5:杭撃ち
「来るぞッ!」
『ギ──ヴヴヴヴヴヴ──ヴゥ!』
「敵の数は知れない!囲まれる前に手っ取り早く仕留めるぞ!クラヴィス君!」
「了解ッ!」
シング。
由来は知らない。彼女が生まれる前からそうだったらしい。
ボクたちが使っている共通語の元になったいくつかの言語のうち、かつて世界を率いた国で使われていた言語では「もの」という意味があったのだとか。
シング、シング、シング……。
言葉は人類と共に歩み、その形を変化させる。
かつての意味はそこにない。ではシングとは何なのか?
ボクにとって「シング」を意味するその文字列は、数百年前の人にとってどういう意味だったのだろう。
追跡型の他にも多くのタイプがある。
まず、当の追っかけ屋だが、戦闘能力自体は低い。しかしソレに足止めを食らってしまうと、他のシングの追撃を貰う羽目になる。今のボクたちのように。
今、主に相手をしているのは
攻撃性能、移動性能共に大したことはないが、とにかく数が多く、まとめて特攻されるとどんな解体屋だろうが生き延びるのは難しい。真に恐ろしいのは個の才能ではなく、数の暴力だ。
「おい、ボーッとするな!」
「……ん?キミが言うなよ」
クラヴィスの背後に迫っていたシングの触腕を叩き落としながら、応える。
「……どうも」
右手で頭を掻きむしりながら、少し不機嫌そうに礼を言うクラヴィス君。
「礼なら後で酒を奢ってくれたまえ」
あぁ、何もなければ今頃街に着いていたのに。
疲れたボディには酒が効く。ボクのエンジンには酒精が必須なのだ。ありふれた大衆酒場で出される合成酒や虫酒ではない、昔ながらの麦やベリーをふんだんに使った、あの気品ある味。
ところで,こうして解体屋として外に出る際、植物を見かけることはない。なぜなら全てシングに食い尽くされたから。今やサイト外では、わずかな地下生態系と一部の突然変異した虫たちが細々と滅びを待つのみである。
酒の材料を見繕ってやりたいが、なかなか難しい。いつかシングの少ない土地で何か香草を採取できないだろうか。
……おっとマズい、少し思考が逸れすぎた。
飽くなき知的好奇心のスパイラルに陥った時、思考の渦を頭の隅っこに押しやる方式は実に効果的だ。マレィに頼んで取り置きしてもらっている酒のように、後から取り出して再度渦を巻くことができる。あ、渦巻いちゃダメかね。とにかく、だ。
閑話休題と書いて「話を戻す」とルビを振るのは人類共通の性。
「まずは一体、トドメだクラヴィスくん!手を貸せ!」
シングの絶縁の手順は簡単だ。
装甲を剥がし、露出した内線に絶縁機をぶち込むだけ。
白い血が流れて、それでしまいだ。
「アンタの絶縁機、だいぶヘンテコな形してるな……」
「キミはいわゆる正統派の形状だな。しかし、だ。正統だとか異質だとか、存外、主観でしか語れないものだよ」
剣と刀。
共通語において、たびたび言葉の改正が検討される語句だ。その双方の違いといったら、主に片刃か両刃か、ということ。
製造者らに言わせれば、より細かな違いもあるのだそうが、生憎大多数の人間は「斬る道具」という一点の認識にのみおいて、二つを同一視している。
で、剣型の絶縁機は比較的流通している。
使い勝手がよく、装甲を叩き割ってから内線を絶縁するまでの作業を一人でこなせるからだ。
刀型の流通はそれなりといったところ。
剣型と違い、片手でも扱えるほどに軽量で斬撃にスピードを乗せやすく、露出部に確実な致命傷を与えられるが、一定以上の装甲にはいまいち有効打を決められないのだ。
でもって、クラヴィスくんは刀型。
左手を支点とし、右手は添えるだけ。軽さを活かした戦い方だ。
「……キミの構え、独特だね。ふぅむ、噂じゃあ、大戦前から伝わる刀術の継承者がいるって話だが」
「……さあな」
「おや、もしかしてそうなのかい?いやぁ!適当にカマかけただけなんだが、まさかねぇ。ふふっ、であれば頼もしそうだ」
日頃から、どことも知れない場所で何十、何百と解体屋がデビューし、同じかそれ以上の解体屋が引退する。
そんなんだから、体系的に剣の扱い方を学べる機会は少ない。
武道の学びは重要だ。目で見て技を盗むとはよく言うが、それには限界がある。教えを受けねば分からない重心の運び方や力の込め方、戦場理論などなど、独学で学ぶには厳しいものがいくつもある。
何より大切なのは「心構え」。
独学における最大の壁だ。
目の前で刀を振るう彼の刃筋には、一点の曇りもない。
「ま、今の今までしぶとく生きてる解体屋は、大概秘密のひとつやふたつ、腹の中に隠してるヤツらばかりだ。かくいうボクもそうだがね!」
「へえ?ちなみにどんな?」
「言えないから秘密なのだよ、バカかキミは!」
言えるわけないだろう。
寝る時は裸になる、という秘密を。
「バカで結構。……ところでその絶縁機、一体どうしてンなヘンテコな形してんだよ?
