第2話 このゲームにおけるお助けキャラにつきまして

 乙女ゲーム内の「お助けキャラ」とは、なんぞや。


 多分やったことある人なら何となく分かるんじゃないかな。乙女ゲームとかギャルゲーの主人公に攻略対象の情報、または好感度などを教えてくれる便利なキャラクター。大抵最初の入学式辺りで出会うやつね。


 そう、それにどうやら私、生まれ変わったらしいのです。


 どうりで風邪の後に初めて鏡を見た時「あれ? 私、この顔なんか知ってる?」と思ったのだ。

 このウィルヘルミナの外見としては、一応名前のある乙女ゲームのキャラクターであるにも関わらず、黒髪黒目、アンド眼鏡という地味な設定だった。もしかしたら主人公ちゃんを引き立たせる役割があったのかもしれない。ここら辺は開発さん達の都合であろう。

 とはいっても決して不細工というわけではない。てか、乙女ゲームのサブメインに入ってる女キャラが極端に顔面偏差値低かったらそれはそれで嫌っしょ。私は嫌だよ。

 なので基準は乙女ゲームのそれではある、けれども、あくまで主人公と攻略対象達を目立たせる役割を持つ程度の存在感。


 じゃあここで問題です。

 このゲームで主人公の女の子を「どこから持ってきたのそれ?」的な情報網で助けてきたサブメインキャラクターに転生したと気付いた私の反応は?


 答えは「天高く拳を上に上げた」である。


 そもそもの話、私がこの乙女ゲーム『あなたと恋のワルツを』をやっていたのは何も攻略対象にときめきたいからではないのだ。私は乙女ゲームの攻略対象と主人公の恋愛模様が見たいから、に他ならない。

 世間ではプレイヤー=主人公として楽しむやり方もあるが、生憎以前の私は違った。私のことなどどうでもいい。全世界の者ども、この世界一かわいくて優しい主人公「アイラ・ローズマリー」ちゃんを見やがれ。


 何を隠そう、私はド級の“主人公推し”です。乙女ゲームやってんのに主人公推すとか邪道、みたいなこと言う奴は全員ブチ殺すから一人ずつ前に出てこい。



 前述した通り、私はこの乙女ゲームを、主人公のアイラちゃんの幸せになる姿を拝むためにやっていたといっても過言ではない。

 勿論、攻略対象の三人だってそれぞれ魅力があって格好良かった。でもみんなアイラちゃんの恋人やし。が私の認識。

 こう……、攻略対象のイケメンさや魅力にときめきつつも、譲れぬ根幹はアイラちゃんとその攻略対象達の恋愛模様を見ることであって、大体の興味は主人公ちゃんに集中していた、というのが実態なわけで。

 そんな私が転生したのは、そのアイラちゃんを全面的に助け恋を応援するポジション。ちなみになんと公式公認の親友。

 そう、し・ん・ゆ・う!!!!


 そら「やったぜ」ってなってもしょうがなくない?


(あんなにも大好きで愛してたキャラクターをサポート出来るだけでなくて、あまつさえ親友になれるなんて!!)


 それを知った時はもう飛び上がるくらい狂喜乱舞した。推しに会えるし触れる。会話もできる。推しが居るオタク全員の夢であろう。

 これで何も意味のないモブだったら、まぁそれはそれで構わないけど、アイラちゃんと攻略対象達の恋路を間近で見るのも中々難しくなるだろう。いや仮にそうなったとしても推しを見る為なら全力で努力するけど。オタクの務めだから。

 なので私的には今回のこの「お助けキャラ」というのがなんともベストポジションなのである!



 ──が、このウィルヘルミナというキャラクター。実はとんでもない落とし穴があるのだ。これを忘れてはならない。


 では、今一度ウィルヘルミナのプロフィールを確認してみましょう。


『ウィルヘルミナ・ハーカー。ハーカー伯爵家の長女。引っ込み思案であまり自分の意見を表に出さない性格。

ハーカー伯爵家の長男、ヴィクトールの義妹であり、攻略対象のユーリの婚約者を務める。』


 ……何故かこの女、攻略対象の一人であるユーリ・アルトナーの婚約者をやっているのだ……。

 いや、婚約者が居ること自体はいい。この社会ではなんらおかしいことでもないし、他にも婚約者が居る人たちなんてたくさん存在する。

 問題はその次。

 このウィルヘルミナは、主人公アイラがユーリと義兄ヴィクトールのルートに入った時、お助けキャラから一転、ライバルキャラに突如変貌するのである。


 ユーリの時は『私のユーリさまを取らないで!』と泣き。

 ヴィクトールの時は『お兄様は私だけに優しかったのに!』と泣く。

 ちなみに前者はともかく後者はプレイヤーからすれば「いやそんなことは全然無いよ」とツッコみたくなる内容だった。なにせウィルヘルミナの義兄は主人公に出会って初めて女性を心から信頼できるようになるのだから。主人公と会う前に共にいた引っ込み思案な妹のことなど大して気に留めていないであろう。むしろ多分嫌いだと思うよ。

 そしてこの婚約者のユーリも同様だ。元々親同士の仲が良かったことにより、彼はウィルヘルミナを婚約者にすることとなったことにした。ゲーム本編開始時も、婚約関係は結ばれたままで登場してくる。


