【十皿目】七夕夕季《たなばたゆうき》

翌朝、一行は七夕から手渡されたメモをと手土産を手に、その場所に向かった。

 今日は昨日と違って晴れてはいるものの、九月だと言うのに少し蒸し暑い。



 流星と日向は半袖だが、月見里は冬用のセーラー服のままだ。

 幽霊なのだから仕方ないが。

 何故か二人はちょっとだけ、月見里の私服姿を期待してたのだ。



「あれ、月見里さんも来たんだ?」

「酷いのよ!流星ってば、私だけ留守番しとけって言うのよ?」

 月見里は頬を膨らませて怒っていて、ご機嫌ななめだ。



「仕方ないだろ。外じゃいつ襲われるか分かんねぇんだから」

「あら、流星が守ってくれるんじゃなかったの?」

「はいはい、喧嘩はいいからさっさと行くぞ」

 二人の痴話喧嘩を聞き流して、日向は足早に約束の場所に向かった。



◇◆◇



 辿り着いた場所は、県内屈指の大病院だ。

 病院に入るなり、三人は呆気に取られる。

 なんと、病院なのにエスカレーターや、大手のコンビニなんかもある。



 これだけでも七夕の親友が、それなりにお金持ちだと言うことがわかる。

 三人は何故か緊張が入った。

 たかが、病院だと言うのに…。



 部屋は個室の305号室だ。

 エスカレーターを登り、右に曲がったところに、その部屋はあった。

 流星は深呼吸をした。

 ドアノブを数回ノックする。



「どうぞ」

 七夕の返事が聞こえて、流星はゆっくりドアを開ける。

 そこには、七夕と呼吸器を付けてベッドに寝ている女性がいた。



「これ、良かったら」

 そう言って流星はお見舞いのお菓子を差し出した。

 県内でも人気の、プリンが入っている。

「ありがとう!ここのプリン、大好きなんだ!諸星もろぼし君が選んでくれたの?」



「いや、満月みづき日向ひなたが。

俺、なんか流行り物とか疎いから…」

 そうなのだ。

 流星は、料理人でありながら流行りの店などの情報が、全くもって無知なのである。



「その人…」

 真っ先に彼女の存在に気づいたのは、月見里だった。

「この前、言っていた成仏させて欲しい人です」

 三人は首を傾げた。

 まだ生きてるのに、どうやって成仏させるのだろう?

 


「説明はこれからするね。とりあえず、そこに座って。」

 言われるがまま、三人はそれぞれ椅子に腰を掛けた。



◇◆◇



 少女の名は、立花留花たちばなるかと言った。

 七夕とは幼稚園の頃からの親友だった。

 しかし、立花は生まれつき心臓に疾患を抱えて、その時から長くはないと言われていたらしい。



「ついこの前だったの。急に容態が悪くなって」

「手術はしたのか?」

 日向が聞いた。

 七夕は首を横に降った。

「そんなお金ないからできないって…。」



 三人は胸を締め付けられたと同時に、一つの疑問が浮かんだ。

 これだけの病院に入院できるのだから、心臓の手術くらいできるのではないか?



 余談だが、後から調べてみたが、心臓病の手術をするには有に八桁は飛ぶ程の莫大な金がかかる。

 県内には心臓病患者の受け入れ先はここしかなく、入居するにも相当の苦労があったらしい。


 


 七夕は説明を続けた。

 立花は七夕が、霊媒師エクソシストであることを知っている。

 死んだら化け物になることも。

 だから、そうなった時は他の誰でもなく、親友である自分に斬って欲しい、そう頼まれたのだそうだ。



「でも、私は留花を斬ることなんてできない。

霊媒師エクソシストのやり方は、絶対に痛みが生じるから。だから…っ!」

 七夕は、感情が高ぶり、言葉を詰まらせる。



「だから、俺に成仏させて欲しい、って訳だな?」

 コクン、と七夕は大粒の涙をこぼしながら頷いた。

流星はすぐに承諾した。



 しかし、一つ問題点が浮かび上がった。

 そう、どうやって、生きてる人間の一番食べたい物を調べるか、だ。



 満月と違って立花には猶予がない。

「それなら大丈夫!留花の好きな食べ物くらい、分かるから」

 七夕は自信たっぷりに答えた。



◇◆◇



 幽霊と化け物には違いがある。



【幽霊】とは、人間の姿を保った霊。

【化け物】とは、人間姿を失った霊である。



 どちらも人間が死んだ魂には変わりないのだが、二つの決定的な違いは、人を襲うか襲わないかだ。

 何故人を襲うのか。

 理由は諸説あるらしいが、空腹に耐えられず何日も成仏できないから、らしいー…。



◇◆◇



「岩国寿司?」

 それが立花が一番好きな食べ物なのだと、七夕は得意げに言った。

「岩国寿司?なんだそれ?」

 首を傾げる日向に、七夕は説明する。



 岩国寿司とは、山口県の郷土料理で、大きな木枠の中に、酢飯の上に春菊などの青菜、岩国名産の蓮根、椎茸、錦糸卵などをのせ、これを何層にも重ね、サンドイッチ状にし、重石でしばらく押し固め、木枠を抜いて、一人前サイズに切り分ける作り方である。



 できあがった大きな押し寿司を一人前ずつに切り分けて供するため、岩国では人の集まるハレの日に欠かせない伝統料理となっている。※①



「瑠花はね、元々山口出身で、幼稚園の時に引っ越して来たの。私も留花の家に遊びに行った時にご馳走になったんだけど、美味しかったよ」

「岩国寿司…」

 流星と月見里は、顔を見合わせた。



 七夕にスマートフォンを見せられると、三人は一層愕然とした。

 普通のちらし寿司かと思いきや、特殊な製法で作られているではないか。



「そういえば、以前も作ったことある料理よね」

「ああ。その時は、木枠を手に入れる方法が分からなかったから、代用して作ったんだよな」

「でも結局成仏できなかったのよね」

 


 木枠くらい通販でなんとかなるのに、その方法に辿り着かないとは、流行りの疎さは相当筋金入りだと、日向は嘲笑に似た笑いを浮かべた。

 しかし、日向の考えはすぐに覆されるのだった。



 ネットで調べてみたが、結構高価な物で、中学生が手に入れられるような代物ではない。

 しかも、安価な物(それでも中学生が買える金額ではない)は全て売り切れており、残っているのは五桁は下らない物ばかりだった。



「やっぱり無理かな…?」

 七夕は気を落とす。

 無理か無理ではないかと言ったら無理ではない。

 作り方は分かっているので、問題はない。

 ただ、この木枠を探すのが難題なのだ。



「木枠さえなんとかなればな…」

 流星は腕を組んで口をへの字に曲げている。

 四人もそれぞれ思考を凝らす。

 それだけで小一時間程が過ぎて行ったー…。



(※①ウィキペディア抜粋)

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