【十三皿目】岩国寿司③

エプロンに身を纏った三人は、それぞれ台所にいた。

 作り方は以前使ったレシピ本を参考にすることにした。

 日向は米を炊く係、七夕は野菜を切る係に分かれる。

 二人は料理はからきしだと言っていたが、それくらいはできるようである。



 流星は、以前やったことがあるだけあって、かなりこなれていた。

 米が炊き上がるのを待ってる間に、れんこん、干し椎茸、えび、金糸玉子を準備する。



 山口県蓮根も名産で、岩国寿司には欠かせない。

 味は全体的に薄味である。

 出汁は鰹節ではなく昆布ベースな物が多く、干ししいたけも、甘さ控え目に炊く。

 えびは背わたを取り、さっと塩ゆがきする。



 具の準備が着々進んで行くうちに、ご飯の炊ける音が鳴る。

「炊けたぞ!」

「それじゃあ、おひつを水で湿らせて、そこに全部よそってくれ!」

「おう」



 言われて、しゃもじを湿らすと、炊きたての米をおひつによそった。

 七夕は、すし酢を作り、米に回しかける。



 日向が、うちわで冷まそうとしていたところで、七夕が時間がかかるから、と店の奥にあった少し誇りを被った扇風機を持ってきた。

 なるほど、と日向は感心して、水で湿らせたしゃもじで米を混ぜる。



 一時間程で一通りの準備が終わった。

 問題はここらかである。

 この寿司を木枠に入れては押し、入れては押し、を三、四回程繰り返さなくてはならない。



 しかも、ただ手で押すのではなく足で全体重をかけて押すのだからかなりハードな作業である。

 最後に重しを乗せて、20分まてば出来上がりだ。



◇◆◇



 その頃、病院では緊急手術が行われていた。

 それは他の誰でもなく、立花瑠花である。

 手術室は医師達の淡々とした掛け声が聞こえる。

医者が立花の心臓をメスで切ると、赤い血が流れ出して来て、すぐにガーゼで押さえる。



 別の器官を切ったその時、心電図が異常音を上げた。

医師は焦りながらも、大声で次の指示を出す。

しかし、別の器官を切った瞬間、血飛沫が医師の顔をめがけて飛んで来た。



 ピーっと心電図がフラット音が鳴り響く。

 医師達は、すかさずADEで心肺再生をしつこいくらいに試みるが心電図はピクリとも動かない。

 立花瑠花はそのまま還らぬ人となったー…。



◇◆◇



 四人は出来上がった岩国寿司を入れた岡持ちを持って、病院に足を運んだ。

 当然、許可は事前に取っているので何も言われることなく、スムーズに通れた。



 足早に305号室に向かう。

 七夕は病室の前で立ち止まると、力を込めて扉を開けた。



 四人は目を疑った。

 時は既に遅く、留花は息を引き取った後だった。

覚悟はしていたが、やはりそれを目の当たりにすると、胸が張り裂けそうになった。



 七夕は、大粒の涙を流しながら、冷たくなった留花の手を握る。

「何もできなくて、ごめんね…」

 と謝罪の言葉を紡いだ。




◇◆◇




 その瞬間だった。

 立花が化け物に姿を変えた。

 グォオオオ!と呻き声を上げて、七夕に襲いかかる。

「危ねぇっ!」



 流星が叫ぶより早く、日向が七夕を突き飛ばした。

「日向君!」

「大丈夫か?」

「私は大丈夫だけど…!」



 ガシャン!

 化け物は窓ガラスを突き破り外に出た。

「やべぇ、外に出た!」

 日向は、急いで部屋を後にする。

 外に出たら人を襲う可能性があるのだ。



 廊下を全力で駆け抜ける。

 ここが病院だと言うことを忘れて。

「廊下は走らないで!」

 途中で看護師が怒る声が聞こえた気がするが、そんな声すら耳に届かなかった。



◇◆◇



「解放せよ!」

 外に出ると日向はすかさず、ブレスレットに手を当てて刀を解放した。

 目の前では、やはり化け物となった留花が一人の少女に襲いかからんとしていた。



「くそっ!」

 万事休すか、日向は刀を大きく振りかぶった。

 ザン!

