十一章 ウルフ討伐とやっと気づく

町を出て数時間、俺たちの目の前には灰暗い森の入り口があった。

迷いの草原だったか? あそことは大違いで、陽は高いのに森だけは真夜中のトンネルの中にいるような感覚で先が全く見えない。


「セシリアさん、ここなの? なんかやばそうじゃない?」


「だから、危険な場所と言ったはずです。フランツさん、わかってらっしゃらないようですね」


セシリアさんの視線が痛い。お店のおばさんに乗せられてここまで来てしまった俺も悪いんだけどさ。なんだか肌がピリピリするというか、震えているんだが、これが武者震いってものだろうか? ――なわけない。これから起こるあでろう、戦闘を思うと俺の喉はカラカラに枯れて息がしづらい。


森の中を一歩、また一歩と進んでいく。――静寂。


動物の鳴き声すらしないじゃない、それとだな。この森、蒸し暑くじめじめした中に植物特有の臭いとかが混ざって不快感が強い。

なんだろう生ごみが腐った時みたいな感じといえばわかるだろうか。


「うぅ。すごい臭い。もうお家に帰りたい……」


「……近いですね。フランツさん先ほど話した通り一人で行動しないようにお願いします」

気分がすこぶる悪くなった頃、セシリアさんが奴らの気配を感じ取ったようだ。

辺りを見渡す限りウルフの影も形も見えない。いや、駆けるような音がこっちに迫ってきている気がする。


「すぅ~。はぁ~。ごほごっほ。よ、よしっ、何でも来い!」


「まだ距離はあります。大木を背に迎え撃ちます」

俺たちは愛用の武器をそれぞれ握りしめ戦闘に備える。

かっこよく決めたのに奴らが姿をなかなか出さずに時間が長く感じる。心臓がはち切れんばかりに早鐘を打ち、暑くもないのに額から汗がジワリとにじみ出る。

まだか、まだかと心の中で苛立ちに似た感情が湧き始めたころ、奴らが森の隅から姿を現す。


「ハッハッ……グルルゥ……」

毛は不健康そうでボロボロな銀色、瞳は血のような赤、口からは唾液を垂らし、黄ばんだ鋭い犬歯が鈍く光っている。 

これがウルフ! 現実世界のスラム街とにいそうな感じだな。まぁ、行ったことないんだけどさ。心の準備が出来ていた分、意外と冷静に対峙できたようだ。

集団で獲物を狙う習性があるって聞いたけど、数は4匹。俺たちは大木を背に迎撃態勢に入る。


「来ます! フランツさんはカバーに専念してください」


「お、おう! セシリアさんの死角からくる奴を警戒する」

先ずは様子見と言わんばかりに、一番小さい個体がこちらへ走る勢いのまま飛び掛かかる。セシリアさんは華麗に横回転したのち、縦の一閃にて胴体を両断する。

周囲に血飛沫が飛びに散り、切断された個所から見える臓器、大量の血でグロいってもんじゃない。口を抑え吐きそうになるのをなんとか我慢する。

これは当分、肉は食えそうにないな……


「ワオ~ン!」

リーダーだろうか? 一匹のウルフが咆哮する。すると3匹のウルフは俺たちを囲うように動きだし瞬く間に包囲が完成する。

姿勢を低く、じわりじわりと距離を詰めていくる。その赤の眼光は彼女を強敵と見定めており、俺は完全に蚊帳の外である。

さっきからやけに胸騒ぎがするというか、嫌な予感がするんだよな。


「フランツさん、同時に仕掛けてくると思われます。2体は私が相手しますので、残りお願いします!」


「は、はい! 頑張ります!」

彼女はブロンドのロングヘアーを靡かせ駆け始める。それと同時、詠唱をしていたようで、盾を持つ左手から火の矢が放たれ、正面の一匹に突き刺さり炎上、一瞬で消し炭にする。

残る一匹は火に怯えた一瞬の隙をつかれ、一匹目同様に胴を切断され絶命する。

ここまで約一分ほど、あっという間に2匹を仕留めたのである。


っと、呆けている場合ではない。最後の一匹が狙いを変え迫ってくる。

俺はロングソードを両手でしっかりと握り、ウルフの眼前に振り落とす。

重力の乗った大柄な大剣は無慈悲に蛙を潰すようにそれを潰し切った。

目の前にはスプラッターな映像が広がっていて直視したくない。


「うぐっ。まさか、こうも簡単に潰れるとは思わなかったぜ」


「フランツさん、思っていたより強かったんですね?」

『思っていたより』という言葉ナイフがグサッと俺の胸を刺す。


「流石の俺でもこれぐらいはやれるさ。こうみえてVRゲームでは強者だったんだよ。そら容姿は頼りないかもしれないけどさ」


「そうですね。大変失礼いたしました。ところで、ぶいあーるげーむ? っとは何ですか? 初めて聞く言葉です。何かの術かスキルでしょうか?」


「えっ!? VRゲームを知らないってどういうこと? セシリアさんも今ゲームにログインしてるだろ? ……まって」

意外な質問に俺は目を見開き驚愕する。VRゲームを知らない? あれ? これゲームの世界だよな? 


「げーむ? ろぐいん? なんのことだかさっぱりわかりませんが……記憶が戻って来たんですか? ですが、そのような言葉は初耳です。詳しく教えて頂けませんか?」

なんか俺は凄い勘違いをしている気がする。まさかとは思うが、ゲームの世界じゃなくてこれは現実? ってことはだな? これ死んだらもしかして。


「セシリアさん、質問中にすみません。あの~もしかしてですが、例えばです。俺が今ここで死んだら生き返れませんよね?」


「……!? 当たり前ではないですか!? フランツさん、いくら記憶を失っているからといって言って良いこと悪いことがありますよ!」

彼女の顔が一変し鬼気迫るものになり、すごく怒られた。青の瞳は真っすぐと俺を見据えていてるが何処となく悲しそうに見えた。


「ご、ごめん。俺の聞き方が悪かった。本当にごめんなさい。」


「まったく、困った人ですね。それが……いい」

彼女は一度、深い溜息をつき許してくれる。

最後の言葉が小さくて聞きとれなかったが、悪い意味ではなさそうだし気にしないでおこう。っでだ。


――これって噂の転生ってやつじゃないか? ゲームに似た世界に転生したってことだよな。となると今は彼女にお世話になりつつ、この世界を知るとしようか。

まてよ? ってことは、うん。この子はアバターとかじゃなくて生身の人間ってことじゃないか! この先がすごく楽しみになってきた! なわけない。不安の方がでかいんだが!

俺はこの日、やっと転生したことに気づいたのであった。

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