【十三皿目】昼禅寺真昼《ちゅうぜんじまひる》

まさに絶対絶命だと、誰もが思ったその時だった。

 覚悟を決めたかのように目を瞑った日向は、暫くの間なんの痛みも感じず、恐る恐る目を開けると、日向は目を疑った。



「月見里、さん…?」

 月見里が、日向を庇うように倒れていた。

 昼禅寺も、確かに月見里を斬った手応えはあったのだが、血は流れておらず、何が起こったのか分からず、座り込んで呆然としている。



満月みづきっ!!」

 流星が叫び声と共に、月見里にかけよった。

「大丈夫か?満月みづき!!」

 流星が必死に呼び掛けて、月見里の体を抱き起こす。

 


「大丈夫、私。幽霊だから。刀なんか効かないし」

 月見里の体は確かに今昼禅寺に斬られた筈だが、まるで何事もなかったかのように笑う月見里に、流星はほっと安堵の息をついて月見里を抱きしめた。



「よかった…。死んじまったかと思った…」

 流星の体が震えていることに気付いた月見里は、優しく微笑み、流星の頭を撫でた。

「馬鹿ね。もう死んでるわよ」

 


◇◆◇



 暫くただ日向達の戦いを見ていた七夕は、の後ろに血を流して倒れている化け物が立花だと分かり、恐る恐る口を開いた。

「まさか、斬ったの…?」

 聞き馴染みのある声に、昼禅寺はようやくはっと我に返った。



「七夕夕季…」

 ボソリと独り言のように名前を呼ぶと、刀を握り直してゆっくりと立ち上がった。

「残念でした。まだ斬ってないわ。ただ、襲いかかって来たから、動きを止めただけよ」



 昼禅寺は、ゆっくりと振り返ると、自分の本来の目的を思い出して、立花に刀を突きつける。

「大丈夫よ。私が苦しみから解放してあげる」

「ダメだ!」

 尚も日向は止めようと叫ぶが、昼禅寺はかたくなに持ち上げた刀を下ろさない。



「その人は、七夕さんの友達なんだ!刀で斬るのはダメだ!」

 昼禅寺はふぅ、と溜め息をつくと、僅かに体を震わせながら、鋭く日向を睨みつけた。



「全く、どいつもこいつも化け物は斬るなって、なんでそんなに化け物を庇うの?!こいつは!化け物は、人を傷つけて人を苦しめるのに!なんで痛みを与えないで成仏させなきゃいけないの?そんなのどう考えてもおかしいわよ!!」



 昼禅寺は目を潤ませながら、大声で訴える。

「私のおじいちゃんは、化け物に殺された!だから、料理人も、料理人の味方をするあんたも大嫌いよ!!」

「味方とかそんな話をしてるんじゃ…っ!」

 その時、先程まで意識を失っていた立花が、再び意識を取り戻す。



 気配に気付いて、刀を握り直すが一足遅く、立花は昼禅寺の頭を目掛けて拳を振り下ろした。

「昼禅寺!」

 日向が叫ぶより早く反応した流星が、昼禅寺の腕を引っ張った。



 間一髪のところで助かった昼禅寺は、流星を鬼のような形相で睨みつけた。

「料理人…っ!」

 昼禅寺は、すかさず手を振り払うと、勢いよく流星の頬を叩いた。


  

「触らないで!料理人なんかに、助けられたくない!」

 ゴッ!

 立花は、今度は二人を目掛けて、再び拳を振るう。

「くそっ!」

 日向が刀を握り直したが、その拳は、流星の目前で止められて、昼禅寺は目を見張った。



 自分を目掛けて振り下ろされそうになった立花が、ピタリと止まり動かなくなった。

 同時に甘い香りが空間を包む。



 寿司だ、昼禅寺はすぐに香りの正体が分かった。

 いつの間にか流星が、持っていた岡持ちから、料理を取り出していた。



「これだろ?あんたが今一番好きな食べ物、岩国寿司。あんたの親友から聞いたよ。初めて作るもんだから、ちょっと自信はねぇけど」


 

 立花は暫しくじっと見つめると、ゆっくり手を伸ばして箸を取る。

 寿司を一口大に切って口の中に運び、嚥下えんげする。


 

 すし酢の甘みと程よい酸味が口内に広がり、ほぅ、ととろけるような笑みを浮かべた。

 まさに、昔自分が食べた物と同じ味である。

 立花は、一口、また一口と寿司を口に運び、あっという間に平らげた。



 すると、ぱぁっと留花の周りに柔らかい光が現れて、先程まで化け物だった立花は、人の形を取り戻した。

「留花!」



 名前を叫ぶ七夕の目は、涙で滲んでいて立花は、優しく微笑む。

「夕季私が一番好きな食べ物覚えてたんだね」

「当たり前じゃん!親友だから!一番好きな食べ物くらい、覚えてて当たり前だよ!」



「ねぇ、夕季。次、生まれ変わったら私、また夕季ゆうきと一緒にご飯が食べたい」

 夕季は大きく頷く。



「当たり前じゃん!もっといっぱい、美味しい物食べよう!」

「うん、約束だよー…」

 立花の魂は、すぅっと天に登って行った。



 七夕はその場にうずくまり、暫くの間、泣きじゃった。

 流星は立花を見送った後、静かに唇を開いた。

「俺もさ、両親を殺されたんだ、化け物に」

「え…っ」



 昼禅寺は、初めて知る事実に、耳を疑った。

「だったら…っ。だったらなんで、料理で化け物を成仏させようとするの?あんたは自分の親を殺した化け物が憎いと思わないの?!」

 昼禅寺に質問を繰り返されて、流星は架空を見つめる。



「そりゃあ憎いって思うよ。だって、俺の大事な家族を殺されたんだから」

「じゃあだったら…っ!」

 昼禅寺にまくし立てられるが、流星は満面の笑みを浮かべる。



「だって、その化け物は俺の両親じゃなくて、立花留花だから。だから、俺には関係ない、一人の客だ」

 あっさりと自分が今まで捕らわれていた理念を覆されて、昼禅寺は呆気に取られた。

 


「そん、な、の…っ」

 そんなことは、今まで考えもしなかった。

 今まではずっと、化け物は全て敵だとしか思えなかったから。



 何か言い換えさないといけないと口を開いたが、返す言葉が見つからず、昼禅寺は、ぐっと奥歯を噛み締めた。

「そんなの、全然答えじゃないわよ…っ」



 昼禅寺はなんとか思い付いた反論を、口にすると、刀をブレスレットに納めて、傷まみれの日向に歩み寄った。

「まだ、何かする気かよ?」

「別に、治療するだけよ」

「治療って…」

 昼禅寺は、日向の前に膝をつき両手をかざした。



 全身が暖かいオーラに包まれると、痛みが和らいでいった。

 昼禅寺は剣士な上に、ヒーラーの能力も備わっていたのだ。



「これで、全部チャラよ」

 言うと昼禅は、その場に倒れ込んだ。

「大丈夫か?!」

 日向はすかさず、昼禅寺の肩を抱き起こした。



「うるさいわね。ちょっと目眩がしただけ。

結構体力使うんだから、感謝しなさいよ」

 と、始終憎まれ口を叩くのだった。



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