6:微睡と酩酊の記憶

マレィの店はサイト5居住区の外れにある。

解体屋が仕事帰りに寄りやすい位置だ。


それはつまり、持たざる者は壁のそばで身を寄せ合って生きる道しか残されていないということ。一歩向こうは死の世界、だ。


彼らは「肉壁」としての役割を期待されている。シングは怪物だが、人間を滅ぼそうとしているのではない。ヤツらはあらゆる有機物を精製して燃料に変換するため、この地上を占拠している。つまるところ人間以外の生物ももれなく殲滅対象。


だから、時間稼ぎが有効だ。

肉壁が壊れるまでの間に対抗手段を用意することができればそれでいい。ヤツらは必ず、眼前の有機物を捕食する。


「ヤツらが人類を滅ぼすのと、ボクがこの世の酒を全て飲み尽くすの、どっちが早いか試してるんだ」


「決着つかねぇだろソレ」


「うん。そりゃそうだとも。なにせ……」



スクラップが継ぎ接ぎされたドアを軽く押す。蝶番が悲鳴を上げるが、もう何年も前からこの調子だ。


「この店の美味い酒が尽きることはない」




「しゃーせー……。あ、アラン……。と、誰だっけ……?」


『セブンドワーフ』。世界一のバーだ。




「マレィ、適当に何か作っておくれ」


「適当が一番困るんだよ……。わたしは期待に応えてあげられるけど……。で、誰……?」


「うーん、今日はヤな仕事だったし、できれば頭を休めてくれるようなヤツがいい。お願いできるかな?」


「かしこまり……。と、こないだアランを迎えに来た人、だよね……。誰だっけ……?まぁ、誰でもいいか……」


店内もやはりありものを継ぎ接ぎしたような見た目だが、汚いわけではない。むしろ、この世界で最も美しい場所だと言える。これだけでも、マレィの手腕が伺える。


「オレの扱いひどくないか?」


「悔しかったらキミもこの店にたんまり貢げばいい。マレィは良客の名前をしっかり覚えてくれるぞ」


「マレィさんじゃなく、あんたに言ってる」


「くくく……」


マレィ。相変わらず可愛らしい。

酒を飲める歳ではあるが、まだ初潮も迎えていない子どもだと言われても納得できる。もちろん、ボクはそんなところに惚れ込んだわけじゃない。


「……で、誰?」


「クラヴィスだ、よろしく。そっちの変人とは仕事仲間でね。これからもしばらくここに通うことになりそうだ」


「……クラヴィス。ご注文は?」




「あぁ、マレィ!いいね、さすが!彼からは存分に搾り取ってやるといい。なかなか見込みのある男だ、そりゃあもう、存分に」


「あんたは黙ってろ。……っと、メニューはどこかな」


「うちはそういうの置いてない……。あなたに似合うお酒を、なぁんて……。ウザったい古典的なスタイルがウリ。でも安心してくれていい……。今のあなたに合うドリンクなら、この世界でわたしが一番詳しいから……」


ちびっ子のくせに、口はデカいのだ、彼女。

そこが愛おしいのさ。


「アラン、これ、あなたの分……」


「おぉ、早いね?」


「そろそろ帰ってくると思ってたから準備してた……。あなた、仕事帰りのときはいつもそういうのを飲みたがってるから……」


まさしく、その通り。

鼻腔から喉奥までを優しく撫で付けるリンゴの香り。気怠い身体には甘味がよく効く。


「うん、味も最高。いつだって最高のキミが作るんだ、当然か」


いつからこの店に入り浸っていただろう。生まれた時から通っていた気がするし、今日初めて来た気もする。この店で同じ味の酒を二度飲んだことはない。


「はいはい……。あと、そっちのあなたの分も……」


「ありがとう。お、これ、ノンアルか?」


「うん……。アランは大抵運転は他人任せ。きっと今日もあなたがドライバーなんでしょう……?一応、ね。肝機能強化用の義体を装備してる人はこの辺じゃ珍しいし……」


「いい読みしてる。すまないな、オレが先に伝えておけば……」


「大丈夫……。わたしはお客に出す飲み物を間違えないから、心配しなくていい……」


プロはひと味違うね。




「あぁ、酔いはしないが、沁みるなぁ。今日は一段と」


「同意見だクラヴィス君。やはり一仕事した後はコレに限るよ」


「……何があったの?」


「ん、なんてことない。バカがアホやってマヌケが1人死んだ。よくある話さ……。っと、そういえば彼らをまだ車に詰め込んだままだった」


「拘束は絶対に解けないだろうし、問題ないだろうが……。一応、長居するわけにはいかないな」



「ごめんね、マレィ。キミともう少し邪魔の入らない時に語らいたかったが。やはり仕事は最後まで終わらせるべきだったな」


「そうだな。それじゃ──」




「行ってこいクラヴィス君。マレィ、彼はすぐ後で来る、何か用意してくれやしないかい?」


「お前なぁ……!」


「報酬は事前に確定済みだし、例の腰巾着くんの引き渡しも、キミなら1人で十分だろう。あぁ、あとほら……心が参っちゃった例の運転手くんに、少し多めに握らせてやればいい」


「ったく……。マレィさん、コイツに何か言ってやってくれないか?」


「残念だけど……。アランはわたしの店を簡単には出て行かない……。シラフの日でもしつこくゴネるから、蹴り飛ばしたことがある……。実際はお酒を飲んでもシラフだから、毎日蹴り飛ばしてる……。でもまだ懲りてない」


「おいおい」


この店にいる間はシラフの記憶よりも、微睡と酩酊の記憶の方が頭にこびりつくからな。ボクは空気に酔うのだ。


「じゃ、あとよろしく、クラヴィス君」


「わーったよ。別に大した用事じゃない、構わないさ。ああ構わない構わない!」


そう言って少々不機嫌のまま去ったクラヴィス。数分もしないうちに、ドアは再び開いた。




「あ、席は、空いてますか……?」




どこかで見た顔だ。というかさっき見たな。


「やぁ、運転手君。こっちに座りたまえ」

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