【完結】流星の料理人

【二十一皿目】帰還

真っ青な空に入道雲から太陽が燦々と降り注ぐとても健康的な朝。

　一連の事件が終わり昼禅寺は久し振りに天道（てんどう）家に訪れた。

「ただいまぁ～」

　間延びした声で扉を開けると、朝っぱらからジャラジャラと麻雀牌をかきまぜる音が聞こえる。

　昼禅寺は呆れたようにその音がする部屋に目掛けて歩いて行く。

「それロンです。チャンタ三色満貫」

　と景気のいい男の声が聞こえる。

「ぐわぁあ！まーた昼彦（ひるひこ）の勝ちかよ！」

「なかなかやるねぇ、最年少の癖に」

　昼彦と呼ばれた少年は、ニコニコと満面な笑みを浮かべている。

　ガラッと勢い良く扉が開くなり、真昼の怒号が飛ぶ。

「あんた達！こんな朝っぱらから麻雀なんかして！

昼彦に余計なこと教えないでって言ってるでしょ！」

「やぁ、お帰り真昼。どうだった？裏切り者の二人は」

　聞いて来たのは、右手に徳利を持った天道だ。

　健康的な青空とは裏腹に、全く持って不健康な光景だと昼禅寺は深いため息をついた。

　昼禅寺は、敏感に反応を示すと、不機嫌な顔がいっそ不機嫌になる。

「別に。どうもないわよ。もう、またこんな時間から飲んで！」

　天道から取り上げようと手を伸ばすも、ひょいとあっさりとかわされる。

「一人で戻って来たとこ見ると、しくじった訳だ」

　引いた牌を睨みつけながら、アッシュ色の髪と黒い瞳の男が笑いながら言う。

「うるさいわね。本人にその気がないんだから仕方ないでしょ」

　ひょいと、雀卓を覗くとまた昼彦が高得点を出そうとしていた。

　我が弟ながら、強運の持ち主だと感嘆のため息をつく。

　しかし、他の三人も負けてはいない。

　そこそこ良い牌が回って来ている。

　高い役で上がらなくとも、上がれればいい訳である。

「ロン。ピンフ1000点」

　上がったのは先ほどから黙々と打ち続けていた、深い緑に浅黄色の瞳の女。

「おい、麻亜夜（まあや）！安い役で俺の大車輪飛ばすんじゃねぇ！！」

「安い役で高い役を飛ばす。それが私の醍醐味ですから」

　と、クールな表情で得意気に言った。

　何度目かの深いため息を吐くと真昼は辺りを見渡した。

「そう言えばあの子の姿が見えないけど…」

「さぁてねぇ、まあ幽霊狩りでもしてんじゃねぇの？」

　とアッシュ色の髪の男は、興味なさそうに言う。

幽霊狩り…。なんだか嫌な予感がする、昼禅寺は胸騒ぎを覚える。

「さー、もう一回いってみよう！」

　そんな昼禅寺の思いを他所に、四人はまた牌をかき混ぜ始めた。

◇◆◇

　学校の帰り道。

　流星と日向は、肩を並べて家路を辿っている。

「そっかぁ。七夕、辞めるんか」

「先輩を見習って、料理人になりたいんだってさ」

「へぇ…」

　流星はふと、下を見た。

「あのさ…。いい加減その先輩っての止めねぇ？一応友達なんだし」

　友達…。その単語に昼禅寺はなんだかこそばゆくなる。

今までずっと一人だったから、友達なんて感覚が分からないのだ。

「じゃあ…」

　と言いかけると、不快感に襲われる。

　急に黙った日向を、不思議そうに見る。

「どうし…」

　遅れて、流星もそれに気が付いた。

　目の前に、化け物がいる。

　張りつめた空気が流れる。

　日向がブレスレットに手をたたくかけて身構えた時、後ろから颯爽と黒い影が走り抜けた。

　その姿を捉えるより先に、黒い影は化け物を真っ二つに切り裂いた。

「うぎゃあぁあ！」

　化け物を悲鳴を上げるが、すぐに切り裂かれた体を再生しようとする。

