【十七皿目】店主

流星は困惑を隠せないと言わんばかりの表情をしていた。

「できれば、あの人と、一緒に食べたかった…」

 それはまるで、どこかで聞いた言葉だったからだ。

 それは月見里が死に際に泣きながら訴えた言葉と同じ物だった。



 一体どうしたものだろう。

 一番好きな食べ物を食べさせて成仏できないなんて、今までこんなことなかったのに。



 流星はいよいよ頭を抱え込んだ。

「あの、もし良かったら…」

 その様子を見かねて切り出したのは満月みづきである。

「もし良かったら、成仏するまでここにいませんか?」



 流星は、動揺した。

「何言ってんだ、お前のことだってまだ解決してねぇのに」

「そうだけど。いいじゃない。仕事は仕事だもの。

ここで断念したらきっと流星、後悔するでしょ?」

 月見里は流星の性格を分かっていた。

さすが、付き合いの長い恋人である。



 流星は、少し考えてから手を打った。

「月見里が言うなら…」

と、歯切れ悪く、引き受けた。

流星軒にまた新たなメンバーが追加された。



◇◆◇



翌朝、流星が目を冷ますと8時を回っていた。

いつも早起きなのに、こんな時間まで寝てることなんて久しぶりである。



制服に慌てて制服に着替えていると、鼻腔を美味しそうな匂いが通り抜ける。

月見里が料理でもしてるのか?

