【十五皿目】弟
二年前。
昼禅寺真昼が中学二年生の時。
彼女には、小学四年生の
弟は優しくて、料理が得意な少年だった。
昼禅寺の両親は共働きで忙しくて、いつも家にいることは少なく、祖父母が自分達の面倒を良く見てくれた。
食事は祖父が教えてくれたが、昼禅寺はそれ程器用ではない為、専ら祖父と弟が作ってくれる。
不自由な生活ではあるが、祖父母と弟がいれば昼禅寺にとってはそれなりに幸せで他に何もいらない、そう思っていた。
今日もいつものように学校が終わり二人で家に帰る道中のこと。
たわいのない話をしながら二人で肩を並べて歩いていると、不意に電車の警笛の音がしてそちらを見やると、祖母が踏み切りの前で立っている。
「そういや、今日は病院に行くって言ってたっけ」
昼彦に言われて、昼禅寺は首を傾げる。
「そんな話、聞いてないわよ?」
「まぁ、バタバタしてたからね」
昼彦がそう言うと、祖母は、目眩でもしたのか、おもむろに体が前のめりに倒れ込んだ。
「危ないっ!!」
それに気付いた弟が大声で叫び、止めようと、走り出す。
だが、電車はすぐ目の前まで来ている。
その一瞬だった。
電車は無情にも祖父を跳ねたのだ。
刹那、目の前には丸くて巨大な目がいくつもある、不気味な化け物が現れた。
「ひっ…!」
上擦った声を上げると、その化け物は自分達を見つめてニヤリと不適に笑い、巨大な手で襲いかかった。
「きゃああっ!!」
逃げようとしたが、一歩遅く昼禅寺の体は化け物の手は昼禅寺の体を切り裂いた。
「お姉ちゃん!!」
昼彦が叫ぶと、何がなんだか分からないこの状況下で、逃げると言う選択肢を捨てて昼彦は、手近にあった鞄を手に勇敢に立ち向かう。
「よくもお姉ちゃんを!!」
昼彦は、小さな体にも関わらず、闇雲に鞄を振り回す。
しかし、その攻撃も虚しく、化け物は、弟の体を殴り付けた。
「う゛ぁ゛あ゛っ!!」
昼彦の小さい体は、宙を舞い、冷たいコンクリートの壁に叩きつけられた。
「昼彦っ!」
血まみれで、朦朧とする意識の中、昼禅寺は叫ぶ。
一刻も早く弟の元へ駆けつけなければ。
だが、思うように体が動かず、地を這うように昼彦の元へ向かおうとした時、化け物がまた、自分を目掛けて巨大な拳を繰り出さんとした時。
どこからか、ジュウジュウと何かを炒める音と、甘い玉ねぎと牛肉の香ばしい香りが、鼻腔を掠める。
夕の支度をする匂いだろうかと、昼禅寺は思った。
しかし、そうではなかった。
いつの間にか、先程までなかった屋台が目の前に建っている。
(あんなとこに屋台なんかあったっけ…?)
そう思った時だった。
身長180もあろうかと言う男が、横切ると、食べ物の匂いが一層深まった。
見ると、男は美味しそうな匂いがする丼ー持っている。
(出前の途中かなにかか?)
などと考えていると、男はその器を、すっと目の前の老人に差し出す。
「これだろ?あんたが今一番食いてぇ物」
男の手には牛丼が握れている。
益々意味が分からない。
この男は何をしているのだろう?
