第4話 底見えぬ義兄の提案

 貴族の女子って案外忙しいんだなぁ……、と、前世大学生の自分が何となくそう思った。


 義務教育を思わせる普通の授業に、貴族子女としての嗜みと言える刺繍、詩、マナーレッスンetc.

 これでもまだ女性は「結婚してこそ」みたいな世界観なんだから、家を継ぐ予定の貴族男子はもっと忙しく、そして厳しい教育を受けているのだろう。


 幸い、年齢のこともあってか授業は特に難しくない。大体小学生レベルのそれである。言葉だって、そもそもこの身体自身がこの国に生まれたものであるが故、「異世界言語ワカラナイ」とはならなかった。今私が書いているこれは一体何語なの? という疑問は出たが。正解はルルリエ語です。何故ならルルリエ王国だから。


「お嬢様は大変優秀ですね。飲み込みも早い。きっと、将来は才女として名を馳せることでしょう」

「……はは……、ありがとうございます……」


 小学生レベルのことやって優秀言われても。

 と、脳内大学生の自分がツッコミを入れるものの、ハタから見れば自分は11歳なのだからその感想も致し方なしだろう。


 でもこの先どうなるかは分からんな。中学はまだしも高校レベルの数学とか出てきたら果たして解けるだろうか。

 元大学生のくせに分からんのかってなるかもしれないけど、大学は完全に趣味の所を選んだしそういう知識は全部受験合格時に置いてきたからしょうがないんだ。許して。


 ちなみに、今は歴史の授業中である。

 文系だったし、この世界のことを知るのは重要だから真面目に取り組んでいるが、聞けば聞くほどやっていた乙女ゲームの世界観だ。面白いくらいに合致するので、きっともう私があの世界に入り込んだことは、純然たる事実なのだろう。


(それにしても……、会えるまで長いなぁ)


 ぼんやりと考える。

 現在の私は11歳。王立学園に入れるのは15歳からなので、単純計算であと4年は経たないとアイラちゃんには会うことが叶わない。


(アイラは平民だから、王都の下町に出ればうっかり会えるかもしれないけど……)


 それにはまず頻繁に下町に出ては平民の家を覗きまくって聞き込みもしまくって情報を集め。

 うん、それただのストーカーだな。

 会ったこともない貴族の女に情報調べまくられていざ会ったらハァハァしながら「好きですお友達になってください」とか迫られたらさすがのヒロインもドン引きだよ。ていうかそんな可哀想なこと出来るわけないだろ推しに!!


 そもそも何で私が主人公推しなのかと言われると、まぁ真面目に語った日には5時間ぐらいは必要そうなので簡単に言うが、まず「外見が好き」だからである。

 乙女ゲームのヒロインに相応しい、ピンクブロンドの色をした胸の上くらいまである長さのふわふわ髪。睫毛も自前でガッツリ上がってる、ぱっちりしたピンクの瞳。

 まるで砂糖菓子みたいな女の子である。ネットで初めて見た時からドストライクの外見だった。


 そして何よりも性格! 性格がいいんですこの子!!

 単純にめっちゃ良い子だっていうのもあるんだけど、外見に似合わずハッキリした事も時には言えるし、いざとなれば自分でピンチを出来る限り解決しようと試みるその心意気が素晴らしい。思わず拍手を送りたくなるレベル。おめでとう、君が最強だ。

 あと平民で王立学園に入学するってことは、頭も良いってことだからね! 努力家で頭もいいとかいう最高の女!!


 もうこんなん推しになるしか無いやんけ。


(あとはそう、攻略対象達との話もホントみんな良いんだ~……)


 まぁそれは追々話していくが。

 とにかく、アイラちゃんが“光”として彼らを照らしてくれるからこそ、彼らはそれに救われ、前に進むことが出来るのである。


 そんな素晴らしき推しに会えることは、嬉しすぎて最早身体中震えるぐらいだが。


 未だに原理がよく分からない。

 何故、現代日本に居た私が創作物と言えるものの中に入って、その登場人物として生まれ変わったのか。

 もしかしたら、今の私も画面上の存在で。上からリアルタイムで誰かに見られているのかもしれないと、そんな不可思議なことを考える。


 …………この世界が夢か現か。自分がきっちり決めて実感できる日は、果たして来るのだろうか。



 *



「やぁ、ウィラ。授業は終わったのかい?」

「お゛ッ、……兄様、ごきげんよう……」


 変な声出たわ。


 歴史の授業後、廊下を歩いていた私にヴィクトール兄様が話しかけてきた。

 うん、笑顔。すっごく笑顔。いつもの通り。人当たりがよい穏やかな顔、そのものである。

 対する私は引き攣り顔。バレてたらどうしようと心の中で冷や汗をかきまくる。


 いや、自分もこんな挙動不審な態度はどうかと思うけどさ。

 単純にこえーんだよ、自分を嫌ってると分かってる相手にやたら優しく接されるのは!!


 こんな人畜無害そうな顔して、腹の中では何考えてるか分かったもんやないで。

 だってこの人作中でも腹黒キャラとして設定されてんだもん!! 攻略対象達の中で唯一ヤンデレ気質持ってるし!!


