3:世界の救世主


相手は反応できない。

 

 

 

まあ仕方あるまい。左手を斬り落とされる痛みを味わえば、声らしい声も出ないだろう。

 

「なん、スか、コレ」

 

「何って……。オマエの手だろう?」

 

男はがっくりと項垂れる。

 

腕を失ったショックではない。

間をおかず右足を斬られたからだ。

 

「……んぐあああアぁァあッ!?」

 

 

 

「──さっき言いそびれたが」

 

誰も見切れないほどの速度で居合を振り抜いた男は、構えをとったまま口を開いた。

 

「左手、右足。そして次は右手だ」

 

「クソクソクソクソクソがあああッ!やめろやァああアぁあ!?」

 

止まる気配はない。

 

「殺人を犯した分。嘘をついた分。次はオレの個人的な理由で斬る」

 

「待っ、待、ままま待って!やるやるやるやるやるなんでもやるからさぁ!?」

 

「……なら、質問に答えろ。その改造パーツはどこで手に入れた?」

 

「ああああなんだよクソクソクソッ!アンタ、もうMOD持ってんなら別に──」

 

質問に答えろ、と言われたろう。

なら言葉通り、しっかり答えないと。

彼はその辺厳しいぞ?

 

あぁ、遅かったか。

 

 

 

「残りは左足だな」

 

翼の折れた鳥のようにバタバタとかつて両手があった場所を動かそうと試みる姿は、どうにも惨めだった。

 

「痛ぃぃぃぃぎぃぃぃきいいッ!?」

 

「落ち着けよ。別に今すぐ死にゃしない。オレたちの機嫌によりけりだが。つまり、疑問文には解答を返してくれればそれでいい」

 

「はぁーっ、はぁーっ、はっ……ッ!」

 

「で?入手経路は?」

 

「あ、あぁ……?知らっ、知らな……ッ!いや、詳しくは分からないってだけで!なんせ、闇市でたまたま手に入ったんスよ!」

 

「……ハァ」

 

重い荷物は増やしたくない。

つまり、手足の切断などを行うのは好ましくない。のだが、吐かないのなら仕方がない。

 

 

 

「ハッ、ハハ、ハ、ハ、ハッ?」

 

「暴れるなよ?次はタマだ。覚悟決めとけ」

 

「待っ、これ以上ッ、何も知らないッ、知らないんスよ!?」

 

 

……嘘はついてないんだろう。

だけども、このB級スプラッタはまだ続くらしい。

 

 

 

「がああああァァァあ!?」

 

「闇市の誰から買った?名前くらいは聞いたろ?」

 

「あああァッ、んんぐぅぅウゔぅッ!?……はっ、知っ、知らねーよホントにッ!?顔馴染の店で見つけたんスよ!ソイツぁMODを仕入れられるようなヤツじゃあねぇが、今回はたまたま手に入ったンだ!」

 

発言に少々矛盾が見られるが、四肢と宝玉を失った痛みを味わいながら意識を保てているだけ、少なくともコイツは解体屋としてそれなりの腕はあったのだろうか。まあ腕・ないけど。

 

「だが実際、オマエはその顔馴染から買ったのだろう?話の内容から察するに、当の顔馴染とやらは、路上に店を開いていそうなありふれた闇商人といった人物に思えるが……」

 

「そうっ、そうなんスけど!あああ名前ッ、名前なぁ、ソイツから一回聞いた!確かに言ってたはずだッ!たっ、確か……ッ!企業連!MODの売り手は企業連だ!」

 

 

 

「……やはり、か」

 

まるで最初から知っていたかのように。

彼は苛立ちを隠さず呟いた。

 

ざしゅ、という擬音がイメージしやすいのだろうが、事実として音は発生しなかった。非常に静かかつ、激しい。

 

 

 

「は、ぁ?なんで、なんで──」

 

 

 

「──なんでオレ、死ねないんスか」

 

 

 

 

 

 

 

 

「もう少し早く気付けていれば、死人が出ることもなかったな……」

 

「過去は変えられない。殺されたヤツには悪いが、せいぜいあの世で美味い酒にありつけていることを願おう」

 

ボクたちは前もって違反MOD所持者の情報を掴んでいた。三人のうち誰がクロかを見極めようとしたが、それより先にヤツがあの悍ましい行為を実行してしまったのだ。

 

「それにしても、趣味悪いぞ、このMOD」

 

「そうかねぇ?」

 

「ああ。肉体ではなく精神を斬る……。これを悪趣味と言わずしてなんと呼ぶ」

 

「至高の芸術?」

 

「ったく、冗談キツいぜ」

 

結論から言うと、例の男は生きている。

精神を粉々に打ち砕かれてはいるが、肉体的には生きているし、脳も消えないトラウマを抱えていること以外はおおむね健常。十分に拘束し、トラックにぶち込んでおいた。

 

ないはずの四肢がそこにある、という状態がしばらく続くことの影響はいまいち分からない。なにせこういったケースは初めてなので。

 

