Vの響宴〜個人による評決と非合理的復讐の同義性、または我儘少女と復讐者の交錯〜

百々鞦韆

血の調和

1:ありふれた日

何ヶ月前だったかは忘れたが、気が狂ってしまいそうなほどに晴天の日だったと思う。

 

このボク、アラン・ヴァーディクトの人生において最も奇妙かつ運命的な一年は、思えばその日から始まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

輸送車にはボクを含め5人、解体屋スクラッパーが乗っていたが、歯が二、三本欠けた清潔感のカケラもないヤツばかり。なればこそ、埃一つついていない作業服の肩を強張らせながら、艶のある金髪をかき上げ、警戒心を露わにした金色の瞳でしきりに車内を見回す男はよく目立つ。

 

「──で、こう言ってやった!ズリネタ欲しけりゃ葬儀屋をやれ、ってな!」

 

「そのあとソイツぁどうなったんス?」

 

「知らんさ。ま、今頃は瓦礫の下でお楽しみじゃあねぇかな」

 

調子にノったガタイだけは良い男がひたすらに語る、今どき6歳のガキでも笑わないようなジョークを、出発からずっと聞いていた。

 

前髪で右目の隠れた男が、さながら神父の話でも聞くようにジョークに受け答えしている。腰巾着勤め、ご苦労様。

 

運転席に座る男も、これといって特徴はない。ボサボサの髪以外はそこそこ小綺麗な見なりだが、あくまで解体屋基準。その上だんまりを決め込んでいる。

 

まあ、このようなむさ苦しい男ばかりの空間では、ボクの腰まで届く銀髪は目立ってしょうがないので、フードを目深に被って隠している。

 

 

 

「……まだ着かないのか?」

 

「この調子じゃあ、あと一時間以上はかかるぜ。ションベンか?」

 

「……いや」

 

「ところでテメェ、随分小綺麗なカッコだな?どこのお坊ちゃんだ、あぁ?」

 

坊ちゃんとはなるほど言い得て妙だ。彼の生まれから想像される語彙環境を考慮すれば、だが。

 

横に座る例の腰巾着みたいな男と比べてみると、坊ちゃんの小綺麗さはまさしく坊ちゃんである。小、いらないかもな。

 

「……逆だろ」

 

「なんだって?」

 

「逆だ、と言ったんだ。俺が小綺麗なんじゃなく、お前が薄汚いだけだろうが」

 

「んだとっ……!」

 

 

「……」

 

そこからは早かった。

 

相対的に薄汚いその男が腰に伸ばした手を、ボクは思いっきり捻じ曲げてやった。

 

「ぐっ!?」

 

絶縁機アイソレータは人間に向けるもんじゃあない。どんなむごいことが起こるか、知らないわけではないだろう?」

 

「……チッ」

 

ひとまず最悪の事態は避けた。

だが、いきなりケンカを吹っ掛ける度胸がこの小綺麗な男にあるとは思っていなかった。

 

「俺にナメた口ききやがったソイツをブチのめさねぇと気がすまねぇ!おいチビ女、テメェはそこのの肩を持つのか?」

 

「チビ女?あぁ、ボクのこと。いや、誤解しないでくれたまえよ。こちらとしては、人員が減ると困るんだ。殺すなら仕事が終わってからにしてくれ」

 

「……それもそうだな。オイ坊ちゃんよ、このチビに免じて今は何もしねぇ。だが街に着いた時にゃ、覚悟しとけよ?」

 

ボクに免じて、と言ったが、もちろんそれは真っ赤なウソである。実際のところ、絶縁機を人間に使用した際のリスクは使用者本人にも及ぶために、このアホ自身も脅しのつもりだったのだろう。いささかやりすぎなところはあるが、ケンカを吹っかけられて黙っている解体屋はこの界隈で生き抜けない。

 

 

 

「……さて、キミだよキミ。傷ひとつない服を着てるそこのキミ。一体何を考えてるんだい?」

 

屑鉄野郎、と罵られても、彼は身じろぎもせず。

 

「……は?」

 

「知っているだろうが、今から幾許もせぬうちに、少なくとも一度、いや二度、アホの人数によっては三度くらい、ここにいる者たちが互いに背中を預け合う、預け合わなければならない状況に置かれる」

 

原則、自分の身は自分で守る。

しかし、人類にとっての敵性存在と交戦する以上、他人を見捨てるわけにもいかない。

 

「余計な私情を持ち込まないでくれたまえ。その結果死ぬのがキミ自身だとはいえ、少なからずボクに火の粉がかかることは、ボクにとって好ましくない」

 

は十分な武装を纏ったスクワッド単位の解体屋であれば、そうそう手こずる相手ではない。

 

しかし、もっと上位……無論あり得ない話だが、仮にゼータ級が出たときには、場合によっては全滅も覚悟しなければならない。そもそもゼータ級の民間での討伐報告は聞いたことがないし、これからもありえない。

 

今回の相手に関しては、既に情報が通達されていたので、解体屋たちは恐れる必要がなかった。つまり、対処可能なレベルアルファであった。

 

「仲良くしようじゃあないか?ここにいる者全員、明日の命も知れぬ身。つまり、いつ死んでもおかしくはないのだけれど……。ボクはそれを今日にするつもりはない」

 

街に解体屋はわんさかいるが、ドイツもコイツも宵越しの銭を持たぬ刹那主義者。それはそれとして死にたくはない。ボクもそういう者の一人だ。

 

 

 

「オレは思ったことがすぐに口をついて出る性質たちなんだ」

 

「そうかい。では落ち着いて、今の思考を言葉にしてみてくれ」

 

 

 

「……仕事はきっちりやらせてもらう」

 

 

 

ケンカっ早いヤツの多い解体屋稼業では何ら珍しくもない、ありふれた日だった。

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