「どうしたの? もしかして、授業に集中しすぎて疲れちゃったのかな」

「いえ、そういうわけでは……」

「本当に? 君は一つのことに熱中し過ぎる癖があるし……何より頑張り屋さんだからね」


 クスクス笑うヴィクトールに、余計顔が引き攣る。

 ほんとにそう思ってんだろうか、この人は。


 ……ヴィクトールがこういう態度を取るのは、自分を守るためだ。

 自分自身の暗い過去も、女性に対する嫌悪も。何もかもを笑顔で隠して、何でもないですよって顔して。

 自ら「心の優しいお兄さん像」を演じることで、無理矢理背伸びして、早く大人になろうとしている。……子供のままでいると、ああいう悲劇が起きるから。

 

 彼の生い立ちを考えれば、それはしょうがないことだと思う。

 ただその内情をうっかり裏技で知ってしまっているような現状、彼の言葉や態度をどうしても快く受け入れられない。


 本当は、女と相対するだけで気持ち悪くて仕方がないくせに。


「ご心配いただき、ありがとうございます。でも大丈夫ですので、気にしないでください」


 努めて冷静に、にこりと微笑む。淑女は笑顔が大事だと、マナー講師は口酸っぱくして言っていた。


 その私の返答に、何を思ったのか。

 少し目を見開いてから、ずい、と突然顔を近くに寄せてきた。思わず私もぎょっとしてしまう。


「…………」

「……あの、何でしょう?」


 私の問いに、少し間を開けてからヴィクトールが言った。


「……君は、なんだか」

「はい?」

「空気が変わったね?」


 ぎく、と身体が硬直する。

 ついにこの義兄にも言われたか。


 そりゃあ、別の人格が突然混ざったのだから、違和感があっても無理はない。しかもその混ざった人格は、今のウィルヘルミナはおろか義兄よりも年上である。

 ただ、そうは言ってももう私はあの頃とは違う。美しく優しい義兄にキャーキャー言ってられるような精神年齢ではないのだ! 色んな意味で!


「……そうですか?」

「うん。前と違って、今はよく外にも出るようになったし」


 そのセリフなんか「引きこもりの家族がなんか最近活動的になってきたからどうしたのかと心配する他家族」感あって心痛むな。


「それに、私がこんなにも顔を近づけようものなら、以前の君なら顔を真っ赤にして倒れるか飛んで逃げていたのに」

「う、」


(まぁ……それは……確かにそうでしょうね……)


 ヴィクトールも、この義妹が自分に憧れていることは知っているだろう。最初はウィルヘルミナの性格も相まって、彼と面と向かって話せないくらいに赤くなるほどだったのだし。

 だが最近は違う。私の取っている態度は真逆のそれ。

 ヴィクトールとしては面倒な相手の敵情視察、といったところであろう。



「……兄様、私、分かったことがあるのです」


 しかし、安心してほしい。

 こういう事態は前にもあった。だからこそ、とっておきの言い訳を私は用意しているのである!!


「この間、すごい熱を出して寝込んでいましたよね、私」

「そうだね。あの時は心配したよ、とても」

「す、すみません。……えっと、その時にですね……思ったんです。『このまま死んじゃうんじゃないか』って」

「……」

「そう考えたら、とても怖くなりました。同時にすごく、その、後悔みたいなのが湧き上がってきて。

あれもしたかった、これも本当はやってみたかったって……そんなことを、ずっとベッドの上で考えていました」

「……そうだったの」

「はい。だからこうやって元気になった今、前みたいに部屋や書斎に閉じこもっているだけじゃ勿体無いって思って。勿論勉強も大事ですけれど、それと一緒に、外に出て色んなことをやってみたいのです」


 嘘はついていない。そう、嘘はついてない。

 だって死ぬような思いをしたのは事実だし。死んでしまうのではないかと思った元“わたし”の恐怖心も本当のことだ。

 だから、何となく言い方はそれっぽく曲げて変えてるけど! 嘘は! ついていないのである!!


 ほらその証拠に。


「ウィラ……、君はあの時の経験を経て、随分と大人になったんだね……」


 なんか多分信じてくれたっぽい顔してる。ヨッシャ! 勝ったなこれは。


「そうなんですよ~、あはは……。では私はこれで」

「じゃあ、そんな君に提案なのだけれど」


 こっそり抜けようとした腕をいきなりガシッと掴まれる。思わぬ所からの攻撃に「はっ?」となっていると、お兄様は相変わらずのご尊顔で、こんなことを言い出した。


「最近乗馬の練習もしているのだろう? よい機会だし、私と一緒にピクニックでも行かないかい?」

「え? ……ピクニック?」

「そう。君が馬を好きだって聞いたものだから、私もよく遠乗りをするし、一緒に行ったら楽しいかなって」


 勿論従者もつけるから安全だよ、と微笑むヴィクトール。


「わー……、それは、楽しそう……ですね」

「うん、だから、ウィラも一緒に行くよね?」


 何でもう決定事項みたいに聞いてくるんだよ。

 まずい。心境的には断りたいが、断る理由が無い。


「外に出て、色んな体験をしてみるのも大事だと気が付いたのだろう?」


 そうですね。そう言いましたね。紛れもなく、さっきの私が。


「……えっと……、じゃあ、いきます……」


 権力……もとい圧力に屈する図。

 一体何を考えてこんな提案を出してきたのか分からない義兄の笑顔は、相変わらずキラキラと輝いていた。

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