農園にて

 「…………………」


 血塗れで倒れ伏すエリックの遺体。 その傍で立ち尽くすエレナを、そっと見つめる。


 エレナの呼吸は乱れ、肩で息をしている。


 それが肉体だけの問題であれば構わない。 あれだけ、幾度となく全力で剣を振り回し続けたのだ、疲労は溜まる。 …息が上がるのは当然だ。


 しかし、それが何か精神的なものに起因しているのなら、声をかけるべきかと悩んでしまう。

 エレナが後悔しているなどとは微塵も思わない。 それは考えられない。

 だが、それでも人一人嬲り殺しにするというのは…それなりの負担となってもおかしくはない…。


 そんな事を、エレナの横顔を見ながら考えていると…


 「………レイ」


 エレナの、口が開いた。


 「…うん?」

 「ありがとう…。 本当に……。ぜんぶ、全部…あなたのおかげ。 ありがと…」

 「…………」


 エレナが、何とも言えない笑顔で俺に微笑む。

 晴々としている、そう言えなくもない。 だが、その笑顔の奥には疲れが見えたような気がした。 それこそ肉体的なものだけではない、疲れが…。


 そのせいで、一瞬答えに詰まってしまう。


 …だが。


 「…あぁ。 どう致しまして」


 …すぐに思い上がりだと自分を諫め、俺も笑顔で彼女に応える。



 …エレナは笑ったのだ。 


 例えどんな想いを抱えていようと、彼女は俺に微笑みかけた。

 なら、俺はそれに応えるだけで良いのだと思う。 それ以外は不要だ。 俺はそこまで、エレナの心を理解してなどいない…。



 「ごめんなさい…」


 エレナが不意に謝罪を口にする。


 「どうした? 急に?」

 「ううん…、別に。 ただ、本当に私一人で全部終わらせられてたら…もっと上手に笑えてたかも知れないって…。 そう、思っただけ」


 そう言って、エレナはイタズラっぽく笑った。



 参ったな…



 「………なるほど」


 弱っていても、なかなかに鋭い。


 …エレナの強さを、感じた気がした。




 「エレナ……!」


 そんなやり取りをしていると。


 「…リア。 ごめんね、待たせちゃって…」

 「そんなの…。 わたしは…」


 痺れを切らしたように、リアが駆け寄り…エレナの胸に飛び込む。

 心配していたのはリアも同じ。 …いや、俺とは比べ物にならないだろう。



 丁度、エレナに見透かされ居心地が悪くなっていたところ。 …後は女同士に任せ、俺は俺の成すべき事を成す為に二人の傍を離れる。


 二人の会話を背後に感じながら、先ずは最初に殺した男の元に。 …確かエレナは、ミルコとか言っていたか。 まぁ名前なんて、今更どうでもいい事だが…。


 ミルコの元まで来た俺は、彼の魔道具を奪い…、手に抱える。

 魔道具がどれかはすぐに分かった。 術者が死んでも、魔道具は薄らと魔力を纏っていた。 …見紛う筈もない。


 続いて、今度はディーンの元へ。 同じ様に、魔道具を奪い…首を落とす。


 そうしていると…。


 「──ちょっ、ちょっとレイ様っ! な、なにしてるんですかっ!?」


 リアが、驚愕に顔を歪めて声を上げる。


 流石に…生首二つぶら下げて歩く姿は、リアには刺激が強かった様だ。 

 …だとしても、そんな『信じられないっ!』みたいな表情を向けられるのは、割と傷つくのだが…。


 それに、これにはちゃんと理由がある。


 「落ち着け…。 俺もやりたくてやってんじゃない。 話をスムーズにする為に仕方なく、だ」

 「…は、話…? スムーズって…」

 「これから農園に行くだろ? そこには兵士とか、執事とかメイドとか…そう言うのが山ほど居る筈だ。 いちいち相手してられない。 …分かり易いが必要だ」

 「…それが、その生首ですか…?」

 「まぁ、そう嫌そうな顔をすんな。 無駄に殺さない為だよ」


 相手の忠誠心如何いかんによっては逆効果になる可能性もあるだろうが、多分そんな事にはならない。 …恐らくは。


 「…エレナは、それで良いか?」

 「私…? 何で私に聞くの…?」

 「いや、兵士も殺したいのかどうかって。 …そう言うこと」

 「……………」


 俺は至極真面目にエレナに問う。


 冗談で聞いてる訳じゃない。 エレナがもし兵士達を殺すと言ったとしても…俺はそれを止めない。

