第5話 ピクニックに行こう
天気が良く涼しい風が吹く中、私は義兄の乗る馬に一緒に乗せてもらって遠乗りに出かけていた。
周りには護衛の人達や、私付きのメイドであるドロテアなどがついてきてくれている。
「ヴィクトール兄様、すみません。わざわざ兄様の馬に乗せていただいて」
私がまだまだ乗馬を始めたばかりの初心者なせいか、「私の馬に一緒に乗るといい」と彼が優しく言ってくれたのだ。
私の謝罪に、ヴィクトールは「そんなこと全然気にしなくていいのに」と微笑む。
「私も君とこんな風に馬に乗りながら外に出れることを、とても嬉しく思っているんだよ」
「…………」
相変わらずの優しい声色と言葉である。
それでも、私はこの義兄の真意が中々読み取れず、疑心暗鬼になっていた。
(何でこの人、わざわざこんな提案してきたんだろう)
再三言っているが、ヴィクトールのこの世で一番嫌いなものは女だ。
女という生き物なだけでまず生理的嫌悪感が生まれ、極力近付かないようにしている筈。……必要があれば、あの穏やかスマイルで優しさを振りまいているだろうが。
そう、必要があれば。
私達の距離は、どちらかといえば今まではつかず離れずの微妙なものを保っていた。
ウィルヘルミナがまともに義兄と話せない上若干引きこもりだったからってのもあるけど、ヴィクトールだって、別に積極的に私と仲良くしようとする素振りは今まであんまり見せなかったと思う。会えば優しくお話してくれる、程度で。
そんな関係性の私を遊びになんか誘った、今回の理由とは。
(……ダメだな。この人を目の前にするとそんなことばっかり考えちゃう)
疑いも過ぎれば逆に失礼となってしまうのは、分かるのだが。
だって、嫌なものにわざわざ優しくして近付いてくる労力って、普通に考えてもしんどいでしょ。
何でんなことやんなきなゃなんねえんだ。と、私なら思ってしまうから、尚更違和感が拭えない。
(……後ろからいきなり刺されたらどうしよ)
まさか、私を秘密裏に始末するために?!
火サ○のテーマ曲が突如頭の中に流れ出すが、「いやそれなら従者とかつけないよな普通」と思い直した。
……いやでも、ちょっと、無いでもないかもしれない。いきなり崖の上に誘い込まれるとか。
考え出したら止まらないし怖いので、ヴィクトールの動向はよくよく観察しておこう。
*
とか何とか言っていたが、ある程度の所で馬が止められ、そして始まったピクニックは拍子抜けするほど平和そのものだった。
「ウィラ、どうだいこの辺りは。綺麗な花が咲いているだろう」
「ええ、本当ですね」
確かに綺麗だと思う。
今の季節は秋頃だが、木々は美しい紅葉色で満ちているし、正面にある花畑も綺麗な色とりどりの花が咲いていて実に見事だ。
ちなみに何のお花? とか聞かないでね。お花の種類とか全然わかんないからね。わぁ綺麗だなくらいだよ分かるの。
「よかった。ここは前から綺麗な花畑があったから、君を連れていきたいなと思っていたんだ」
ウワッ眩しッ。
ピカーーッて輝いてる。発光しとる顔面が。
このまま光ってたら顔立ち分からなくなりそう。
「さ、昼食にしようか」
義兄の笑顔に眩しさを覚えている私を他所に、ヴィクトールはせっせと持ってきたバスケットの中身を広げた。
中身は簡単なサンドイッチ的な食事だ。
「ウィラも手伝ったんだって?」
「うぐッ?! ……え、ええ、まぁ……」
何で知っとる。
この世界に前世の“私”が来てから、今までのウィルヘルミナがやっていなかった事柄に色々と挑戦してみようと思った。
勿論今習っている乗馬もそうだし、今回のような「料理」もそうだ。
普通貴族の女は料理なんぞしないが、前世の自分が「いやある程度はやっぱ必要だろ」と囁きかけてきた。そうだよね。料理スキルって言わば生活スキルの一つだもんな。
それに、この先私の人生がどう転ぶのか、全く予想がつかないってことも理由の一つ。
ハイハイじゃあ皆さん! 毎回恒例、乙女ゲーム『あなたと恋のワルツを』の内容を思い出していくのコーナー始めますよ! 席ついてくださ~い!!
まずゲーム内のユーリルート、およびヴィクトールルートで起こるのは、ウィルヘルミナが好きな人を取られたことにより涙ながらの怒りを見せ、そして酷い態度を取る絶交イベントだ。
いじめってほどでも無いけど、普段話しかけられても無視とかね。攻略対象の好感度は嫌そ~な顔しながらも教えてくれるのにな。どういう情緒なんだよ。
じゃあここで問題です。
絶交イベントが起こったウィルヘルミナと仲直りしない選択肢を選び続けると、どうなるでしょうか。
答え。
まずウィルヘルミナが嫉妬を増幅させて主人公に嫌がらせをします。
そのおかけでウィルヘルミナが攻略対象の手により死んだり大怪我をさせられたり、はたまた群衆の中で糾弾されたり。そんな事件が勃発します。
そして主人公もそれを見て「私がもっとちゃんと向き合っていれば……」と後悔するようなバッドエンドとなります。
終了!
────いや終了じゃねえよ!!!!
喧嘩後のウィルヘルミナに遭遇するイベントで彼女と一生懸命仲直りしようとする選択肢を何度か選べば割と簡単にグッドエンドには行けるのでゲーム的には然程難しくはないのだが。
ゲーム内でそういった結末が用意されている以上、マジでどうなるか分からん。きっとグッドエンドを選んでくれるタイプの主人公ちゃんだろうし、そうでなくても私がそもそも絶交イベント起こす気全く無いから大丈夫だろうけど!!
ある日いきなり「君目障りなんだよね」とか言いながら殺しにかかってくるかもしれんやろ!!
問題は「どういうルートでエンディングに辿り着くか」ではない。攻略対象の彼らが主人公のためなら何でもやるという、そういう性質をいずれも持っていることである。
その為、私は「万が一」のことを考えて最終的に一人でも生きていけるようになるスキルを身に着けようと思うのだ。
平民とかでもいいから! この世界、前の地球とは違って平民社会でもそれなりに生きていけるようには設定されてる筈だから! そこまで殺伐としてないなら何とかなる!!
──閑話休題。
とりあえずまぁそういうことなので、ご令嬢ながらも乗馬や料理と色んなことに挑戦してみているのである。
ただ料理はあんまり調理場の人達に受け入れてもらえなかった。「お嬢様がこのような場に来てはなりません!」とか言われて。それでも何とか説得してやらせてはもらえたけど。
さて、そろそろ現実に頭を戻そう。
「っで、でもあの! 料理人の人達が作ったものが殆どなので! ご安心ください!!」
義妹の慣れないであろう手つきで作ったものなんぞ食いたくなかろう。サンドイッチだから慣れないもクソも無いと思うけど。
私が慌てて言うと、ヴィクトールは「ふぅん……」と呟いた後。
「君が作ったのはどれなの?」
「えっ?」
「それを食べてみたいな」
と、実に不安になる(私限定で)台詞を吐いたのだった。
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