7:義体

砂まみれでボサボサの茶髪の奥にある自信なさげな目は、とてもじゃないが解体屋向きとは言えない。

 

「さっき店の前で下ろされて、刀使いの彼に言われたんです。一旦、頭を冷やせと」

 

「落ち着いたようで良かった。キミ、名は?」

 

「……フレイゼル」

 

「よぉしフレイ、あぁ、そう呼んでもいいかな?」

 

「……何でも構いませんよ」

 

「よろしく、フレイ君。ボクはアラン。で、さっき入れ違った男がクラヴィス。いやはや、散々な仕事だったがお互い生きてた。まずは祝杯と行こうか?」

 

「あ、し、祝杯をあげる気にはなれません。あんなものを見せられた後じゃ……」

 

「あんなものを見た後だから飲むんだ。もちろん強制はしないがね。マレィ、クラヴィスのヤツの分も彼に飲ませてやろう」

 

「……はい。お代はアランにツケとくから」

 

 

 

「ありがとう。ああフレイ君、ボクに少し味見させてくれ。ぅうん、相変わらず美味い。マレィ!こっちにもまた何か注いでおくれよ」

 

「あ、貴女、少し飲み過ぎじゃないですか……?」

 

 

 

「問題ない。ボクの臓物は特注品なんだ」

 

「……?」

 

「義体は別に珍しくもないだろう?ボクの場合、ほら、下腹部が大体コレだ。内臓もほとんど義体化済み」

 

服を捲って見せてやる。フレイはほんの少し顔を赤らめ、目を背けた。

 

「アラン……。店の中で破廉恥なことしないで……」

 

「やぁ、ごめん。だが頭や胸の中身を見せびらかすよりは優しいだろ?ところで、フレイくん。義体技術は大戦前より進歩した数少ない産業のひとつだ。なぜか知ってるかい?」

 

「さあ……。過去の研究成果の破損が少なかった、とか?」

 

「実地試験の機会が爆増したからだよ。この狭いコロニーでも毎日一人は腕がぶっ飛ぶ。それと……。生体と機械の融合についてのスペシャリストが、幸運にもこの時代に生まれたのも大きい」

 

 

 

「あぁ、それなら私も知ってますよ。確か……。アラン・スミシー、という名だったか」

 

「意味ありげにボクを見るね?だが残念、ここにいるボクはアラン・スミシーではない。アラン・ヴァーディクトだ」

 

「……ははっ、あ、はい、そうですよね。アランはそれほど珍しい名でもありませんから」

 

「ボクではないそのスペシャリストが遺した功績は計り知れない。その者が作った時代の上に我々は立っている。ほとんどのサイトに配備されているインフラは彼女の技術が使われているし、解体屋が使う武器の製造はその者なしには難しい」

 

「以前は日に何百と製造できた絶縁機が、今じゃ週に百個なんとか作れるか、ですからね……」

 

通常兵器ではシングに傷をつけることすら叶わない。彼らの外装を剥がし、生物とも機械とも似つかない体内を破壊するための武器、それが絶縁機だ。

 

ヤツらの体内は何らかの修復機構が働いており、全身を一瞬で消し飛ばすか、絶縁機を使うかしなければ殺しきることが不可能。不死身、あるいは命なき者。それがシングだ。

 

 

 

「幸い大戦後に生まれた技術をそこまで必要としない義体化は、今や全人類の半分以上がその恩恵を受けている」

 

「生身より義体の方がパワーが出るそうで。自ら手足を換装する解体屋も少なくないとか……。私にはちょっと想像し難いですが」

 

「さらなる稼ぎのための先行投資だろう。ま、ボクのように全身を義体化しているヤツは基本的に頭のおかしいバーサーカーか、物好きの金持ちか、やむを得ない事情があるか、だね」

 

「あなたはどういった理由で?」

 

「全部」

 

ボクがこの身体になってからもう五年くらいは経つか。

 

……今は過去を振り返るタイミングじゃない。あとでじっくり向き合うとしよう。何事もTPOだ。

 

「私も義体ですよ。もちろん、一部ですが。……ほら、ここ」

 

フレイは鼻に手を当てる。カチッという音が聞こえたかと思うと、次の瞬間には彼のメタリックな鼻腔が顕になっていた。

 

「鼻だけ?」

 

「ええ。視覚や聴覚は眼鏡などの外部装置で拡張することが比較的容易です。しかし嗅覚はなかなか難しい。仕事柄、五感は研ぎ澄ませておくべきかと思いまして」

 

「なるほど。誰に作ってもらったんだい?なかなか腕前が良い。ボクも機械いじりには一家言あるが、こと生体パーツに関しては敵わないな」

 

「じ、実は、自分で組み立てました。あははっ、はっ……。あぁ、すみません。ほ、褒めていただけるとは思ってなかったもので……。仕事柄、というのも、元は私、バイオ義体作りの職に就いてましたから、そっちの話なんです」

 

「ふぅむ?嗅覚が必要になる理由は?」

 

「生体パーツが用いられる要因は様々です。単に構造上最適であるとか、もしくは人間の姿を保っておきたいとか。後者の場合、姿形だけでなく、駆動音なども人間らしくしなければいけない。もちろん匂いもです。我々の種族は思っている以上に匂うものなんですよ。体液、皮脂、そういったもののディティールを追求するには、五感全てを活用する必要があるんです!」

