第9話
頭に柔らかいものを叩きつけられている感触でミラベルは目を覚ました。
「いひひ」
口が裂けそうなほど気持ち悪く笑う黒ネコが目に入ってミラベルはまたうんざりした。黒ネコがしっぽでポンポンとミラベルの額を叩いていたようだ。
「死んでないのね」
「失礼だにゃ」
「私の話よ。何が起きたわけ?」
「ふてぶてしい人間だにゃ。俺ちゃんに名前つけたから契約完了したんだよん」
「その腹立つ喋り方なんとかならない?」
「暴力はんたーい!」
しっぽを掴もうとするとスルリと逃げられた。
「悪魔と契約ってなんなのよ」
「そのまんま~。俺ちゃんと契約したから、俺ちゃんはあんたのもので、あんたは俺ちゃんのもの」
「あなたって説明能力がないって言われない?」
「ひどっ!」
「契約したならまず呪い解いてよ。キスしないと体が痛くて熱いままのやつ」
「無理」
「は?」
「契約と呪いは別物。だから無理にゃんって暴力はんたーい!」
「あんたそれでも悪魔なわけ!? 悪魔のプライドとかないの!?」
「最後まで話をっ」
起き上がって黒ネコを掴んで揺さぶっていると、ノックの音がした。思わず黒ネコと目を合わせる。
「ねぇ、この状況って昨晩もあったわよね?」
「にゃん。ほやほやにゃ」
仕方がなく、本当に仕方がなく黒ネコを解放して返事をすると入ってきたのは昨晩と同じでギルバートだった。
「倒れたと聞いたが、話し声がしたから……大丈夫なのか?」
なんでこの人って一番邪魔してほしくないタイミングで入ってくるのかしら。嫌がらせ?
「もう少し寝ていれば平気です」
「しかし……」
「仕事はこなせますので大丈夫ですよ」
ギルバートに心配そうな表情をされると腹が立つ。初日から使用人たちにあんな態度をとられたのだ。ギルバートの責任は重い。
それにいつも興味ない風にすれ違って仕事と社交の時だけ関わる生活をしているのに、体調が悪い時だけ構われても困る。
書類上の夫ではあるが、この人は現れた瞬間ミラベルを惨めにさせる天才だ。
ミラベルが布団にもぐると、しばらくしてギルバートは出て行った。
「あれがフロレス侯爵~」
「そうよ」
「なかなかのイケメン!」
「悪魔にも人間の美醜感覚ってあるのね」
「悪魔は美醜にうるさいにゃん。天使よりずっと目がいいしうるさいにゃん」
「あぁ、そうなの」
「あんたも残念だにゃ。今さっきあいつの頭の中見た。ピンク髪に青い目の女のことばっかりずっと考えてる。おみゃー不憫。ほんと不憫。あんなにイケメンが夫なのにあいつは他の女のこと考えてる」
ピンク髪に青い目の女とは……簡単だ、第二王子妃である。
「うるさいわね。そんなことできるのにどうして呪いは解けないのよ」
「解けないけど解き方は契約したし分かったにゃ。契約して俺ちゃんちょびっと強くなった。髪の毛とか寿命とかくれたらもっと強くなる」
「じゃあ、解いてよ」
「無理~。だってあんたが運命の人とキスしなきゃ解けないよん」
ミラベルはやっと黒ネコを見た。今度は気の毒そうに笑っている。
「悪魔のくせになんていうロマンチックな呪いかけてくれてるのよ」
「悪魔はロマンチックだにゃ。世界で最もロマンチックな呪いをかけたにゃ」
胸を張る黒ネコの胸倉をつかんだのは言うまでもない。
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