「しかし驚いた。エモノをコイツの身体に少し当てるだけでこうなっちまうとは」

 

「メカニズムはボクもいまだによく分からないが、どうも体内チップに干渉しているらしい。異常な電気信号を発生させ、脳に錯覚を引き起こしているのだとか。……うぅむ、ボクには全くもって理解できない」

 

「……なんだって?」

 

「あぁ、要は我々の首筋に埋め込まれている個人識別チップに偽の信号を流してるんだ。しかしキミもやり手だねェ。MODの効果とはいえ、相手に四肢と頭部を失う錯覚を引き起こしたのは紛れもなくキミの腕──」

 

「ちょっと待て!MODの製作者はアンタじゃないのか?」

 

「もちろん。むしろどうしてそう思った?」

 

「……アンタの過去がそれを物語っている」

 

「ほう?」

 

 

 

「……大戦で失われた五百年分の技術。唯一その先を行く天才技師、アラン・スミシー。アンタのことじゃないのか?」

 

「ふむ、キミ、少し誤解しているよ。確かにアランという固有名詞でボクを意味づけることは可能だ。そのMODを作ったのもアランだ」

 

「……あー、すまん。何を言ってるんだ?」

 

「噛み砕いて説明すると、いわゆる代替の名義……。ま、細かい話は置いておこうじゃないか。とにかく、ボクとそのMODには少なからず関わりはあるが、製作を直接担当したわけではない」

 

「……詮索すると長い話になりそうだな」

 

「察しが良くて助かるよ」

 

「秘密主義」は人間の歴史における傑作発明品のひとつだ。

存分に使わせてもらう。

 

 

 

「さて、なんやかんやでキミの目的は達成された。これからどうするつもりだい?」

 

 

 

「もともとオレは個人的な理由で違反MODの出処を追っていた。偶然出会ったアンタが何か知ってそうだったから話を聞くと、他ならぬMODを持っていた」

 

「ただし、その性質は唯一無二のもの」

 

「ああ、そうだ。アンタのことを、ただのMOD所持者として裁くには惜しいと感じたから、こうして俺の目的達成のために手を貸してもらったわけだが。今使ったMODのプログラム、それとアンタの話を聞いて確信したよ。どこを探しても同じものは見つからないんだろう。体内の電気信号を制限なく直接操作するなんてシロモノが市場に存在するなんてことは……」

 

「言ったろう。ソレは至高の芸術さ」

 

「趣味悪いっつってんだろ?まあとにかく、アンタは名乗った。……アラン、と。そうだろ、アラン・スミシー?」

 

「少し勘違いしているようだね。ボクはアラン・ヴァーディクト。スミシーではない」

 

「……?」

 

「事情を話すと長くなる。だがアラン・スミシーとアラン・ヴァーディクトはある意味同一人物と言える」

 

「どういうことだ?」

 

「元研究員のボクがこうして一介の解体屋をやってる時点で察してくれたまえ。名を変えるとはすなわちそういうことだ」

 

「……なるほど」

 

 

 

現在、シングへの対処法は確立されており、解体屋は命の危険と引き換えにそれなりのクレジットを稼げるありふれた職業である。

 

かつて、人類全員が暗雲の中にいた時代。

 

旧文明が遺した負の遺産……暴走した機械兵、つまりシングの存在に怯えていた頃。

 

生半可な攻撃では傷つけられない装甲に加え、正確無比な対生物攻撃能力。何より人間を積極的に襲うその性質により、死した文明が再び芽吹くことはなかった。

 

「……MODの共同製作者はボクの人間関係において重要な位置を占める人物だ。彼女はまさしく、人類史上最も偉大な者だと言っていい。彼女がやったのは、文明を進めるのではなく、創ることだ」

 

「絶縁機の発明はアランの業績だ、と。少なくとも世間じゃそう言われてるぞ?」

 

「そうだろうねぇ。少なくともボクが行政に携わる者ならそう公表する。彼女はその名を歴史に残すことすら許されないほどに企業連から嫌われているんだ」

 

「……どういうことだ?」

 

 

 

「彼女の功績は偉大だ。今まで手をこまねいて滅亡を待つだけだった人類を生命として蘇らせ、電気という概念をまるきり再定義してしまった」

 

発展した科学は魔法となんら変わりない。

 

「戦火は文明を五百年分消し去った。電気工学エレクトロニクスは消失し、世界は分断された。……だが彼女は、たった一人で、電気工学を千年進歩させた」

 

「ソイツが表舞台で語られないのはなぜなんだ……?」

 

 

 

「もしも、世界の救世主が、世界を滅ぼそうとしていたらどうする?」

 

 

 

「……どういうことだ?」

 

 

 

「彼女は文明を創った。文明とは戦の火種。絶縁機の隠された機能、すなわちMOD使用による対人兵器運用としての可能性をわざと仕込み、闘争が日常となる世界を創った……。全てを失った人類に、その種のサガを教え授けたのさ」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る