「ヘンテコぉ?……ロマンじゃないか」
終わりがないようかに思えたシングの群れも、多くが屍と化している。
それでも飛びかかってくることをやめない一体のバカと、ボクは真正面から向き合った。
「しっかり味わえよ、ボクの最高傑作を!」
突き刺すは巨大な杭。奏でるは硝煙の調べ。
杭を刺し、対象の内部にダメージを与える武器。
「っと、貰うよ、キミのを」
放った攻撃がシングのボディに深々と孔を穿つ。
杭を引っ込めると同時に、ソイツの身体は操り人形の糸が切れたように倒れた。
ボクの左手に内蔵されたパイルバンカーが展開し、二の腕まですっかり覆っている。杭の反動を軽減するためだが、実際のところ普通の人間が使えば怪我は免れないだろう。ボクは問題ない。ボクだから。
『ギィ──!?』
杭を刺したシングは程なくして爆散。
この武器には、対シング用のマルウェアが内蔵されている。杭の先端部分をヤツらの回路にブチ込めば、例のMODと同じように信号に干渉することが可能。
「やっぱりザコじゃあチャージ効率が悪いねぇ」
もう一つの機能。
それは、エネルギー簒奪。
シングに杭を刺すと、ヤツらの持つ莫大なエネルギーを一部吸収することができる。次に杭を撃つときはもちろん、他の機器を用いる際の電源としても活用可能なのだ。ザコ一体じゃあ10%もチャージできないが、それでも杭の射出はジャスト10回可能。
このパイルバンカーは一品もの。
世に出回っていない、ボク自身が手掛けた最高傑作のうちひとつだ。我ながら神がかった性能だと思っている。
「……バカみたいな武器だな」
「ふふ、ボクもそう思う」
暴れ回るボクたちのもとに、車軸の唸りと巻き上がる砂煙がやってきた。
増援の到着だ。
◆
「ん。なんっ、にゃっ、何……?」
増援によって残りのシングは散り散りになった。ヤツらは見境のない捕食者に思えるが、撤退する能がある。恐ろしいことに。ひとまず一件落着。といったところか。
車列に混ざって道なき道を行くトラックは、さながら揺りかごのように心地よいリズムを奏でていた。ならば身を任せるしかあるまい。
そんなわけで、しばらく夢を見て現を抜かしていたのだが。
「お目覚めか。ったく、予想外の連戦で疲れたとはいえ、寝るヤツがあるか。オレだってキツいんだぞ。途中で運転変わってくれても良かっただろ」
「んう……。じゃあアイツに頼め。ほら……。名前は聞いてないが、さっきから荷台の隅で泡吹いて倒れてるヤツに」
軽くトラウマを植え付けられてしまった例の運転手くんのことだ。……運転手くんが運転できないとはこれ如何に。まあボクが勝手にそう呼んでいるだけだが。
「あの状態で運転なんかさせられないだろう?」
「そりゃ勝手にヘバってるのがいけない。そもそも、キミ、ボカぁ言ったろう。着いたらボクを店まで運んでくれと。それをこうも、こうも乱雑に起こすとは!一体どういう了見かね」
「寝起きは可愛いもんかと一瞬期待したオレが間違ってた。図々しさの極みだな」
「ちょっと待ていキミ。そのガワだけは鋭い目ん玉はお飾りなのかい?普段から可愛いだろうボクは。永遠の17才と言っても過言ではない」
「もういい歳した大人だろ。ったく、ガキじゃあるまいし」
