第7話

 ハッとして口をつぐむ。なぜか黒ネコもバツが悪そうに黙ってミラベルを見た。


「どうするにゃあ」

「騒ぎすぎたみたい」

「俺ちゃん。今動けない」

「大丈夫でしょ、どこからどう見てもネコなんだから。さっきみたいに羽出さないでよ。誤魔化すから」

「出したくても出せない。体力ない」

「はいはい」


 後ろ足を掴んだまま扉を開けると完全に動物虐待にしか見えないので、仕方なく胸に抱いて扉を開ける。


「誰かと喋っているような声がしたが」


 てっきり家令か使用人かと思っていたら、立っていたのはまさかのギルバートだった。


「カラスがネコを咥えてバルコニーに来たので。驚いて大声を出してしまいました」


 腕の中にいる黒ネコ(自称悪魔)を見せると、ギルバートは納得した表情になる。


「そうか」

「怪我はないようですし、明日の朝になったら体を洗ったり餌を与えたりします」

「飼うのか?」

「いけませんか? あぁ、世話は自分でします」

「いや、問題ない」

「良かったです。それではおやすみなさい」


 ギルバートの足音が遠ざかるまで息を詰め、静かになったのではぁと息を吐いた。


「夫婦って同じ寝室で寝るんじゃないのか?」

「あなたって人間のこと分からないんじゃなかったの」

「そのくらいは知ってる」

「そう。うちは別よ。近い部屋ではあるけど別部屋。用があるなら来る感じよ。眠る時くらいゆっくり寝たいもの。寝言で他の女性の名前聞きたくないし」

「うへぇ」


 黒ネコを抱いたままベッドに腰掛ける。


「でもこの時間に夫人の部屋に来たってことはチョメチョメしにきたんじゃない?」

「チョメチョメって……ほんとに悪魔なの? ありえないでしょ、それは。うるさいって言いに来たのよ」


 黒ネコは金色の目をミラベルに呆れたように向けた。その馬鹿にしたような視線にミラベルはむっとする。


「で、呪いの解き方教えなさいよ」

「無理無理~」


 するっと腕から抜け出した黒ネコはバルコニーに向かおうとする。


「ちょっと! どこに行くのよ!」

「俺ちゃん、自由な悪魔だから逃げる。依頼は終わったんだしぃ」


 捕まえようとミラベルが走り出そうとしたところで、黒ネコの体はまるで磁石にでも引っ付くようにミラベルのところまで吹き飛んできた。


「え?」

「はにゃ?」


 体勢を崩し、ミラベルの体にくっついている黒ネコ。


「まさか」

「何?」

「あんた、さっきのファーストキスだったかにゃ」


 ミラベルは一気に顔に熱が集まるのが分かった。思わず枕を掴んで黒ネコに叩きつける。


「にゃ! 暴力反対!」

「うるさいわね! 頬や額にくらいはあるわよ」

「ファーストキスといえば普通唇と唇」

「悪魔に普通とか言われたくない!」


 黒ネコはもう一度ミラベルから離れようとするが、先ほどと同じようにある程度距離を取るとミラベルにギュインっと引き寄せられた。


「うへぇ」

「何よ」

「第一契約が終わってる」

「意味が分かるように説明してくれる?」

「にゃああ……乙女のファーストキスを悪魔に捧げる契約があるにゃ。それは第一段階の契約だにゃ」

「さっきのはノーカウントで、そもそもあなたの呪いのせいでしょ。捧げてないから」

「呪いは依頼だしぃ。はぁぁぁ、困ったにゃ。てゆーか、あんた何で結婚してるのにキスもしていないし乙女なんだにゃ」

「ほんと悪魔のくせにうるさいわね」


 ギャアギャア言い争いをしながら話を聞き出すと、第一契約とやらは本当に済んでしまっているらしくそのせいで一定距離より離れることができないようだ。乙女のファーストキスはかなり上位の供物らしい、意味が分からない。


「私は困らないけど。というか、私と契約したなら呪いくらい解きなさいよ」

「それとこれは別」

「ふざけてんの?」

「ふざけてない。それに第二契約もあるしぃ」

「悪魔と契約なんてするわけないでしょ。解除できないの?」

「できない」

「なんて不便なの」


 黒ネコはブツブツ言いながら離れて、またミラベルのところに強制的に戻されるのを繰り返した。


「もういいわ。とりあえず寝るわよ」

「あんた、この状況で寝るにゃ」

「だって眠いし、仕方ないじゃない。明日の朝起きたら呪い解けてることも、契約が綺麗になくなってることもないんでしょ」

「それはにゃい」

「じゃあ考えても仕方ないわよ。契約して呪い解いてくれっていうのもできないんだから。離れられないだけでしょ」

「そうじゃなくってぇ」

「離れられないならちょうどいいわよ。呪いがうずきだしたらあなたにキスすればいいんだし。そうしたらアバズレじゃなくて黒ネコにキスする女にしか見えないんだからいいわよね」


 いろいろありすぎてウンザリしたミラベルはベッドに潜り込んだ。


「いや、第二契約までしないと俺ちゃんとあんた、死ぬぞ?」

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