 兵士の命より、エレナの復讐を優先してやりたいと思う程度には、俺は彼女の事が好きだった。



 しかし…。


 「……いいえ…。 もう、十分よ…」


 エレナは迷いなく、真っ直ぐに俺の眼を見つめ…否定を返す。


 リアと話して気が紛れたからだろうか。 エレナの表情は、さっきと比べて少し険しさが薄れたように感じられた。


 「そうか…。 分かった」


 エレナに異存がないなら、何の問題もない。


 「…なら行こう。 …もうあんまり時間もない」



 三人で農園に向けて歩を進める。 …ここに来た本来の目的を果たす為に。





ーーーーー





 数分後、農園の入口が見えてくる。 


 入口には詰め所の様なものが建てられており、そこに兵士が数名くつろいでいるのが確認出来た。 


 兵士達は俺達の姿を認めると、慌てて詰め所から出てきて警戒を強める。

 そこから数秒は腰に下げた剣に手を掛け油断なく構えていた兵士達だったが…。


 いよいよお互い顔が見える距離まで近付いたところで…兵士達に明らかな動揺。


 …視線は、俺の右手の先に注がれている…。


 俺はその様子を眺めつつ速度を緩め…ただ無造作に彼らに近付いた。


 「お、お前‥‥─────ッ…!」


 そして…兵士達が何か言う前に腕を掲げ、を、ハッキリと見せつける。


 因みに、は置いてきている。 明らかに拷問の痕跡がある体では、僅かな忠誠心や義憤を増幅させる可能性があると考えた為だ。


 「────なっ…!」

 「──ディ、ディーン様っ…!」

 「─っ、ああ、あ、あ…」

 「─ぅ …ミルコ…さま…?」


 効果は期待した通りだった。 兵士達から敵意や害意が霧散し、代わりに恐怖心を身に纏う。


 いい感じだ。 …後は、この期を逃さず畳み掛けるだけで良い。


 「諸君らは、今我々とバーゼル領が戦争の最中であることを知っているか?」


 そうすれば、勝手に兵士が勘違いしてくれる。 俺達が、何者なのかを…。


 「──っ えっ…? は、はい。 …も、もちろんです」


 兵士は…明らかに年下で、かつ身分不確かな俺にへりくだる。


 …ここまでくればもう、成功したも同然。


 「我々は所謂工作員と言うやつでね。 諸君らの指揮官と話したい」

 「…し、指揮官ですか…?」

 「居ないのか? 兵士にも束ねる人物くらい居るだろ?」

 「き、騎士長の事…でしょうか…?」

 「あぁ、そいつでいい。 お前はそいつを連れてこい。 …行けっ…!」

 「───っ は、はいっ!」


 有無を言わさぬ態度。


 「他の者はみなを集めろ。 兵士だけでいい。 …お前、この農園内で大勢が集まれる場所はあるか?」

 「…は、はい。 中央部に、大きな広場が…」

 「そこに全員だ。 十分以内。 遅れた者は殺すと伝えろ」

 「………っ…」

 「何をしてるさっさと動けっ…!」

 「───りょ、了解しましたっ…!」


 …それが当然かの様に。 まるで数年来の部下であるかの様に…命令を投げる。


 その結果。 少なくとも先程の兵士達には、俺を敵国の貴族と誤認させる事に成功する。


 ここまでは、非常に順調。 なんともスムーズに事が運び、状況は整った。



 後は最後の仕上げを、残すだけ…。



 「…俺達も行こう」


 急いで駆けていく兵士に続いて、農園へと足を踏み入れる。


 「エレナ。 案内して貰っていいか?」

 「えぇ。 …分かったわ」


 エレナの案内で中央部の広場とやらへ…。


 しばらく歩き、到着した頃には…既に相当数の兵士達が集まっていた。


 此処に来るまでに響いた鐘の音、あれが恐らく集合の合図だったのだろう。 この農園の敷地は相当な広さだし、エレナ曰く入口にあった様な詰め所が至る所に建てられている。

 …情報の伝達方法が口頭のみである筈はない。



 俺達が広場に姿を現すと、兵士達の緊張度も跳ね上がる。


 しかし、先程の兵士達と違って今の彼らの恐怖心は絶対的なものではなかった。


 原因は恐らく、味方が増えた事による…集団心理。 それとやはり、俺達の見た目。

 年若い男女で、なおかつ服装がどう見ても平民とくれば…侮られるのは当然と言えば当然だ。


 しかし、月並みの言い方だが…今舐められる訳にはいかない。


 …故に俺は、最大限の殺気を放ちつつ、オーラの刃で…



 ───ズバンッッ…!!!



