六章 記憶喪失ってことで

夢心地から現実へと戻らされ彼女と共に道を進む。

さっきまであのふとももの上で横になっていたかと思うと自然と顔が緩んでしまう。


「フランツさん? 如何わしい顔つきになっていますよ?」

無防備にも彼女は俺の顔を覗きこんでくる。


――少しは警戒した方が良いのではないだろうか? かなりの美人であるし、騙されていたとしても知らずつについて行きそうで心配である。

まぁ、リアルでもゲーム世界でもぼっちな俺が言うのもなんだが、人を信用しすぎではないだろうか。俺の場合はリアルで色々あったからなんだけどさ。


「あぁ、ちょっとだけ気になったんだけどさ、セシリアさんは初対面の俺にそんなに優しくしてくれるんだ?」

頭の隅から煩悩を捨て去り、意地悪に彼女に質問に質問で返してみた。

—―のだが返って来た返事に俺は困惑することに。


「困っている人が居たら助けるのが当然ですよ。何を当たり前のことを言っていっているんですか! その、あの、ですね? 先ほどの介抱は成り行きですよ?」 

開口一番、彼女は真面目に返答をくれた。が、そのあと何かを思い出したかのように頬を朱に染め、後ろ手にゆらゆらと華奢な身体と金髪を揺らし、横目で俺を見据える。


――なんだ、このイベントフラグ的な展開は!? 先ほどは美人さんといったけれど、あどけなさのある仕草や体躯のおかげもあって可憐である。

ふと、太ももの感触が後頭部に残っているような気がしてまたも至福の時に陥りかける。


「あっ、はい。」 

で、リアルの対人関係での経験が少ない残念な俺は突発的なイベントに対応しきれず、ただただ無難な返事をすることしかできなかった。

何やら気まずい雰囲気が続く、こういったことには慣れていないんだよな。

だいたい、中身がおじさんかもしれないPCキャラに萌えるとか俺は馬鹿か!?

そんな頭の中で悶絶していると彼女が動いた。


「ところでフランツさん、ご出身はどこでしょう? 見慣れない服装に見た事のない武器と気になります」

『この辺りでは見かけない格好なのです』そう言って彼女は俺の素性を探ってくる。


……しまった。何と答えれば怪しまれないだろうか? そもそもこのゲームが何のゲームかもわからないんだよな。 

にしても、この子すごいロールプレイっぷりだな。逆に感心してしまう。


ここは記憶喪失ってことにしておけば乗り切れそうな気がするな? 

彼女と頭をぶつけたことにより、俺は記憶を失った。ってことにしようではないか!


「あぁ、そのことなんだけど。どうやらセシリアさんと頭をぶつけた反動で記憶がおぼろげなんだ。どうも記憶喪失? ってやつらしい。だから名前ぐらいしか覚えてないんだ」

わざとらしく額に手を当て彼女とぶつかった部分を摩りつつ嘘をつく。

 

――そこで異変に気付く。


「……えっ!? ぅ、うそ、あの時の私とぶつかったせいでフランツさんの記憶が……私どうしたら、あぁ、どうしよう」

彼女は蒼い瞳を見開き両手を口の前に当て、目からは涙が溢れてきているではないですか!?

真面目な子だったよな。うん。俺が悪いなこれは。それとなくフォローしなければならない。


「いあ、あのね? セシリアさん? 記憶喪失は時間がたてば思い出すかもしれないし、俺を知っている人に会えば記憶を取り戻す手掛かりになるかもしれないから悲観しなくていんだよ? だから、泣かないでくれ……その、ごめん」

実際は記憶喪失ではないし、知っている人もいないだろうから記憶が戻ることはないだろうけれど、ちょっと意地悪が過ぎたかもしれない。


「……すぅ~はぁ~、すぅ~。……わかりました。私、フランツさんの記憶が戻るまで行動を共にします! うん。泣いている場合はでないですね。色々と欠如しているようですし徐々に思い出していきましょう」

彼女は数度、深呼吸をしたのち責任を取って俺に同行することを宣言をする。

その青い瞳は先ほどのような悲観的なものではなく決意に満ちたものであった。


どうしうよう……俺、PT戦とかしたことないんだけど!? 

しかも、女の子(仮)である。嬉しいような悲しいような。


この日、俺は記憶喪失となり決意に満ちたセシリアさんを断る事も出来ず、共に冒険することが決まったのである。

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