 

「……饒舌だな」

 

「あ、あっ。すみません!つい昂ってしまい……」

 

「気持ちはわかるよ。その仕事が好きなのかい?ならなぜ解体屋なんかに?」

 

「……私は小規模な家族工房でバイオ義体を作っていました。しかし近年は市場の上部構造、つまり企業連が際限なく市場に手を伸ばしてきている。以前は多くの整備屋がいたのに、今や企業のセールスだけが市場にある。……私の商売も潮時かと思い、他の稼ぎ口を探していたところなんです」

 

カランと鳴る氷の音色が、やけに淋しさを引き立てる。

 

「ですがそれももう終わりだ。私には向いていない仕事らしい。……今日で解体屋は引退します」

 

「そうかい。まあ、頑張ってくれよ」

 

うまい具合に気分が落ち着いたようでよかった。グラス一杯の酒でも人は安らげる。

 

 

 

「っと、グラスが空だなぁ。こんな時、可愛らしいバーテンダーが新たな杯を注いでくれると助かるんだが」

 

「あ、ああ、おかまいなく。私は報酬を受け取ったらすぐに帰りますから。マレィさん。アランさん。ありがとうございました。おかげで少し気が晴れましたよ。これから企業連で働き口を探してみます。個人店時代にやたらと勧誘された挙句営業妨害までされたことがあるもので、ヤツらは気に食わないけど。飯を食うためには仕方がありませんから」

 

 

 

「……いや、君はもう一杯飲むべきだ」

 

 

 

 

 

 

 

 

店のドアが開く。剣士のご帰還だ。

 

「お疲れさまだ、クラヴィス君。報酬は全額フレイに渡してくれ」

 

「ああわかっ……ッ?全額?」

 

「聞き間違いじゃないぞ。全額だ」

 

ボクとマレィ以外の全員が目と口をあんぐり開ける。マレィの表情筋は力を振り絞り、白目が少しだけ露わになった。

 

「ちょっと待ってください!?アランさん、一体何を考えて……」

 

「アンタもわかってなかったのか。いや、まあ、突拍子もない話の出所は大概アランだとは思うが……」

 

「論理は通っているよ?クラヴィス。このフレイ君はこの通り、素晴らしい生体工学に関する技術を持っている。我々に必要な人材だ」

 

「そうなのか?」

 

「生体パーツは柔軟性に富んでいるから、案外色々な箇所に用いられているのだよ。全てをバイオ義体に換算せずとも、ね。例えば関節部。そういったもののメンテを任せられる人材は味方につけておきたい」

 

「なるほどな。だが腕はどうだ?信用できるのか?」

 

「彼を信じろ。彼を信じるボクのこともね」

 

気弱そうな本人の前で言うと、ああ、ほぅら、たじろいでいる。実力を疑う余地はない。スカウトを蹴ってもなおスカウトされるほどの実力だ。

 

 

 

「ひとまず、今回のMOD探しは一件落着だな。また別の事例の手掛かりを探すところからか……」

 

「心配するなクラヴィス君。アテはあるだろう?」

 

ボクとクラヴィスの関係。

それは利害の一致である。

 

クラヴィスは、以前に仲間をMOD使いにやられたらしい。復讐のため、こうして日々MOD所持者を狩る中でボクと出会った。

 

ボクのほうは……。そうだな、強いて言うならば、彼女の足跡を辿ること?MODのシステムはほとんど彼女が作り上げたから。

 

これはボクのエゴなのだが、たとえそれが彼女の望みであったとしても、発明品が人間同士の諍いに用いられるのは気に食わないのだ。

 

幸い、ボクはクラヴィスのような脳筋と違い、土地勘がある。情報のツテも広いので、つまるところクラヴィス君が欲しいものを全て持っている。

 

 

 

「今日の件でヤツが言っていたろう。MODの仕入れ先について」

 

「ああ。確か馴染みの闇商人から買ったんだっけか。教授から仕入れたとか……」

 

「大事なのはそこじゃない。『普段はMODを仕入れられるような店じゃない』と言っていただろう、ヤツは」

 

つまり、だ。

 

「MODを仕入れる力のない商人がそれを手に入れた。となると市場で何か動きがあったのは確実だ」

 

既に大量のMODを売り捌いている商人から伸びる糸は、辿ろうとしてもすぐにほつれてしまう。

 

だが新規の事業者ならば、糸は少ない。

 

 

 

「まずはそこを当たろう。……が、今日は疲れた」

 

「同感だ。まずは休んで、明日この店で詳しい作戦を立てよう」

 

「うん。……おや、もう帰るのかい?」

 

「この辺で夜中出歩くのは面倒ごとの種になるだろ?アンタもそろそろ帰ったほうがいい。アンタ、ガワだけは格好の獲物だからな……」

 

「ボクのボディは美を体現してるからね。見惚れるのも無理はない。……とはいえ、帰る必要はない」

 

「ん?」

 

 

 

「ボクはここに住んでるからね」

 

セブンドワーフの屋根裏。

そこがボクのベッドだ。

 

マレィがキレたら間違いなく数日は追い出されるので、いつも怒られない程度にツケている。

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