 隣の建屋を…叩き切った…。



 …勿論、中に誰も居ない事は確認済みである。



 「「「────ッ…!!」」」



 一瞬にして、兵士達を絶望が覆う。 多くが顔面を蒼白にし、泡吹いて倒れそうな奴もいる。


 だが、それで良い。 その方が話はスムーズに進むだろう。


 「…騎士長ってのはどいつだ?」


 静寂の中、尋ねる。


 「───っ、わ、私であります…」


 名乗り出たのは、兵士達の真ん中で控えていたヒゲ面のおじさん。

 まあ、雰囲気からそうだろうとは思っていたが。


 「驚かせて済まないな。 俺は年と、この格好のおかげで侮られる事が多くてね」

 「い、いえ。 め、めっそうも… もも申し訳ございません。 ぶ、部下が、失礼を…」

 「もういい。 顔を上げろ。 騎士長殿、部下はこれで全員か?」

 「い、いえっ。 あ、後、少しばかり…。 し、至急にて向かっ‥‥」

 「分かった。 構わない。 なら残りの者にはお前が伝えろ。 俺の話はすぐに終わる」

 「しょ、承知、しました…」

 「俺の要求は一つだけ。 お前達兵士も、屋敷の使用人も、一人残らずこの土地から消え失せる事だ」


 そう言った瞬間。 兵士達の絶望は限界突破したかの如く深まり。 目の前の騎士長も今にも泣きそうな顔で俺を見つめる。


 おかしい。 喜ばれると思っていたんだが…


 そう心中で訝しんでいると…


 「…レイ様っ」


 リアが隣に来て耳打つ。


 「どした?」

 「今の言い方ですと、全員殺すってことだと思われます。 きっと、多分そう思われてます」

 「……あー…なるほど」


 理解した。


 「…勘違いするな。 この農園から退去し、何処えなりと消えろ…という意味だ」


 コホンっ、と咳払いを挟んで言い直す。


 「──た、退去…。 わ、私どもを逃がしていただけると…?」

 「そう言ってるだろ…」


 その言葉を聞いた瞬間。 今度は兵士全員を喜色が覆う。


 …何でもいいが、少しは心を包み隠した方が良いんじゃないか? これが普通の貴族なら、意地悪で前言を翻されそうだ…。


 「ただし…! 条件がある」

 「─じょ、条件…」


 騎士長の、ゴクリと生唾を飲み込む音がする。 


 そんな心配しなくても、大した条件ではない。


 「まず一つ。 時間を切らせてもらう。 大体三十分だ。 その時間を過ぎて此処に残ってる者は殺す」

 「は、はっ。 承知しました」

 「次に、自身の私物以外の持ち出しを禁ずる。 まぁつまり、の家財を盗るなと言う事だ」


 右手にぶら下げた二つの首を指差し説明する。


 「これも、破った者は殺す。 いいな?」

 「も、もちろんです。 …承知しております」

 「…そして最後。 これが最も重要だ。 退去の際…奴隷達を誘拐したり、傷付けたりした者が出た場合。 …お前ら全員を殺す」


 兵士達を再び覆う、緊張。


 騎士長から目線を外し、兵士達の顔を見渡す。 これは、互いに監視し合って貰わなければならない。


 「一人でも違反者が出た場合、全員が…だ。 …徹底させろ。 分かったか…?」

 「「「────っは、はっ!!!」」」


 響く兵士達の声。


 …この様子なら、どうやら問題ない。


 「…良し。 騎士長」

 「は、はっ!」

 「今の話を屋敷の使用人達にも伝えろ。 条件は彼らも同じだ。 …言ってる意味は分かるな?」

 「はっ! も、もちろんです! か、必ず、徹底を!」

 「結構。 では行け…! 時間はないぞ」

 「ははっ!! し、失礼致しますっ!!」


 そう言って騎士長は踵を返し、兵士達に号令を掛けた。


 大慌てで散って行く兵士達の背を見ながら…


 「それじゃ…リアとエレナは、移動の準備をしてくれるか?」


 二人に声をかける。


 「それは、もちろん。 レイ様は何か用事が?」

 「おう。 俺も後から手伝うけど、とりあえず屋敷に行ってくる。 魔道具は無いみたいだが…歴史書とか地図なんかが在れば、それはぜひ欲しい」

 「…あなた字が読めるの?」

 「いや? 全く」

 「それじゃあ…」

 「そんなものは手に入れてさえいれば、後からどうとでもなるんだよ」

 「……どーだか」

 「…じゃ、あと頼む。 すぐ合流するから」


 呆れ気味のエレナは放っておいて、さっさと屋敷へ向けて歩き出す。

 二人分の生首も、このタイミングで道の脇に捨てていく。 

 …いつまでも持っていたくはない。


 「はい。 任せて下さい」

 「急がなくて良いわよ。 リアと私で十分だから」



 二人の返事には、後ろ手に手を振ることで返しておいた。







 






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