　しかし、そんな隙を与えんと言わんばかりに、小さい影は容赦なく刀で薙いだ。

　「お前、常陸陸（ひたちりく）か！！」

　日向が叫ぶと同時に、すると化け物は悲痛な叫び声を上げたが、まだ成仏する気配はなく、再び常陸と呼ばれた少年に襲いかかる。

「ちっ、なかなかしつけぇ野郎だな！」

　常陸が吐き捨て刀を振り下ろそうとしたが、化け物は矛先が変わったのか、近くにいた少女を捕まえた。

「きゃあぁああっ！」

　化け物は、大きな口を開けて少女を食おうとする。

「解放せよ！！」

　慌てて日向は、刀を解放し、化け物の手を切り落とした。

「あがぁあぁあぁあっ！！」

　悲痛な叫び声と共に、少女が降って来ると、地面に激突する寸前で、常陸が受け止めた。

「大丈夫か！」

　少女は、少年にすがり大声で泣き始めた。

「もう大丈夫だ。化け物は俺が退治してやるから」

　常陸はそう言うと、少女の身の安全を確保するべく流星に呼び掛けた。

「おい！そこの金髪！その子見とけ！」

「お、おう！」

　流星は、一瞬躊躇いながらも、言われた通りに少女の側に駆け寄り抱き締めた。

「もう大丈夫だからな」

　常陸は、流星達と距離を取るべく、化け物を誘導した。

「こっち来い、化け物！お前の相手は俺だ！！」

　化け物は、矛先を常陸に定め直し、とかげのような尻尾を振りかざす。

　常陸は、刀を握り締めて振り上げようとした時、日向が「ダメだ！」と叫び声を上げて常陸を突き飛ばした。

　常陸は避けられたが、日向は後頭部を強打した。

「馬鹿か！お前！何考えてやがる！！」

　常陸に怒鳴られながら、日向はゆっくりと身体を起こす。

「あれは、確かに化け物かもしれない。でも、元々は人なんだ。だから斬らないでくれ…っ」

「はぁ？！お前も七夕みてぇなこと言うのかよ！！今の見てただろ！俺がいなかったら、あの子が喰われてたんだぞ！それでもいいってのかよ！！」

「違う！そうじゃない！俺はただ、先輩が…っ、料理人がいるなら料理で成仏させるべき…っ」

　最後まで言おうとして、日向ははっと息を飲んだ。

　日向は重大なことを思い出したのだ。

　ここは店ではなく街中で、いくら料理人がいても調理場がなければ料理などできないと言うことを。

　呆然としていると、化け物が二人を目掛けて、巨大な手を振り下ろす。

「どけ！邪魔だ！」

　不意に常陸に突き飛ばされた日向は、不様にもそのまま地面に転げた。

　ガガがガガっ！！

　常陸が地面を蹴り、化け物の腕を綺麗に真っ二つに切り落とすと、鮮やかな血がドバドバと吹き出る。

　それに構うことなく、常陸はそのままの勢いで化け物の心臓を切り裂いた。

　カッ！

　目映い閃光が辺りを包み込むと、中年の男が現れた。

　男は、流星の手で震える少女に視線を向けると、フワリと近づくと、少女はビクッと肩を震わせ、強くぎゅっと目を瞑った。

　男は、触れられない手で、少女の頬を優しく撫でる。

「ごめんなぁ。怖い思いをさせて。パパ、もう行くな…」

　少女は、聞き覚えのある声色に反応して、目を開ける。

「パパ！」

　少女が叫びながら手を伸ばそうとした時、男は、涙を流しながらすぅっと夕暮れに染まる空へと消えて行った。

「パパ！待って、どこ行くの？！あたしを置いて行かないで！今日はあたしの誕生日で、一緒にお祝いするって言ったのに！パパの嘘つき！！」

　少女の叫び声は、虚しくも夕焼け空へ響き渡るだけで、流星はその姿が昔の自分と重なって見え、目頭が熱くなるのを覚えた。