【二十皿目】日向の葛藤
一連の事件が終わり家に帰ると、日向は私服に着替えてベッドに身を放り投げた。
暫く顔を布団に埋めていると、そういえば、とあることが脳裏をよぎる。
部屋の片隅に乱雑に置かれた、木枠を作る為の資材達。
返品すると言う選択肢もあったが、申し訳なくなって取っておいたのだ。
あれをなんとか使い道がないだろうかとずっと考えていた。
夏休みの工作にでも使おうかとも考えたが、それまでには期間が少し長すぎる。
あれこれと考えあぐねているうちに、深い眠りへと落ちた。
◇◆◇
日曜日の朝。
久し振りの休日なので、せっかくの梅雨時期の貴重な晴れの日にも関わらず、一日寝て過ごす気満々だったが、その予定はスマホの電子音で儚くも打ち破られてしまう。
液晶画面を見ると、七夕の名前ではないか。
実は二人で喫茶店に行った時、こっそり連絡先を交換していたのだ。
日向は再び目を閉じ無視しようかとも考えたが、諦めて電話に出ることにした。
「やっほー!起きてるー?」
久し振りに会った七夕の声は案外元気そうだった。
日向は一応、と寝起きの声で答える。
七夕は笑いながら、もしかしてまだ寝てた?と言われて、日曜日くらいは寝てていいだろ、と悪態をつく。
「それで、今日はなんのようだ?」
「ちょっとお願いがあって、今から会えないかなって」
まだ寝ていたい日向は、拒否した。
しかし、「ランチ奢ってあげようと思ったんだけどなぁ…」
そこまで言うなら…と言おうとして、慌てて前言撤回する。
奢る、と言う言葉に弱い日向である。
だがそれは小遣いを貰うことなど殆どない、常に金欠の中学生には致し方ない。
そこを突いて言ってるのなら七夕もなかなかの策士だと思う。
日向は機敏な動きで着替えを済ますと、必要性最低限の物だけを持って、家を出た。
◇◆◇
いつもの駅前に12時に集合と告げられて、日向は颯爽と電車に乗り込んだ。
日曜日と言えど乗客は多く、ちらほらと見知った顔もある。
同じクラスの子達だ。
日曜日に仲の良い友達と遊びに行く。
そんな当たり前の日常を、自分も同じように過ごしている。
なんだか不思議なことのように思えた。
駅につくと更に混んでいて、人の合間を潜り抜けながら、を探す。
すると、やっほー!と元気な声が届いた。
日向和田は、ドキッとした。
制服姿ではなく、花柄のワンピースに身を包んでいる。
「って別に付き合ってる訳じゃないんだから、ドキドキする必要ねぇだろ」と首を横に振りながら、言い聞かせる。
顔が真っ赤に染まっている日向を、七夕は不思議そうに見る。
居心地が悪くなり、はぐらかそうと足早に例の喫茶店に向かった。
◇◆◇
喫茶店に入ると、日曜日なこともあってか賑わっていた。
窓際の二人掛けのテーブル席に腰を下ろすと、日向はすぐ様メニュー表を手に取る。
「何にする?私、クリームパスタとミルクティー」
じゃあ、と少し考えてからカツサンドと同じくミルクティーを注文した。
本当はハンバーグランチにしたかったが、相手がこの前みたいなそれなりに金銭的に余裕のある人ならまだしも、高校生と言うことで、少し遠慮した。
七夕はお冷やで喉を潤してから、今日は何故呼び出したかを話始めた。
それはずっと悩んでいた
彼女の出した答えは辞める、と言うことだった。
彼女にはやりたいことがあった。
それは、一から料理を学んで料理人になることである。
本当は、
しかし、料理の腕はからきしで、刀を扱う素質があった為に
「流星君見てて思ったんだぁ。私よりも年下なのに凄いなって。あ、料理人って言っても幽霊の、じゃなくて、普通に生きた人間のね!」
と語る七夕の目は眩しいくらいキラキラしていた。
でも、と日向はふと思った。
だったら何故流星ではなく、自分に言いに来たのだろう?
