【十六話目】焦り
「ここでいいわ」
体調が優れない昼禅寺を見かねて三人は、駅まで送ることにした。
辺りは既に真っ暗だったが、駅には会社帰りのサラリーマンやら、帰宅が遅くなった学生やらで溢れている。
「色々悪かったわね。でも、絶対にあんた達を認めた訳じゃないから」
先程の一件で少し潮らしくなったかと思いきや、そうでもないようで、昼禅寺は相変わらずの対応をした。
あの後、流星から、月見里のことを説明した。
月見里が何故死んだのか、何故成仏できないのかなどと言うことを。
昼禅寺は、裏切った二人を連れ戻す為に現れたのだが、当の本人達はそのつもりはなかった。
だからそれ以上は何も咎める気にはなれなかった。
七夕に自分はこれからどうしたらいいかなどを聞かれたが、すっかり興味を失っていて、「好きにしなさい」とだけ答える。
昼禅寺はそれよりも、譲れないことがあった。
それは、月見里のことである。
「あんた、昔あの人の右腕だったそうじゃない。色々聞いてるわよ」
あの人とは、
昼禅寺は、現在月見里の代役を勤めているそうで、嫉妬心を抱いているようだった。
だから「私の勝ちね」などと、月見里に対して放ったのだ。
「それにしても、あんた、本当になんともないの?」
自分に斬られた割には何事もなかったかのような様子の月見里に、昼禅寺は気にかける。
「特になんともないわよ?」
首を傾げながら言う月見里に、昼禅寺は小さい溜め息を付く。
「やっぱり、幽霊とは言え
電車が到着して、昼禅寺が乗り込もうとしたが、ふと何かを思い立って振り返る。
「あ、そうだ。そういえば、あんた、今死んで何日目?」
月見里が流星に、何日だったかと確認する。
「一年くらいだから、357日くらいか?」
「そう。 知ってるかも知れないけど…」
昼禅寺は少し勿体ぶってから、
「365日をすぎると、自動的に化け物になるから、それまでに成仏させなさいね」
と忠告をした。
新たな事実を告げると、昼禅寺は電車に乗り去っていった。
まだ高鳴る胸のときめきを、気付かれないようにひた隠しながらー…。
◇◆◇
昼禅寺を見送っている時、日向はずっとあることを考えていた。
(あの時、なんで月見里さんは俺を庇ったんだろう…。まだ会って一ヶ月くらいしか経ってねぇのに…)
血の繋がっている両親ですら、身を呈して自分を守ってくれることなんてなかったのに、ましてやずっと斬らないといけないと思っていた幽霊なんかに。
「どうしたー、日向ー!早く行くぞー!」
遠くから声が聞こえて、はっと我に帰り顔を上げると、流星達はいつの間にか改札の方まで離れていた。
「お、おう!」
日向は、返事をすると慌てて二人の元へ駆け寄った。
◇◆◇
流星一行は、新たなメンバー七夕夕季を加えて、店に戻ると、何故タピオカに反応したのかと思考を巡らせていた。
もう一度、試みようと全く同じ手順で作ったタピオカを月見里に差し出す。
今度はしっかり味わうようにゆっくりと。
ゴクン、と流し込むが、やはり先程みたいに光が現れることはなかった。
「やっぱりダメかよ…っ!」
流星は、苛立ちを隠せず舌打ちをする。
何故、あの時は反応したのか。
今と何が違うのか、三人は全く分からないままでいた。
「365日をすぎると、自動的に化け物になる」
先程、昼禅寺に言われたことが脳裏を過る。
365日まであと7日しかない計算だ。
「あと7日…」
流星はノートを睨み付けた。
「なぁ、タピオカがダメなら他の流行ってる物で試せばいいんじゃないか?」
日向が提案する。
「一応色々考えてはあるんだ。カヌレとか、マリトッツオとか」
「私も流行り物なら得意だから、一緒に考えるよ!」
七夕も協力的であるが、 流星が呻き声をあげる。
「他に思い付かないんだろ?だったら、試せるだけ試すしかねぇじゃん」
確かにそれしかもう方法はない。
しかし、本当にそれでいいのだろうか?
他にやり方はないのだろうか?
もし全部間違っていたらー…。
流星は、そんなことばかりが脳裏に浮かんだ。
◇◆◇
カラカラ、入り口の扉が開いた。
お客様だ。
四人は一斉にそちらを見る。
「あの、なんでここにいるのか分からないんだけど、ここは何屋なのかしら?」
来客は50代半ばの品のある女性だ。
日向は既に自分の役割を理解して、素早くお冷やの準備をする。
すっかり、バイトが様になっている。
流星は目を凝らして、女性の好きな食べ物を見た。
腰を持ち上げると、エプロンを取り出して、紐を結んだ。
「私も手伝う!」
「じゃあ野菜切ってくれ。あと豚肉も」
流星の表情に、ようやく笑顔が戻った。
月見里は、ほっと安堵の息を付いた。
◇◆◇
暫くして、女性の目の前に料理が出てきた。
女性は思わず驚の声をあげる。
「なんで…。私、まだ何も注文してないのに。なんで肉じゃがが今一番食べたい物だって…」
「見えてるんだ、この目で。あんたの今一番食べたい物が」
流星は満面な笑みを浮かべる。
女性は躊躇いながらも、甘辛い香りに生唾を飲む。
そっと箸を持ち上げると、じゃがいもを切り少し冷ましてから口に運ぶ。
すると、口の中に醤油の風味と甘さが広がる。
「美味しい…」
女性は、ほぅ、ととろける表情を浮かべる。
一口、また一口と口に運ぶ。
汁まで飲み干すと女性は、両手を合わせて、
「ごちそうさま」
と言った。
四人は唖然として、女性を凝視する。
女性は自分の顔に何がついてるのかと、困惑している。
「なんで、成仏しないんだ…?」
最初に声を上げたのは日向だった。
「一番好きな食べ物じゃなかったとか?」
七夕が続く。
「いや、そんな筈…」
言いかけて、ハッと息を飲む。
「まだ、消えてない…」
普通は、一番好きな食べ物を完食すれば、食べ物の名前は消えるのに、それが消えていないのだ。
「あ!ごっ、ごめんなさい。私ったらせっかく頂いたのに、お礼も言わずに…っ」
女性は、四人がせっかく作ったのに何も言わない失礼な奴だとでも思っているのだと勘違いして、的はずれなことを言っている。
すかさず、日向がフォローを入れると、事情を説明した。
「そう…。ここはそういう店だったの…」
女性は寂しそうに遠くを見た。
「私が肉じゃがが好きなのはね、あの人が一番好きな食べ物だったからよ。
あ、あの人って言うのは主人のことね」
聞けば女性は、料理が得意でいつも旦那さんに手料理を振る舞っていたらしい。
色んな料理を作って来たが、旦那が一番好きな食べ物が肉じゃがで、一緒に食べているうちに自分も肉じゃがが好物になったそうだ。
だから、今一番食べたい物は肉じゃがで間違いない、と女性は言う。
だったら何故完食したにも関わらず成仏しないのだ?
流星は益々頭を抱えた。
「もしかして、不味かったのか?」
女性は首を振る。
「いいえ、凄く美味しかったわ。むしろ私よりも美味しいかもしれない」
中学生なのに凄くわね、と女性は優しく笑う。
「でも、そうねぇ…」
女性は寂しそうに目を細めて、
「できれば、あの人と一緒に食べたかった…」
と呟いた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます