九章 ピザと痴話喧嘩

「またせたね~。当店自慢の魚介のピッツァだよ。獲れたて鮮度抜群の魚介を使っているから美味しいのよ」

おばさんは満面の笑顔で俺たちが座るテーブルの中央にピザを運んでくる。


この世界にもピザがあるんだな。デリバリーのチーズたっぷり、色鮮やかな具材が山のように乗っているピザとは違いこの店のピッツアはとてもシンプルだ。

この町の海で獲れる魚、貝、エビのような何かが薄めの生地の中央から外へと盛られていて、とろけたチーズが具材の邪魔しないように控えめに、けれどしっかりと鼻に残るチーズの焼け焦げた匂いと魚介の塩味がマッチして俺のお腹を直撃する。


眼前に置かれたピザを「ごくり」っと唾を飲み込み凝視していると、セシリアさんはおばさんから丸いカッターを受け取り慣れた手つきで生地へと進ませていく。一切の迷いもなく一枚、一枚、丁寧に切り分けていく。


「はい。これはフランツさんの分ですよ。熱いうちに召しあがってくださいね」


「あ、ありがとう。セシリアさん手馴れてるね。ここの常連って言っていたのは嘘ではなかったんだね」

一瞬、何か言いたげに片眉を上げたセシリアさんであったが、ごほんっと咳ばらいをし皿に盛られたピザを引っ込められる。


「自慢ではありませんが生まれてこの数十年、私は嘘を言った事が一度もありません。信用されていないようなので、このピッツァは没収します!」

彼女は感情が見えない表情で抗議をしたあと口にピザを運んでいく。

しかたがないので俺は切り取られたピザを一枚、手に取り先端を口へと運んでいく。


「……美味しい。塩味が丁度いいな。たまにはシンプルなピザもいいものだね。」


「……もぐもぐ」

それとなく話を振ってみるが無言でピザを食べていて完全に無視である。

これはどうしたのものか。機嫌が悪いのか単に食事に集中したいのか。まぁ、最後はないか。これ俺が悪いんだろうな。


「……もぐもぐ」


「……もぐもぎゅ」

租借音だけがテーブルを支配している。一言も発せられない空間に息苦しすら感じ始めた頃、静寂が破られる。


「なんだいお二人さん、せっかくの美味しい食事が台無しじゃないかい? さっきまで仲良くしてたのに、ちょっと見ないうちに別れそうなカップルみたいな雰囲気じゃないか」


「――ぶぅふうぅっ!? 」


「おばさん!? だっ、だから、そういった関係じゃないんですってば! もう、フランツさん! 食べ物を口から噴き出してお行儀が悪いですよ!」

思わず食べていた物を噴き出してしまったが、おばさんのおかげでこの事態を打開出来そうだ。ここは素直に謝っておくのがいいだろう。


「……その、ごめんなさい。俺が悪かったです。」


「……ちゃんと反省しました?」

真剣な青の瞳でじっと見つめられる。俺はそれに無言で頷く。


「うんうん。仲直りは出来たようだね。良かったよかった。」

そう言っておばさんは場の空気を読み立ち去っていく。


「まったく、おばさんったら困ったものですね」


「ははっ、俺としてはそう見られていたことは嬉しかったんだけどね」


「……そうですね。私と同等かそれ以上の力を持った男性ではないと付き合わない。と決めているので、フランツさんはまず腕を上げてくださいね?」


「しっ、精進します……」

セシリアさんを超えるとか。まず無理だろう。だってさ? このゲームの歴が長そうじゃん? そもそも中身が男か女かわからないのに喜んでる俺ってなんだ!?


「はい。冗談はこのぐらいで、この先を話し合いましょうか」


「……はい。お願いします」

背筋をピンっと真っすぐに伸ばし話に聞きいろうと身構えていたのだが、何やら外が騒がしい。


「何かあったようですね。外を見てきますので、フランツさんは待っていてくださいね。」

そう言って彼女はドアの方へと向かっていったのであった。

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