流星と一緒ならまだしも、自分一人だけに。
問いかけられると、七夕は突然顔を真っ赤にさせて、
「だっ、だって、私と同じ立場なのは日向君の方だし、一番分かってくれるかなって…!」
と顔に両手を当てながら、言った。
日向は、ふと抱えていた悩みが脳裏によぎり、ぽつりぽつりと言葉を紡いだ。
「俺も、思ってることがあるんだ…。その、
先程まで顔を赤らめていた七夕が、我に帰り真剣な面持ちで日向を見やる。
「この前、昼禅寺と戦ってる時に、月見里さんが庇ってくれただろ?斬られたら成仏してしまうかも知れないのに。身を呈して、って言うのかな…。あんなの、初めてで…。だから…」
いまいち言いたいことがまとまらず、歯切れ悪く言葉を紡ぐ日向の言葉を汲み取った七夕が、優しく微笑むと、日向の手を握った。
「大丈夫。私もね、日向君と同じ気持ちだったから。でもそれが、いいとか悪いとかそんな話でもないと思うの。だから、日向君も自分がこうしたいって思うことを、すればいいと思うよ」
「自分の、こうしたいと思うこと…」
しかし、日向はまだ、七夕みたいに
日向が、それ以上言葉が浮かばず黙り込んでいると、頼んでいた料理がやっと運ばれて来た。
七夕は誤魔化すように、箸を取ってパスタを食べる。
へぇ、箸で食べる派なんだ、と思いながらカツサンドを頬張った。
七夕が自分に好意を寄せてるなど、全く知るよしもなくー…。
食事を終えると、日向はこの後どうするのかと訪ねた。
七夕はミルクティーを飲みながら、特にないと答える。
少し考えてから、
「
「いや、特にない…」
と言おうとしたが、ふとあることを思い立つ。
「木枠を作るのに買った素材をずっと考えてたんだ。
返品するのもなんだったから…」
「だったら…」
と七夕は商店街を散策することを進める。
その手があったかと賛同すると、ミルクティーを飲み干した。
◇◆◇
商店街を改めて見ると色んな店が立ち並んでいることに、日向は気づいた。
これなら何かヒントがありそうだ、と意気揚々と歩を進めた。
女性好きしそうな可愛い物が溢れた雑貨屋に、服屋、カフェ、花屋、金物屋等々昔ながらの店や最近できた店やらが立ち並んでいて、ただ眺めているだけでも楽しい。
日向はアンテナを張り巡らせて、じっくりと店の商品を見て行った。
「何かいい物あった?」
と七夕が聞く。
しかし、日向の目に止まる物はなかなか見つからなかった。
いかんせん材料がピンポイントすぎて融通が効きにくいのだ。
とその時、日向のスマホが鳴った。
画面を見ると知らない番号である。
無視しようかと思ったがなかなか消える気配がない。
耐えかねてスマホに出ると、声の主はなんと流星だった。
スマホを買ったことを自慢するだけに電話して来たらしい。
全く持ってどうでもいいと、電話を切ろうとしたその時、アイデアが降って来た。
「これだ!」
日向を嬉々として声を上げる。
そう、日向が思い付いたのはスマホラックである。
そうと決まればと日向と七夕は商店街を後にした。
◇◆◇
一週間後、やっとの思いで日向はスマホラックを完成そせた。
工作など学校の授業でしかやったことなかったので、お世辞には上手いとは言えない。
それでも、精根込めて作った物には変わらない。
日向は、それを持ち軽い足取りで
店の戸を開けると、流星がテーブル席でスマホを弄っていた。
ここ一週間会う度に使い方を教えた甲斐あってか、ラインをするくらいにはなっている。
スマホラックを手渡すと、思いの外喜んでくれたので、ほっとした。
その時、カラカラと戸が開いた。
いつもの客である。
はいはーい、と流星は早速、日向の作ったスマホラックを使ってくれた。
下手くそな鼻歌交じりに台所に行きエプロンを付けてお冷やを用意する日向だった。
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