すると老人は、箸を持ち上げたかと思うと、牛丼を口に運ぶ。
老人は、まさに至福と言わんばかりと表情を浮かべる。
昼彦は、その様子を見てふと脳裏にある記憶が甦った。
それは、昔、祖父が初めて自分に教えてくれた料理だった。
初めてだったから、お世辞にも美味しいとは言えない物だったけど、それでも祖父は残さず食べてくれたのだ。
それから、昼彦は毎日台所に立つようになり、祖母と一緒に料理をした。
そして、三回目の時、ようやく成功して、お世辞ではなく本心から美味しいと言ってくれた記憶だ。
祖母は一口、また一口と箸を止めようととしはしない。
あっという間に平らげると、辺り一面に目映い光が現れた。
「な、なんだ、この光は?!」
「お迎えだよ」
「お迎え…」
祖母はすぐ横に自分の死体が転がっていることに気付く。
自分は死んだのだと、全て理解したようだ。
「次、生まれ変わったらもっと美味いもん食えよ」
老婆は優しく微笑む。
「はい…」
老婆は頬を涙で濡らして、天へと旅立って行った。
そう、この出会いが全ての始まりであり、その時昼禅寺達は、祖母だけではなく、祖父までも殺されることになるなんて、全く思いもしなかった。
◇◆◇
昼禅寺は、病院の寝台で目を覚ました。
どうやらあのまま眠ってしまったらしい。
一体誰が運んでくれたのだろう?
ぼんやりと天井を眺めていると、少年の声が耳に届いた。
「よう、起きたか。お前、あのまま寝ちまったから、ここまで運んだんだ」
目映い金色の髪が、太陽のように見えたが、それが料理人の少年であると理解するのに、少し時間がかかった。
「余計なお世話よ」
「素直じゃねぇなぁ」
ケラケラと、流星が笑う。
昼禅寺は身を起こそうとしたが、目眩に襲われて再びベッドに倒れた。
「無理すんなって」
「別に無理なんか…っ!」
言おうとした時、目の前に突然皿が現れた。
「何よ、これ」
「岩国寿司だ。実はさ、立花さんを成仏させた後で、皆でどっかで食べようと思って持って来てたんだ。お前も食えよ」
「い、いらないわよ、こんな物!料理人が作った物なんて…」
ぐぅうぅう!
昼禅寺の腹の音が鳴り響いて、顔を耳まで真っ赤にさせる。
「食えよ。腹減ってんだろ」
昼禅寺は目を疑った。
何故か流星が、弟と被って見えたのだ。
口でこそ拒絶したが、胃袋は素直な物で、空腹には勝てなかった。
昼禅寺は不服そうな顔をしながら、寿司を口にした。
「美味しい…」
「だろ?」
流星は、満面な笑みを浮かべる。
昼禅寺は胸を締め付けられる。
それは紛れもなく、恋に落ちた瞬間であった。
昼禅寺は、表情を隠すように顔を反らす。
(ないない!ある訳ない!こんな男に!)
全力で否定する。
「真昼ちゃん、顔真っ赤だよ?」
七夕が、不思議そうに首を傾げる。
「うるさい!」
「さーて、俺達も食うか」
俺達も?不思議そうに見やると、病室の真ん中には軽く食卓が出来上がっている。
基本的に病院での飲食は禁止されてはいるものの、騒がないことを条件に特別に許可を取っていた。
まさか、皆で食べるようになることまでは、想定していなかったがー…。
「そうそう、ついでにタピオカも作って来たんだ」
日向と月見里は言われて思い出した。
そうだ、タピオカを試そうしていたことを。
一連の事件で完全忘れていたのだった。
四人は手を合わせて、いただきますの合図をした。
まずはと、タピオカで喉を潤す。
瞬間、月見里の体から目映い光が現れた。
「えっ、えっ?!」
「まっ、まさか本当に?!」
四人はどよめいた。
日向の勘は当たっていたと言うのだろうか?
一年もの間、途方もない努力を続けて来たことが、やっと報われるのだ…。
◇◆◇
だが、その光は一瞬にして消えた。
月見里はと言うと、成仏してはいない。
流星と日向は、ポカンとただただ口を開けて放心している。
「成仏、してない…?」
「なんで…っ!」
流星は耐えかねて、テーブルを拳で殴りつける。
「なんでだよ!タピオカじゃなかったのかよ!さっき成仏しかけたじゃねぇか!
なのに…っ!」
日向は驚いた。
流星のこんな表情は、初めて見るからだ。
もしかしたら、と日向は岩国寿司を食べるように月見里に提案する。
月見里はゆっくりと岩国寿司を口に運ぶ。
しかし、再び光が現れることはなかった。
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