ここはヒロインのための世界です! 〜超ヒロイン推しのお助けキャラは、今日も周囲からの溺愛に気付かない〜

雪葉

幼少期編

第1話 ここが“わたし”の今住んでいる世界

  ────ちらほらと、例えるならば光の粒、例えるならば金平糖。そんな小さな欠片が、私の脳に入ってくる。

 ここでは見ることのない景色。この“わたし”の知らない人たち。そんな色んなものがだんだんと己に浸透していき、なにか、今とは少しちがうものに変えていくような気がした。






「──お嬢様、おはようございます。朝でございますよ」


 女性の綺麗な声が私の目覚めを引き起こした。


「……んん……」


 眠い。が、起きなければならないことは分かっている。折角こうして起こしてくれる人が居るというのに、二度寝してしまうのもやっぱり良くないと思うし。というか、咎められたり相手の人を困らせてしまうことが発生してしまうだろう。


 緩やかに身体を起こす。朝はあまり得意ではない。


(それにしても、お嬢様、……ねえ)


 慣れないなぁ、と心の中でため息をついた。ついでにベッドに座り込んだまま項垂れる。

 声をかけてくれた女性──私付きのメイドさんは、「やはりまだ眠気が取れていないのですね。今、頭のすっきりするお茶をご用意いたします」と言ってくれた。親切なのか、それとも単に仕事熱心なだけか。まぁどちらでもよいか。


「……おはよう。“わたし”」


 ウィルヘルミナ・ハーカー。今年で11歳。

 この世界はやはり、今日も間違いなく、己の生きる世界であるらしい。




 *



 数日前、家の庭にある池にどっぼん!! と落ちて重度の風邪を引いた。

 ちなみに池に落ちた理由は「本を読みながら歩いていたから」である。馬鹿野郎か。だからあれほど歩いてる時に読むなと周りから注意されていたものを。

 そうして自室のベッドの中、うーんうーんと高熱に魘されながら、心の中で『このまま死んじゃうんじゃないかな……』なんて不安に思っていた。


 そんなことを思っていたからだろうか。

 すっかり体調不良が快復した時、私は「わたし」ではなくなっていた。


 多分「何それ」って思っただろうし面倒なので率直に言う。

 死ぬような思いをしたら前世の記憶が戻った。

 というより、混ざった。前の”私”と今の「わたし」が。



 あの時のことを少し思い返そう。

 中々下がらない高熱の中、視界は曖昧としており、世界がぐにゃぐにゃ曲がっている。

 そしてその時、


『ロキ○ニンくれよ!!しんどいよ!!死ぬ!!』


  知らん私が急に顔を出した。

 え、誰。何ロキソ○ンって。熱に魘されながらも、頭は驚きでいっぱいである。


 そこからはもう、情報が入り交じるのなんの。

 ちらほらと、例えるならば光の粒、例えるならば金平糖のように、以前の『私』が過ごした世界は幼い『わたし』の中にどんどん入ってきた。


『あっつい……病院行かんと死ぬ……』

『いえ、お医者様にはもうお見せになっているわよね……わたしったらなにを言っているのかしら……?』

『あ゛ーースポドリほしい。あとのど飴……』

『すぽど、り……? なんですかそれ……? ああもう、じぶんがなんにもわかりませんわ……』

『とにかくロキソニ○パイセンに頼ればこの苦しみは何とかなる』


 こういうよく分からんやり取りを、風邪の間延々と脳内で続けた。これが己との対話ってやつか。

 ていうか、ロキソニ○を頼りにし過ぎだろ。どんだけ信頼してんだ。


 こんなもの、齢11歳ほどの自分にとっては得体のしれない感覚でしかない。

 けれど何故か、「これは私の一部だ」とどこか本能的に理解していた私は、特に抵抗することもなくこれらを受け入れてしまったのだ。


 こうして今の私が出来上がった。粗方思い出した前世の記憶を持ち、尚且つこちらの世界で新たに生を受けた心と身体を備える、ぶっちゃけよく分からない己が。


 ……まぁ、前世知識で考えれば、小さい頃に前世の記憶が蘇る子供とかって居ないこともなかった気がする。多分有名な人達がちらほら居たとは思うんだ。

 だから理屈はよく分からないけれど、とにかくこれは一応「起こり得る」事態なのだと、私は考えている。


「…………」


 はい。紅茶おいしいです。


 起きたばっかりで人に目覚めの一杯を淹れてもらえるとか、前世の感覚からしたら信じられん。……恋人が居たらやってもらってたかもしれないけどね! 私、ほとんどおままごとみたいな恋愛遍歴しか持ってねえから!!


  黙って紅茶を飲む私を見たメイドさんがにっこりと微笑みかけてくる。


「それを飲まれましたら、着替えて御髪を整えましょうね」

「……はい」


  現代社会に生きた己からすると「いや自分でやるからいいよ……」となるが、この世界ではそうもいかないらしかった。


 だって、元気になって今の『私』と化したとき、目の前に広がっていたのは豪華絢爛な光景の数々。

 ここはどこ。そして私は誰。いや、まじで私 is 何だよ。

 

 病み上がりの身体で必死に引っ張りだしたのは、自室の棚にある本達。つまりこの世界の書物だ。

 手当たり次第に読んでいくが、読めば読むほど目の前がくらくらしてきた。あれ、もしかして私まだ風邪治ってないんじゃない? と疑いたくなるほど頭痛が酷い。


 記憶が正しければ、かつての私は『ニホン』という国に住む『ジョシダイガクセイ』だった筈、なんですけど。

 ルルリエ王国って何。どこなのそれは一体。あと私の家って伯爵家らしいんですけど、伯爵家ってあれか、所謂公爵だの何だのっていう、昔の外国の貴族社会。


 ヤバイ。ここ、日本どころかそもそも地球ですらないじゃん。

 


『……異世界転生って、マジにあんの……?』



 夢かもわからんな。ワハハ。そう思って身体の色んな所引っ張ったけど一向に覚めないし、目覚めたのを知った家族から大層心配された。すみません。


 しかも、発覚した情報はそれだけじゃなかった。



 紅茶を飲み終えた私。服を着替え、ドレッサーに向かうその顔は、どっかで見覚えのある顔だ。

 いや違う。今まで毎日見てたからとかじゃなくて。


(やーー……っぱ……、あの”ウィルへルミナ”なんだよなぁ……、この顔)


「お嬢様?」

「あっ! い、いえナンデモナイデス」


 思わず顰めっ面を浮かべたら、身支度を整えてくれているメイドさんに怪訝そうな顔をされたので慌てて取り繕った。

「コイツ最近頭おかしいんじゃないのか」とか思われてんのかな。私だったら思います。


 『私』はこの顔を知っていた。

 

 ”ウィルヘルミナ=ハーカー”

 生前よくやっていた「乙女ゲーム」の───、

 いわゆる、お助けキャラである。

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