2:B級スプラッタ

「警戒!6時の方向!」

 

が叫ぶ。

 

「数は?」

 

「……認識できる範囲には、一体だけ」

 

「それだけか?来るまでに散々時間食った割に、相手がこうもショボいとは」

 

「依頼はサイト5の管理官補佐からのもので、報酬金額は事前に確定済み。ローリスクローリターンだけど、相場よりは多少高い。ツイてる方っスよ。……めちゃくちゃに、ね」

 

「ヘッ、俺としちゃあ、鬱憤晴らしに丁度いい量を期待してたんだが」

 

ごちゃごちゃうるさいが、それでもしっかり構えをとるあたり、伊達にこの仕事をやってるわけじゃあないらしい。

 

「同行者がヒョロガリ二人と坊ちゃん、しまいにゃチビ女ときた!解体屋は力仕事だってのによぉ!ま、シングごとき、この俺がぶっ潰す!指咥えて見とけお前ら!」

 

そう言い放って、例の短略的精神の持ち主は絶縁機を携えて突貫した。

 

 

 

自分の腰から下が、胴体と完全に分離していることすら気付かずに。

 

 

 

「ぁ、なん、で?……ァ」

 

 

 

あっけなく終了してしまった彼だが、痛みすら感じずに逝けたのは幸せだったかもしれない。何せ、もっと惨たらしい死体なぞ探せば、いや探さずともいくらでもある。

 

 

 

「ヒヒッ、ヒッ、アああッ!ははははッ!ざまみやがれ、こんちくしょう!」

 

見れば、彼を終了させたのは、車内で腰巾着のようなことをやっていた男だった。

 

歪な鎌を模したような形状の絶縁機を振り抜いた姿勢のまま、腐り切った安堵や悦楽を腹から逆流させたような笑い声を発していた。

 

「キミ、何を──」

 

「いつやろうか、ずうっと迷ってた!でもねぇ!この機を逃すわけにゃいかねぇんスわ!」

 

なぜ殺したのかはどうでもいい。

解体屋同士のトラブルは大概金絡みだ。こいつもそのクチだろう。

 

 

 

「キミはれっきとした違反者になる。目撃者は三人、ボクと、そこの小綺麗な男と……もう一人。まあ彼は少々精神に変調をきたしてしまったようだが」

 

車内にいた解体屋5人。

ボクと、例の屑鉄野郎と、腰巾着と、今は人間の形をした肉塊となったモノ、それから道中のいざこざでだんまりを決め込んでいた、これといって特徴のない運転手の男。強いて言うなら存在が薄いのが特徴か。

 

で、その存在感の薄い男は、眼前でを見てしまい、端的に言うと、まあ、吐いた。

 

手を下したのが同じ人間だったのもあるだろう。

 

ま、そこまで深刻な病状でもない。

一週間もすれば普段の暮らしには戻れるだろうし、この出来事も一種の不運な思い出として記憶あるいは忘却される。もしかすると解体屋を引退するかもしれないし、しないかもしれない。

 

どちらにせよ、彼の周囲の環境は非常にありふれたものでしかなく、解体屋が仕事中凶行に走ることも、まあ、多少は珍しい事例だが、悲惨か否かと問われれば、そうでもない。

 

あ、気絶した。かわいそうに。

 

 

 

「……人間にソレを使ったらどうなるか、知らないわけではないだろう?」

 

「あ?絶縁機スか?これがねェ、問題ないんスよ」

 

「ほう?」

 

「最近流行ってるでしょ、MOD

 

「……キミみたいなヤツが、MODを手に入れたのか」

 

「あ、気になるっスよね。ま、闇市を少し探せば──」

 

HOWどうやっての話はあとだ。WHYどうして、今知りたいのはそこだけだ。どうしてオマエが手に入れられたのか。……いずれにせよ、今すぐ武器を捨てて地面に伏せろ」

 

「……は?何言ってんのアンタ。どっちが有利か分かって言ってんスか?」

 

「ふむ……」

 

絶縁機は基本的にシングのみにその効力を発揮するよう、エネルギーの進行が一方向にのみ定められている。仮に人間を攻撃した場合、内蔵されたプログラムがそれを検知し、エネルギーの矛先が反対へと向けられる。こうなると、特殊処理をしない限りは絶縁機本来の性能を発揮できなくなる。

 

使用者は絶縁機の所有にあたって、個人識別チップに特殊なプログラムを導入する。

 

重大な違反の際には終了処分が下されることが決まっており、絶縁機内のエネルギー指向の変化が検知された場合、チップから人体を停止させるに足る電撃が発生する。

 

違反者が使っていた絶縁機はリサイクルされるか、新たな使用者の元へ渡る。

 

