第6話

 体が熱い。痛いくらいに熱い。今すぐベッドに横になりたい。

 でもミラベルの怒りがはるかに上回った。


 グデンと地面に寝そべっている黒ネコに近付くと首根っこをつかむ。


「ニャア!? なんでそんな早く動ける?」

「ニャアじゃないわよ。キスしなきゃ治らない呪いですって? ふざけてるの?」

「俺ちゃん、ふざけてない。男と致さないと衝動が治まらない呪いにしろって言われたけど、そんなんあんだけの供物じゃ無理だしぃ~。だから誰とでもいいからキスしないとだめにゃ呪いにした」


 ミラベルに首根っこをつかまれてプランプランしながら、黒ネコは偉そうに話す。


「誰にそんなこと依頼されたのよ」

「それは言えない~。俺ちゃん、悪魔だし。そういう契約だから」

「私に恨みでもあるわけ?」

「俺ちゃん、侯爵夫人とは初対面。だから侯爵夫人かって確認しただろ?」

「そんなの分かってるわよっ。私、あんたに依頼した人からそんな恨み買うようなことしたわけ?」


 体が熱すぎる。聞いたことしかないが媚薬を盛られたらこんな感じの症状なんじゃないだろうか。


「俺ちゃん、悪魔だから人間のことわかんない。ただ、まぁ。あんたの旦那はモテるからさ」

「だから何なのよっ。うっ」


 頭まで痛くなってきた。


「お、効いてきたぁ? そろそろ呪いの烙印も安定してきてるはず。頭の中おかしくなってるぅ? キスしたいって衝動が抑えきれなくなるんだよん」

「はぁ……はぁ。異性とキスするわけ?」

「俺ちゃんそんな難しい指定できない、めんどくさいし。だから誰とでもキスすればいいにゃん」

「たまにネコ化した喋り方するのやめてくれる……?」


 ミラベルは体の熱さと頭の中で響く衝動を振り払うために黒ネコに話しかけるが、はっとした。


「ねぇ、誰とでもキスすればいいわけ?」

「いいにゃん~。あんた誰彼構わずキスしてアバズレって言われたら面白いにゃん」

「じゃあ、あなたでもいいわけよね」

「そうだにゃ~って、は?」


 片手で掴んでいた黒ネコを両手でつかみなおして顔を近付ける。


「ふみゃあああ! やめるにゃ! 俺ちゃん、人間とキスする趣味ない!」

「うるさいわね。誰とでもキスするアバズレになるなら悪魔とでもキスしてやるわよ。てゆーかあんた、今ネコだし」

「みゃー! やめるにゃ! にゃにゃにゃ!」

「今更ネコのフリしないでくれる?」

「むぎゃー! 俺ちゃんファーストキスなのにぃ! ふむっ!」


 ミラベルの頭の中はわずかな理性と、誰とでもいいからキスしたいという衝動でいっぱいだった。これがパーティー会場やお茶会の場だったらまずかっただろう。でも、ここは自室だ。目の前にはちょうどいい自称悪魔。


 暴れる黒ネコ(自称悪魔)を力づくで固定して無理矢理キスする。何秒のキスでいいかなんて分からないので、しばらくそのままでいると体の熱さがすぅっと消えた。


「あう~……」


 黒ネコを固定していた力を緩めると、身をよじってミラベルの手から逃れたが床でパタンと倒れた。


「ほんとだ、熱が引いたわ」

「はぁ、俺ちゃんファーストキスだったのに」

「うるさいわよ。私だって好きでキスしたわけじゃないんだから。ノーカウントよ」

「はみゃあ……でも烙印は消えたわけじゃないから。呪いを解かない限り烙印は消えずにずっと衝動に悩まされる」


 ミラベルが肩を見ると「666」の形をした烙印が鈍く赤く光り、やがて光は消えた。


「どうやって呪い解くのよ」

「知らない~。俺ちゃん、呪いはかけるけど解けないから」


 ミラベルは黒ネコの後ろ脚を掴んで宙づりにする。ジタバタ暴れるが、呪いをかけて体力を消耗しているようですぐに抵抗を辞めてダラリと脱力した。


「暴力はんたーい!」

「人を呪ったくせにうるさいわね。いいから呪いの解き方教えなさいよ」

「知らないって!」

「あんたね、いい加減にしなさいよ。こっちだってウンザリなのよ。夫は初恋の女性ひきずりまくってるし、使用人には嫌がらせされるし、他の貴族にはヒソヒソされて挙句の果てに誰彼構わずキスしてアバズレになる呪いですって?」

「俺ちゃん、依頼されただけだから」


 プランプランしながら黒ネコは金色の目をミラベルに向けた。


「にゃんか、あんた苦労してんな」

「悪魔に言われたくないわ!」


 黒ネコとギャーギャー言い争いをしていると扉がノックされた。

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