 重要なのは「別にユーリはウィルヘルミナを気に入って求婚した」というわけでも何でもないことだ。

 かといって別に破棄する理由も何も無かったから、現状維持を続けていただけなのである。おそらく。

 そんな彼がアイラという婚約者よりも明るくきれいでパッと華やぐような魅力を持つ女の子と出会えば、そりゃあそちらに行くに決まっているだろう。


 当然の摂理なのだが、長年王子様のようなユーリの婚約者をしていたウィルヘルミナにとっては憤慨すべきことである。ゲームの中のウィルヘルミナは怒り、泣きながら「あなたなんてもう親友じゃないわ! 絶交よ!! ユーリさまは渡さないんだから!!」と叫んで消え去って行った。


 うんまぁ、婚約者を取るのは良くないかもしれないけど、別に好き合ってたわけでも何でもないしね。というかまだアイラちゃんとユーリが交際してるわけでもなんでもないし、ぶっちゃけこの時のアイラちゃんは二人の婚約関係を考えて「こんな想いは捨ててしまおう」とまで思ってたんだけどね。

 婚約者という一見決まったような間柄が良くなかったのだろうか。私は主人公担なので彼女、ウィルヘルミナには何の感情移入もしなかったし、なんならそれ以降やたらとユーリとの仲を邪魔してくるのに苛ついてたくらいなんだけれども。さっさと身引けよとか思ってたような思ってなかったような。


 何より、その絶交宣言をされた時のアイラちゃんが、それはそれはもう可哀想だったのである。

 学校で初めて出来た友達であり、今までたくさん色んなことを教えて協力してくれていた親友が、怒りの涙を散らせながらあんな言葉をぶつけてきたのだ。ショックが大きいに決まっている。

 てか、今まで散々攻略対象の情報と好感度教えてたくせに、急に豹変するの何なん。ゲームシステムのせいなのか、そうか。


 ちなみにもう一つのライバルイベントであるヴィクトールの方も概ねこんな感じだ。こちらは義兄に淡い恋心を抱いていたウィルヘルミナがやっぱり取らないで取らないでと喚く(ユーリはともかくヴィクトールは何でそうなるんだ。お前ただの義妹だろ)

 勿論、両方共にフラれて終わります。


 結論として、私は誓った。


「今度こそ、あんな思いはさせないようにしよう」

「愛してやまない推しの女の子のために力を尽くそう」


 と。


 そうとなれば、あんな絶交イベントは断固拒否である。正直これからの展開なぞ学園に入るまではちっとも分からないが、その期間でももし出来ることがあるのなら私は実行する。そして、かわいいかわいいアイラちゃんの幸せになる道のりを親友という最高のポジションで見届けるのだ!!



「──はい、出来ましたよ、ウィラお嬢様」


 にこりと鏡越しにメイドさんが微笑む。メイドさんが毎朝整えてくれるおかげで私の黒髪はすっきりして綺麗なミディアムストレートだ。ちなみに、まだ眼鏡はかけていない。

 元々本が好きな性格だったから、多分読みすぎた結果、成長した彼女は目が悪くなってしまっていたのだろう。これからの自分がどうなるかはまぁさておき。


  顔面偏差値は……先も言った通り、普通。フッツー。強いて言えばメイクやら服を駆使すれば伸びしろがあるかな? くらい。


「それでは食堂へ向かいましょうか」

「は……、……う、うん」


 メイドさんと共に部屋を出て廊下を歩く。

 あかん。「使用人の人は雇われてるんだし身分差があるんだから敬語は要らないんですよ」感覚にまだ慣れねえ。


 貴族の家なだけあり、家の中はやはり広い。前世がただの小さな一軒家住みだった身からすると未だに未知の世界のような気がしてしまう。自分の家なのに、すごいなー広いなーと思いながら毎回歩いてしまうのだ。この感覚、多分何年経っても抜けないんじゃなかろうか。


 というか、典型的なお金持ちの感覚には、出来れば染まりたくないなぁと感じているのだ。なーんか普通のしがない日本人だった自分にとっては、「こういうのが当たり前」という認識はあまり好かない。

 お金持ち嬉しいという欲はある。いっそ頭まで浸ってしまいたいと思う怠惰な心もあるし、そうは言いつつもこの世界のお金持ち事情にはきちんと極力沿うつもりだ。それがこの身体に生まれ変わった義務、ないし礼儀というもの。


 でも。


(お金持ちで贅沢なのが当然、みたいな自分は、なんかやだな)


 ここもやはり、前世の自分が精神の主な割合を占めている故なのだろう。




「おや」

「あら」


 大きな扉が開かれた先は、これまたバカ広い食堂だった。

 そんなに長さ要るか? と問いたくなるほど長いテーブルに備えられた椅子に着席している男性と女性が一人ずつ。どうやら、父は今日の朝食には欠席らしい。忙しいのかな。

 穏やかに微笑んで「おはよう、今日もいい朝ね。ウィラ」と挨拶をしたのは“わたし”のお母様。おはようございます、と私も笑顔で返す。


 そして。


「ウィラ、おはよう」


 にこりと輝かしい笑顔で話しかけてきた人物に、私はほんの少しだけ、複雑な感情を覚える。

 悪い人ではない、ではない、のだけれど。


「……おはようございます、ヴィクトール兄様」



 三人目の内の一人。

 噂の腹黒お兄様、ヴィクトール・ハーカーである。

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