正規品であれば。

 

「アンタは使えず、俺ぁ使える。意味分かります?つまりこういうことス、仮にアンタが銃持ってたとしても、主導権はこっちにあんスわ!」

 

双方向MODは、エネルギーの向きを双方向へと変化させる非正規品だ。直流回路を交流回路に変換するような……といっても、この例えで伝わる人間は、スラムで溢れたサイト5の出身者には少ないが。

 

要は、MODを使えばあらゆるものを攻撃できる、ということ。

 

「……キミは何をしたいんだい?」

 

すると、今しがた凶行に及んだばかりだというのに、彼は実に快い笑みを浮かべた。

 

「いや、別に口封じしようってつもりじゃないスよ?むしろアンタ方にも得のある話ッス」

 

「というと」

 

「報酬額は事前指定。仮に仕事中に誰かくたばっても、全員分の金額が貰える。クライアント次第じゃあもありえる!」

 

「……金を生き残った四人で分けよう、と。なるほど、魅力的に思う者もいるだろうね」

 

「ええ。どうスか。悪くないでしょ」

 

殺された男は赤の他人だ。

 

個人的には死ぬほどの人間ではない、と思ってはいるが、まあ感じ方は人それぞれだし、そもそも当事者ではないのでとやかく言う筋合いもない。

 

ただし、アウトローの片棒を担ぐ気はない。

 

 

 

「さて、屑鉄君。キミはどう思う?」

 

 

 

屑鉄君は鋭い眼光で下衆を見やる。

 

「……貴様、命を賭けたことは?」

 

 

 

「は?何を──」

 

「主導権はこっちにある。質問に答えろ。イエスかノーで答えろ」

 

「……命を、賭ける、だぁ?バカにしてんスか?……ノー、ノー!俺ぁね、仕事はキッチリやるタイプなんスわ。賭けはしませン。まして、自分の命なんかは決してね」

 

よほど自分に自信があるらしい。

 

 

 

「……オレは嘘が嫌いでね。貴様は今嘘をついた。ひとつ、貴様の仕事は杜撰だ。そしてもうひとつ。解体屋稼業において、命は常日頃から賭けるものだ」

 

「は?なにふざけたこと言ってるんスか?」

 

瞬間、屑鉄君は刀のような絶縁機を構えた。

向こうは咄嗟に反応しようと試みるが、現実として行動へは至っていない。

 

「まずお前の左手を斬り落とす。次は右足。右手、左足。タマを斬ってから首を落とす」

 

「……ッ。まさか、アンタもMODを?」

 

「──さあな?そんなことはどうでもいいだろ」

 

「ま、待って!分かった、分かったよ!二対一じゃ分が悪い!アンタ方の要求はいくらでも飲みます!金スか?それともオレを咎めるつもりスか!?なんでもいい、ここで死なせないでくれりゃあそれでいい!頼んまスよ〜……?」

 

手のひらを返すのがお得意のようで。

 

と、思っていたら。

 

 

「……なぁんて、言うと思いましたか?」

 

男はおもむろに作業着のポケットに手を入れ、何かしらの小袋らしきものを取り出した。

 

「MOD持ちがもう一人いるとは思ってなかった。でもま、想定の範囲内っスわ。オレとそこの肉塊以外の三人が誰であれ、目的は遂行され、オレは逃げおおせるッ!」

 

「……その手に持っているのは?」

 

「闇市で拾った匂い袋誘引器っス。コイツには、シングを誘き寄せる効果がある」

 

「何?」

 

「当初の予定ではこうでした。アンタ方三人と合意のもとでこれを使い、保安官にはこう言い訳する。『事前に得ていた情報では敵は一体のみとされていたが、実際そうではなかった。結果、油断していた一人が犠牲となった』」

 

「ふぅむ。なかなか考えたね」

 

「黙れ!上からものを言うんじゃあねぇ!オレが上、アンタは下っスよ!」

 

「ん?あ、すまない。しかし、ボクは素直に感心していたのだよ」

 

解体屋殺し。

職種問わず、殺しは一般には褒められた行いではない。新入りルーキーと死人の数がほとんど同じ解体屋であっても、だ。

 

 

 

今回の仕事場はサイト5から遠く、その上人数も少ない。仮に救難信号を出したとしても、増援部隊の到着には数時間かかる。そもそも、居住区外では保安課の調査も行われない。殺るにはうってつけ。

 

目撃者を全員口止めするのも容易である。

普通の解体屋は違反MODに抗う術を持たないので。

 

別の違反MODを持っているなら話は別だが。

 

 

 

「もっとも……。立場はボクのが上だがね」

 

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