「いやぁ、ボクの中身は子どもだよ。少年の心はいまだに燃えている」
「酒場のネーチャンに恋するマセガキってわけか?」
「そう捉えてもらっても構わない。……さて、そろそろマレィの店だ。止めてくれ。そして運んでくれ」
「は?」
「お姫様抱っこでぇ、店まで頼むよぉ。車内はいささか寝心地がよろしくなかった。おかげで身体が軋む。あー、動けない!」
「……」
「待てキミィ!置いていこうとするなっ。お姫様抱っこは冗談だよ!おんぶでいい!」
「あーのーなぁ、テメーで歩けェ?」
「美少女を合法的に抱けるまたとない機会を逃すのかい?据え膳食わぬは男の恥だぞ。女の恥でもあるが」
「アンタ、男だろ」
「ハッ、つまらない人間だなキミは」
さて、面白い男の相手をしていたら、結局自分の脚で歩いてしまっていたわけだが。
砂埃を掻き分けてでも行く価値のある場所というのは少ない。この店を除いては。
「時にクラヴィス君。酒というものがどうやって造られているか、知っているかい?」
「いや。俺ぁ飲めればそれでいい」
「いけないねぇ、ソイツはいけない。この街に限らずだが、今の時代、昔ながらのやり方で酒を造ってる場所はそうそうない」
昔ながらのやり方。
すなわち、穀物やフルーツの醸造。
それをベースに、蒸留して酒気を強めたり、新たに香味を足したりと。そんな酒が飲めたのはボクが生まれる前の話。
「どこもかしこも合成酒だ……。なあ、サイト5じゃあ討伐したシングの燃料生成機構を流用して、虫の死骸や糞尿から燃料を生成してるのは知ってるだろ?」
「ああ、まあ。……って、まさか合成酒の原材料って」
「そうだよ?ま、今さらどうこう言ってもしょうがないが」
「知らなかった……。なんか飲む気失せたな」
「美味くもなきゃ、不味くもない。飲めるだけマシさ。……もっとも、ボクは味にこだわるタイプだから、合成酒は絶対お断りだよ」
「ま、ありゃ酔うためのものだからな。味覚切ってるやつも結構いるぞ。それにしてもアンタが食事に気を遣うタイプだったとは」
「一応言っておくが、ボクは食にはうるさいのだよ?好きな食べ物は美味いもの、嫌いな食べ物は不味いものだ」
「ズルいな、それ」
「味が良ければボクはウンコだって食うし、クソ以下の味がするビーフステーキは食いたくない」
普段口に入れているものがどこから来たのかいちいち考えていては、美味い食事などできなくなる。ボクがマレィの店に拘るのも、そこが良い酒を出すからであって、仮にゴキブリで香り付けした酒がボクの口に合うのなら、躊躇わずに飲むね。
「されど食事とは奇妙なものだね。必死にゴミ箱を漁るみなしごたちのソレと、格式張った連中がソファに腰掛けて栄養液を注入するソレは、本質的には同じなのだから。実に奇妙じゃあないか?」
「……シングが人を食うのも、同じなのか?」
「ああ。彼らの性質についてはいまだ謎が多いが、少なくとも、肉を燃料に変換する機構を備えていることは確かだからね」
生きるために食うのか、食うために生きるのか。
今になってもまだしぶとくこの地上にしがみついている者たちは、皆、なんのために生きているのだろうか。
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