【八皿目】生姜焼

カチャカチャと、店内にガラスが擦れる音が響く。

 なんだかんだ文句言いながら、日向は皿洗いをしていた。

 我ながら律儀だと心の底から思う。



 人に仕事を押し付けた店主はと言えば、相変わらず月見里とトランプで遊んでいた。

 見たところ、今日は真剣衰弱のようだ。



 今のところ、勝敗を握っているのは月見里の方で、そういやこの前も流星が負けていた。

 このままでは、恐らく今日も負けるのは流星だろうな、などと考えていると、流星が声をかけて来た。



「それで?」

「え?」

「何か用があって来たんだろ?」

 そうだった、すっかり忘れるとこだった。



 今日は課題の結果を報告しに来たのだ。

 決して皿洗いなどをしに来たのではない。

 そう、決してー…。



「あれから家に帰って、ノート全部、目を通してみたんだ」

「で、どうだった?なんか収穫はあったのか?」

「一見細かく丁寧に書かれたレシピ本だけど、ある一点のことに気付いたんだ」

「ある一点のこと?」



 ぴっ、テーブルに無造作に置いた鞄を指差す。

 自分で出せ、と言う意味だと気付いて、カードを切ろうとした手を止めて、ノートを取り出す。

 すると、ノートにはびっしりと付箋がはりつけられていた。



 日向は、流星がノートを取ったのを確認して、再び口を開く。

「これだけのレシピがあるのに、ある種類のメニューがないんだ」

「あるメニューって?」

「そう、流行り物のメニューだ」

 言われて、ざっとノートに目を通す。



 確かに、ここに書かれてる物は全て定番品ばかりだ。

 でもそれは仕方ない、と流星りゅうせいは思った。

 何故ならうちは飽くまで日本の食堂だから。



 それに、今までここに訪れた霊は何百年も前に亡くなった霊だの、五十年前に亡くなった霊だので、最近の霊は殆ど来ないからだ。



「だから、月見里さんが亡くなる前…つまり、十四年間に流行った食べ物が、月見里さんが一番好きな食べ物なんじゃないかって思ったんだ」



 ふむ、と流星は顎に手を置いて考える。

「なるほどなぁ…。確かにそれはあるかもしれねぇけど、だったら見えるんじゃねぇか?」

「あ…っ」

 言われてみればそうかもしれない。



 真実にたどり着いたと自信満々だったのに、一気に崩れ落ちた。

「でも、面白いじゃない!

私もそんなこと全然思い付かなかった!」

 月見里が助け船を出す。



「どうせ流星も、万策尽きてたんでしょ?」

 思わず言葉に詰まる。

 だがそれも仕方なかった。

 インターネットで調べたり、本で調べるなど、自分が思い付くありとあらゆる手法は全てやり尽くしたのだから。



「やってみましょうよ。ダメで元々よ、ね?」

 月見里が、流星を後押しするが 流星はあまり乗り気ではないのか、ガシガシと頭を掻きながら、うーんと唸り声を上げている。



「やるのはいいけどよ、流行り物なんて作れるかどうかわかんねぇぞ?そもそも流行りなんて興味ねぇから、知らねぇし」

「まぁそうよねぇ。ずっと私の元で修行に明け暮れてたから、そんなものは全部遮断してたし」

「ばっ、馬鹿満月みづき!その話はすんじゃねぇ!」



 珍しく、慌てている。

 何か知られたら困ることでもあるのだろうか?

「そう、なのか?」

「そうよ。だって、流星は修行時代ずっと一緒に過ごしてたし、料理人になる為の基礎を教えたのは私だもの」



◇◆◇



 カラカラ、扉が開く音がして三人はそちらを見た。

 来客である。

「あ、あの…。なんでここに来たのか分かんねぇんだけど…」



 来客は、学生服を身に包んだ少年だった。

 高校生くらいだろうか。

 流星は、じっと彼を見つめると、ふ、とどこか懐かしそうに目を細めた。



 流星は席を立ちエプロンの紐を結び直した。

「日向、お冷や出してやってくれ」

「分かった」


 日向は皿を洗っていた手を止めて、コップを準備する。

少年は相変わらず呆けた顔をしている。

「まぁ好きな席に座れよ、すぐ作るから」



 一体何を作るんだろう?

 それよりも何故自分はここにいるんだろう?

 そもそもここはなんなのだろう?

 少年は全く訳も分からず、言われるがまま適当な席に座った。



 すると流星は、冷蔵庫から玉ねぎ、生姜、豚肉を取り出して料理を開始した。

 まずは生姜をおろし金ですり、ボールに砂糖と醤油でタレを作る。

 次に玉ねぎをみじん切りにして、さっと熱湯を通す。

 こうすると、生焼けになることもなく、調理時間も短縮されるのだ。



 豚肉に軽く塩コショウを振ると、脂身に切れ込みをいれる。

 カンカンに熱したフライパンに油を敷き、下ごしらえをした肉を丁寧に焼いていく。

 肉に火が通ったら、先程のタレと絡めて手早く肉に馴染ませると、その料理は完成する。



 十分くらい待つと、店内に甘辛く生姜のスパイシーな香りが漂う。

「お待ちどう様!」

 目の前に出されたのは、生姜焼き定食だった。

 少年は訳も分からず目をパチクリさせている。



「なんで、分かったんですか?俺、まだ何も言ってないのに、生姜焼きが食べたいって…!」

「見えてるんだ、この目で。

あんたが一番食いてぇ物が」

「え…?」



 少年は意味を図り兼ねていた。

(やっぱり、分かんねぇよな…)

 明日馬あすまが心の中で彼に同調する。

 だが、そんな疑問など空腹の前には構うものかと、合図もなくかっ食らった。



「おお、いい食いっぷりだなぁ!作った甲斐があるわ!」

 口一杯に生姜のピリ辛さと、ほんのり甘いタレが広がる。

 噛めば噛む程生姜の香りが、食欲を掻き立てて来る。

 だが不意に少年の箸が止まると、目を細めて語り始めた。



「俺さ、高校生になってから弁当になってさ。母さんにずっと作って貰ってたんだ。でも、母さんが倒れてから暫く作って貰えなくなって。んで、あっと言う間に卒業して就職してからは自分で作るようになったんだけど、なかなか母さんと同じ味にならなくてさ。やっぱり俺、母さんのしょうが焼きが一番好きだったんだなって、実感したわ」



 少年は不器用な笑顔を浮かべた。

 高校生くらいかと思ってたが、社会人だったようだ。

 彼はまた、休めていた箸を握り直した。



 それから少年はひたすら食べ続け、そのあまりの食べっぷりに見惚れていると、あっと言う間に皿は空になった。

「ごちそう残でした!めっちゃ美味かった!」



 少年は豪快に笑う。

 カッ!

 眩い光が空間に広がる。



「うわっ!なんだこれ!体から急に光が…っ!」

「お迎えだよ。」

「お迎え?」

「成仏するって意味だ」



「次、生まれ変わったら美味いもん、もっといっぱい食えよ」

「ああー…」

 すう、っとまた一筋の光が空に昇って行くのを見送った。



 全てが終わると、日向はどうせまた俺に洗えって言うんだろうと、言われる前に動いた。

 すると、その時月見里が口を開いた。



「懐かしいわね」

「そうだな」

「懐かしいってなにが?」

「あの料理、私が流星に最初に教えた料理なの」


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る