち、太陽の光が差し込んだとはいえ、砂埃のせいで視界不良である。

 

男が口を開く。

 

 

 

「……名乗るほどの者ではない。私は、貧者の友。そしてここは私たちの領域だ。小綺麗な坊主とお嬢様が来る場所ではないはずだぞ」

 

 

 

「ボクはこう見えて立派なスラム出身だ。よろしく、我が友。よければだが、その引き金を引く前にいくつか聞きたいことがあるのだけど」

 

「何か?」

 

銃口は依然ボクたちの頭を吹っ飛ばしたくてウズウズしているようだ。

 

「ボクたちが来ることを知ってたのかい?」

 

「この地区は私の城だ。至る所に目がある。外部の者が入ってきた時点で情報が伝わる」

 

「ふぅん。それで、ボクたちをどうするつもりなんだい?」

 

「……それはまだ決めかねている。お前たちがここに来た目的次第では、少々痛い目を見てもらう」

 

「なら安心してくれたまえ。ボクはただ一つ聞きたいことがあるだけだ。今聞いても?」

 

「ああ」

 

「……サイト5での違反MOD取引、アレはキミの管轄だろう?」

 

フードの奥に揺らめく眼光が一層鋭くなった気がした。

 

「それを知ってどうする」

 

 

 

「……MP社」

 

「……ほう」

 

バカ正直なクラヴィス君を交渉の席から外したが、彼に任せても変わらなかったかもしれない。今はこちらが不利だ。バカらしく、かつ強引にでも強いカードを切っておかなければ、いつ頭が吹っ飛ぶか分からない。

 

「……反応が分かりやすぎないか?いや、ふむ、どちらかというと、キミは今ボクたちに“期待"の眼差しを向けているのか」

 

「勘のいいガキは嫌いじゃない。確かに私は期待の念を抱いた」

 

「理由を伺っても?」

 

「私たちはMP社と秘密裏に取引を交わし、違反MODを市井にばら撒いた。MP社はそれによって利益を得るが……私たちはただ企業連に尽くしているわけではない」

 

「ほう?」

 

「違反MODがあれば、企業連に対抗する力が手に入る。MP社はサイト5に混乱が起こることを期待しているが、私たちは着々と蜂起計画を進めている」

 

「すぐにバレる気がするのだが」

 

「彼らは下層民を舐めている。反乱など考えつくわけがないと思っているのだよ。それに、情報漏洩には注意している。私たちの組織がサイト5の裏切り者にどんな対応をしてきたかを知らない者は少ない。……こうして私が秘密を明かした時、協力するか死を選ぶか問えば大抵の者は喜んで力を貸してくれる」

 

サイト5の住人は日々劣悪な環境で上層民への奉仕を強いられている。飢えに耐えながら彼らが生み出した富は、ほとんどがサイト1やサイト2に流れる。革命の波に乗りたくもなるだろう。



 

「キミの力になれそうだ。ボクたちの標的はMP社。取引といこうじゃないか」

 

「そうしよう」

 

銃が下ろされる。

ボクは言及しなかったが、建物の外に忍んでいた複数人から殺気が消える。交渉が決裂した場合の逃走は困難を極めていただろう。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る