第1章
異変
日曜日。朝からもりのやは忙しい。
もりのやの近くには3つのダンジョンが存在する。それが大社前ダンジョンと笠原第2観光ダンジョン、そして笠原市に最初にできたダンジョンの笠原ファースト。
勿論それぞれのダンジョンの近くにも宿泊施設はあるが、いつも満員レベルで予約が難しい。
そして特に観光ダンジョンに訪れる探索者ではない観光客は突然のスタンピート被害に遭わないためにダンジョンの目の前の宿泊施設に泊まることを避けるよう国のダンジョン庁及びギルド委員会が警告している。
その為探索者も探索者ではない観光客もダンジョンの目の前ではないがアクセスがいいこのもりのやに泊まるお客様が毎日数組はいる。
その為、朝ごはんの準備やら早めのチェックアウト対応から始まりチェックアウト時間…とどの部門でも仕事が忙しい。
だが11月18日。この日だけは例外だった。
1番近い観光ダンジョンが定期調査及びダンジョン前派出所のメンテナンスの為1週間休みになっているのにあわせて17日のチェックアウトから19日のチェックインまで休みとなっている(土日が入ってしまうが宿泊客の比率としては7:3で観光客が多い為この日程となった。)。
なので中日の18日は大規模清掃等のメンテナンス作業以外の仕事がない。その為いつもよりは少し…否かなり遅い時間にロビーに従業員は集まっていた。そこには普段は学生として学業に励む傍ら若女将として旅館の手伝いをしている女将の孫娘あやめの姿もあった。
「ーーーさんは女湯の清掃を。」
女将が伝達をしている最中の事だった。
「ではーーー」
-『ダンジョンアップデート』ヲ 開始イタシマス-
「…えっ?」
突如館内に響いた無機質な声。この場に全従業員がいることは朝礼前の点呼でわかっていた。
そしてこの音声は旅館のスピーカーから流れる音声ではない。機械音声が入っていない程の簡単な設備しかないため誰も放送室にいない中タイマーで機械音声を流すということはできないのだ。
そして旅館のスピーカーからではない大きな理由。それは『ダンジョン化する際は必ずアナウンスが入る事が世界的常識として知られている』からだ。つまり全従業員がこの声の理由を知っている。ーー故にその現場に遭った際の対応方法も皆、知っている。
「皆さん、慌てず避難してください!ダンジョン化の範囲がどこまでかはわかりませんがもりのやの敷地を出れば確実に被害は免れる筈です!」
女将の声が響き、全従業員が外に出ようとする。ロビーは旅館出入口の目の前なのでダンジョン化する前に全従業員が避難できるとこの場の全員が思っていた。だが、
「大変です!ドアが開きません!」
「なんだと!?自動ドアは切っている筈だろ?」
ドアが開かない予想外の事態。自動ドアは営業していないため昨日から切っている。故にセンサーが反応しないという事は起こらない。
だが、男性従業員が両側から横に引っ張ってもびくともしない。普段なら男性どころか学生であるあやめが簡単に開けられる程の軽さの筈なのに。
明らかなる異常事態。その時1人の従業員が金属の脚が付いている椅子を持ってきた。
「皆退いてくれ!斯くなる上は壊すしかないだろうから!」
そう言い椅子を振りかぶったがーー
「はっ!?」
「罅すらも入って…いない?」
ダンジョンのスタンピート対策である程度はドアのガラスの強度は世界的に上がっている。だがそれでも小さな罅の1つや2つは入るはずだ。椅子を振りかぶった彼もそれを前提にドアガラスを割るつもりだった。
だが罅は入らない上、今は半透明なベールがドアを隠すかのように広がっている。
これがもしダンジョン化による影響であるならばドアは不壊となったのだろう。
「皆さん、落ち着いてください!出られないのであれば近くの人と手を繋いで!少しでもばらつきを抑え救助してもらえる確率を上げてください!」
女将の声が再度響く。
ダンジョン化に巻き込まれ完全にダンジョンと化す前に逃げられなかった人間はもともといたフロアに関係なく完成したダンジョンのどこかにランダムで転移される。今のように出入口手前にいたのに最終層のボス部屋に転移なんてこともある。
だが、手を繋ぐなどという身体接触があると転移先は一緒になる。その為もしもの時は救助の探索者等から見つけやすいように、そして少ないコストで全員救助できるように近くの人と手を繋ぐ事を推奨(という名の努力義務)されている。
例に漏れずここにいる全従業員を手を繋ぐ。
そしてーーーー
-『ダンジョンアップデート』 ガ 完了シマシタ-
全員離れることなくダンジョン化が終わり、もりのやがダンジョンになった。
ようこそ!ダンジョン旅館【もりのや】へ! 遠上 利斗 @low121523
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