と思って階段をかけ降りると、明日馬日向が機嫌悪そうに店のカウンターで待っていた。



「遅ぇ」

会うなり悪態をつかれて、悪い悪いと苦笑いする。

いつの間にか一緒に登校するようになっていた。



何か持ってるのか日向を凝視する。

「なんだよ…」

「いや、何か食べ物でも持ってんのかなって…」

「あれだろ」



日向が指を指す方向を見ると、料理が並べられていた。

月見里が作った物ではないと、すぐに分かった。



「あら、おはよう」

カウンターの奥から、女が現れた。

昨日のお客である。



「じっとしてるのもなんだから、お台所借りたの。

良かったら食べて」

流星は、目を丸くした。



自分以外の人が台所を使うのも、料理をするのを初めてだった。

その様は、まるで母親が朝ご飯を作っているようだ、と流星は、少々複雑な気持ちになった。



朝ご飯なんて食べてたら遅刻確定である。

しかし、腹は減っているし、こうしてせっかく作ってくれた物も無下にはできない。

何より自分が作った物以外の料理なんて、何年振りだろうか。



流星は美味しそうな食べ物達が、早く食べろと語りかけているような気がした。

流星はカウンターに腰を下ろす。

「電車、一本遅らすか」

朝餉あさげに舌鼓をすることにした。

遅刻決定である。



◇◆◇



遅めの登校となったが、とりあえず午前中の授業には間に合った。

 二人はそれぞれのクラスでそれぞれに授業を受けている。



 流星達は料理人と霊媒師エクソシストであるより先に、本業は学生である。

 何の気ない授業だが、こんな時にふとメニューのアイデアが浮かんだりするのである。



 流星は、昨日のことを考えていた。

 何故、一番食べたい食べ物を食べたのに成仏できなかったのか。

夕べもそのことを考えていたから、寝坊などしたのだ。



しかし、その努力も虚しく結果は実らなかった。

 一人で云々唸っていても仕方ない。

流星は放課後、ある人のところを訪ねることにした。



◇◆◇



放課後。

流星は、明日馬日向と一緒にある場所に向かった。

日向は、ちゃんと場所を教えずにただいいとこだよ、とだけしか言わなかった。



その場所は隣街の商店街にある場所のようだ。

平日の夕刻だと言うのに、学生達で賑わっている。

 ガラス張りのアーケードを抜けると、赤提灯がチラホラと着いていて、先程までとは全く様子が異なり、大人達の隠れ家となっていた。



日向はいよいよ不安になる。

学生が足を踏み入れていい場所なことくらい、すぐに理解できる。

「おい、いいのかよ、こんなとこ学生の来る場所じゃ…」



流星が、足を止めて、慌てて日向も足を止める。

「ここだ」

言われて顔を上げると、そこには古びた金物屋が佇んでいた。



居酒屋やBarの間に挟まれており、明らかに異様な雰囲気である。

「姉ちゃーん、いるかー?」

 戸を開けると日向は表情を引きつらせた。



狭い空間に商品が乱雑に置かれている。

掃除が苦手な店主なのだと言うことが、一目見て分かる。

店主は70、80歳くらいの老いぼれ爺だな、と偏見染みたことを考えていると、奥からやっと現れた。



「なんだよ、流星りゅうせいかい。

今日はなんの用?

土産は持って来たんだろうね?」

当たり前のように流星の傍らを見るが、持っているのは鞄だけで、女性は不機嫌な表情をする。



「手ぶらとは、言い度胸じゃないか」

「悪ぃなぁ。今日は変わりにこいつで勘弁してくれよ」

変わりに、と言うのが隣で怪訝そうに自分を見ている赤い髪少年であることだとすぐに気づいた。



流星は日向に、「空閑空音くがそらねさんだ」と紹介した。

日向は、思わず言葉を失った。

出てきたのは老いぼれ爺ではなく、絶世の美女だったからである。



しかも、胸には昼禅寺以上のたわわな果実をぶら下げている。

「あら、今日は満月みづきちゃんと一緒じゃないのかい?」

「ああ、今日は変わりに友達連れて来た」



店主は目を丸くして、日向に注目した。

「へぇ、流星に友達ねぇ…」

興味深そうにジロジロと舐め回すように見ると、口元に弧の字を描くと、「いいよ、上がんな」

と二人を部屋の奥に通した。



◇◆◇



「なぁる程ねぇ…」

丸いテーブルを囲んで、店主は相槌を打つ。

「つまり、一番好きな食べ物を食べさせたのにも関わらず成仏しないから、その原因をあたしに突き止めてくれと、そう言うことだね」



流星は、ああ、と頷く。

「それはいいけど、そんなことしてる余裕あるのかい?

満月みづきちゃん、大変なんだろ?」



流星は、グッと息を飲んだ。

 どうやら既に店主の耳に情報が入っているようである。

 流星は俯いて、それでも協力して欲しいと、懇願する。

 そこまで言うなら、と店主はそれに応じた。



 すると店主は目を閉じて気を集中させた。

「何してんだ?」

 聞いて来る日向を、黙って見てろ、と静かに制する。

 何かを見ているようである。



 10分くらいして、店主は漸く目を開いた。

 全てが終わったらしい。

「何か分かったのか?」

 流星がせっついて来る。

「どうやら旦那さんを?」



「あんた達と同じ街に住んでるね。

名前は平岡忠平ひらおかちゅうべえさんだってさ」

 店主は紙にサラサラとその人の旦那さんだと言う男性の情報を、見えた限り書き記し、流星に手渡した。

「あとは、自分達で片付けな」



 日向は、それはあんまりだと思って声を荒げた。

「そんな…っ、たったそれだけで何が分かるって…」

 だが流星はそれだけで十分だったようで、口元にはいつもの笑みが浮かんでいる。



「さんきゅー、姉ちゃん。助かったわ」

 流星は腰を持ち上げる。

「もう帰るのかい」



「ああ。今度は豪華な飯作って来てやるよ」

「そりゃあ楽しみだ」

 悪戯な笑みを浮かべて、店主は二人を見送った。



◇◆◇



 帰りのバスで日向は、流星に先程の店主のことを聞いて来た。

「一体何者なんだ、あの姉ちゃん?」



「ああ、空音そらねさんのことか?俺も良く知らねぇんだよなぁ。聞いても教えてくれねぇし。満月みづきに、毎日三食調理法を変えた物をたべさせろって言ったもの、あの人なんだよ」



 なるほど、と日向は納得した。

「まっさか、先輩にあんな美人な知り合いがいたとはなぁ…」

 と、この後二人は家に帰る道中で、店主のこと(特に胸のこと)について、中学生らしい話題に花を咲かしていたのだったー…。

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