 化け物の体が切り裂かれる。

 日向の目の前に鮮血が飛び散った。



 しかし、自分の刀は汚れていない。

 日向は何が起こったのか、訳が分からなかった。

 よく目を凝らすと、少女が手にしていた刀が真っ赤に染まっていた。

 それは、留花を斬ったのはその少女だと言うことを意味している。



 ピンク色のポニーテールが揺れる。

「あら、誰かと思ったら久し振りね。裏切り者の、日向明日馬」



 日向は、目を潜めた。

昼禅寺真昼ちゅうぜんじまひる…」

 それが、淡いピンクに珊瑚色の瞳を持つ少女の名前だった。



 裏切り者、と言われて日向は聞き捨てならないと口元を歪ませる。

「だれが裏切り者だって?」

「だってそうでしょ?現に私達の軍に帰って来ないじゃない!」



 彼女の迫力に押されて、日向は怯んだ。

 ちなみに、彼女の言う【軍】とは、天道天使てんどうあまつか率いる、料理人と霊媒師エクソシスト達の集団である。


 

 彼女は、約1ヶ月以上もその軍に帰って来ないものだから、裏切ったのだと思っているらしい。

 確かに、現に自分は料理人である流星達と行動を共にしていて、軍には全く帰っていない。



 だからと言って自分の任務を放棄したつもりもない。

 それなのに、裏切り者と言われることに疑念を抱いた。

 日向には、彼女の言っていることを、全く理解できず、頭を抱えた。



 日向は、立花の体に刃のような物で切り裂かれた跡があることに気付いた。

「おい、まさか、斬ったのか?」



 日向が恐る恐る聞く。

「残念でした。まだ斬ってないわ。ただ、襲いかかって来たから、動きを止めただけよ」



 日向は、安心するも安堵の息をつく暇もなく、昼禅寺を説得する。

「斬っちゃダメなんだ!その人は…!」

 全て言い終える前に、流星がその言葉を遮った。



「日向、何やってんだお前!小学生相手に!」

 遅れてようやくやって来た流星達が追い付くなり、訳分からないことを言い出した。



 小学生とは誰のことだろう。

「はぁ?何言って…!」

 日向は気付いた。



 流星が言う小学生とは昼禅寺のことだと言うことを。

 何故なら、自分も昼禅寺の第一印象が同じく、小学生だったからだ。



 流星は、目の前にいる小学生(まひる)が頭から血を流している上に明、日向が刀を握ってるもんだから、どうやら日向が昼禅寺に斬りかかったと勘違いしたのだ。



「誰が、小学生ですって?」

 昼禅寺の額に青アザが浮かんでいる。

 昼禅寺は、ゆっくりと立ち上がり、刀を流星りゅうせいに突きつけた。



「私は、高校二年生よっ!」

 その言葉に流星と月見里は驚愕した。

 高校二年生にしては、身長が140前半くらいにしか見えないからだ。



「嘘だろ?!だってどう見たって小学生にしか…」

 流星はあることに気付いた。

 昼禅寺が着ている制服は、七夕と同じブレザーで、胸には唯一小学生とは思えない要素が備わっているではないか。



 そして、徐に月見里と見比べて、

「た、確かに、小学生にしてはデカすぎるか…」

と言った。



 昼禅寺の胸には、商店街の女店主程ではないが、人目で大きいと分かるサイズの立派な果実がくっついていた。



 その瞬間、月見里の平手が、流星りゅうせいの頬をひっぱたいた。

「酷い!今、私の胸と比べたわね!」

「いや、別にそう言うつもりじゃ…っ!」

 昼禅寺は、流星の隣にいる、月見里の存在に気づいた。



 その正体が幽霊であることまでも。

「あんたが、月見里満月やまなしみづき…」

 ニヤリと口元を緩ませて、マジマジと舐め回すように月見里を見る。



「私の勝ちね」

 昼禅寺は、刀を構えると、地面を蹴って月見里を目掛けて突進した。

「危ないっ!!」



 日向は、すかさず刀を構え直し、身を乗り出したが、昼禅寺の刀は、日向の右腕を切り裂いた。

「なんのつもり?そいつだって幽霊でしょ?」

 日向の右腕からは、ボタボタと赤い血が流れ出してる。



「そうだ。でも、月見里さんを成仏させるのは今じゃないだろ」

 昼禅寺は、日向を鼻で嘲笑う。

「やっぱり、裏切り者じゃない。あんた、前はそんなんじゃなかったのに!」



 昼禅寺は、日向の刀を弾き返す。

 ガガッ!ガガがガガッ!!

 昼禅寺の刀が、上から下、右から左と容赦なく刀を震う。

 


 日向は、なんとか片方の腕で攻撃をかわすが、片腕だけでは受け止めるのがやっとで、どんどん壁に追いやられて行く。

「ほらほら!どうしたの?全然負けてるじゃない!」

「くそっ!」

 どう見ても昼禅寺の方が小さいのに、日向が押されている。



「戦う気がないなら、本気で行くわよ!!」

 昼禅寺が叫ぶと、更に刀を震う速度が上がる。

 昼禅寺の圧力に、日向は息苦しさが増す。

 日向は、体が昼禅寺の刀に耐えられなくなり、バランスを崩してしまった。



「貰ったぁ!!」

 昼禅寺は、その瞬間を見逃すことなく、日向の右肩を目掛けて刀を斬りつけた。


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