二十七・五章 アニータとセシリア

「さぁ~聞かせて貰おうかしら? あんたが男連れなんて天地がひっくり返っても無いと思っていたのだけど?」


「……うっ。わ、私だって、たまに男性と一緒に行動することだってありますよ!? その、あの、そう! 彼は記憶喪失なのです。その原因を作ってしまったのが私であってですね。だから、行動を共にしているのです」

ふ~ん? 記憶喪失ね。あの男そんなようには見えなかったんだけど。世間知らずのお嬢様であるこの子は男性に対する警戒心が薄いのよね。以前も勘違いした男がいたから私が裏で捻っておいたのだけど……


久しぶりに帰って来たと思ったら変な男がついてるじゃない。

しかも、記憶喪失だって? 怪しいことこの上ない。頭をぶつけたのは嘘ではないと思うのだけど、この子の良心を利用し、隙を見せたところで手を出すに違いないわね。


――男なんてみんな一緒、欲の塊なんだから。


「ま~ね。あんたもいい年ごろの女だし? 男の一人や二人居てもおかしくはないわね。ただ、あの男は辞めておきなさい。だいたい、あんたおかしいと思わないの? 頭ぶつけたぐらいで普通記憶を失う? ならないわよね? どうみてもあんたの良心につけこんで手を出すに違いないわ」


「そ、そうですよ! わ、私だって一人の女性です。男性と付き合うのだって……あると思います。 ――アニータ! いくら貴方といえど今の言動は許しませんよ! 彼は、フランツさんは、本当にこの世界のことをほとんど覚えていないのです。た、たしかに、ちょっとだけ、女性を見る目が如何わしい時はありますが、今日まで一緒に居ましたが、そういったことは一度も……ありませんでした。……くやしいですけど」

この子がここまで感情を露わにするのは珍しい。綺麗な青の瞳はいつものおっとりとしたものではなく、怒りに染まっているのが伺える。けれど、何かを想像したのか最後の方は顔が蒸気し、声が小さくてうまく聞きとれなかった。


「悪かったわ。たしかに乱れた様子はないし、手は出されていないのでしょう。けれど、あれも男なの。あんたみたいな世間知らずのお人好しのお嬢様なんていつ、喰われちまうかわからないのよ。当面は私も同行するわね。幸いエミリアもいるみたいだし、あの子にも協力してもらいましょう。見極めが必要なの」


「だ、だから、そういった行為はありませんってば! ……むぅ。これでも各地を旅して教養を養ってきましたし、人との縁もしっかりと結んできましたよ。——そうですね。アニータには近くでフランツさんを見て頂くのがいいでしょう。根はとても真面目で優しい人ですから。幸いと言うのであれば、あの男性が苦手なエミリアも彼に心を許し始めていますよ」

……??? あの男性嫌いのちびっこエルフが男に心を許し始めているって何の冗談なのかしら? 嘘もたいがいにして欲しいわね。


「わかってるわ。もう1年とちょっとね。この王都から旅に出た時とは顔が違うわ。私が想像できないぐらいの沢山の出会いと経験をしてきたのでしょうね。セシリア、お帰りなさい。でも、男嫌いで有名なエミリアが懐き始めてるなんて嘘は駄目よ? 」


「はい! 辛くて悲しいことも沢山ありましたが、それと同じぐらい。いえ、それ以上に楽しく、幸せな時間もいっぱいありました。この一年とちょっとの旅はけして無駄ではなかったと、私は思います。もう、本当のことなのに……ちょっとだけ、騒動がありましたけどね」

ほんと成長したわね。けれど、あの男への警戒は崩すことはないわ。


――そうね。私があの男を虜にしてしまえばいいのか。ふふっ、楽しくなってきたわね。


「よし、この話はこれで終り。さて、これまでの旅の話を聞かせてちょうだい。何処でなにがあったのか、悩んだこともあったでしょう? お姉さんが聞いてあげるわ。——それと、彼を試させて貰うわね? ふふっ、私の色気に勝てるかしらね~」


「そうですね。あの話もしたいですし、気になる事件があったんです。……? ……えっ? アニータ!? ちっ、ちょっと、何をする気ですか! 色気ってちょっとぉ!? 」

からかい甲斐のある子。泣きじゃくるその顔は歳相応なのだけど、この子にはこれから先避けて通れない運命があるから今を楽しんで欲しい。さて、フランツ君も戻ってきたわね。

どう攻めていこうかしらね。とても楽しみだわ。

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