山の民解放戦

 アケロス山中腹の拠点。


 俺達は、エレナとの出会いから約五時間かけてこの場所に到着していた。

 

 予定より少し足が出てしまったが、それは仕方ないだろう。 エレナとグエンを除き、避難者達はみな疲労困憊だったのだから。

 …それを思えば、むしろ早く着いたものである。



 そして、懸念していた猿達との面通しだが…これは何ともスムーズに片が付いた。

 …何しろ、拠点の目の前で俺達を待ち構えてくれていたのだ。

 最悪、彼等の巣まで出向かなけはならない可能性も考えていた為、正直かなり助かった。


 恐らく、いつもと違う気配の人間達が大勢で山を上っている事を猿達は気付いていたのだろう。

 …そして確かめに来たのだ。


 『その者達は、お前らの何だ?』…と。


 

 だから俺は、「仲間だから襲うんじゃねぇぞ」と返して…。


 …それで終いだった。


 本当にそれだけ。 その…たった一言で納得したのか、猿達は肩を並べて巣に帰っていった。


 まったく、本当に物分かりが良くて助かる。 何度も拳で語り合った甲斐があったというものだろう。


 正直、猿達の事がちょっと好きになったほどである。




 とは言え、元々の計画から考えるとかなり時間を消費しているのは事実。


 …ここからはなるべく迅速に動きたい。



 「リア、準備は出来た?」


 皆へ拠点設備の説明をしていたリアに声を掛ける。


 「あっ、はい。 滞りなく。 エレナも皆さんも、気に入ってくれてるみたいです」


 リアは、なんとなくバツの悪そうな顔ではにかむ。



 エレナに対しては早速呼び捨てだ。 まぁ、結局リアとエレナの二人は…四時間以上も喋り通しだった。

 距離は縮まって然るべきではあるだろう。


 しかし、エレナと話して以降のリアには陰りが見える。

 それが、やっぱり少し気になった…。


 思わず尋ねてしまいそうになるが、今のリアに見えるのは陰りだけではない。それと同時に…決意が顔を覗かせている。 …覚悟に覆われた決意が。


 だから、正直今は俺自身不思議な感覚だ。

 …心配ではある。 だが、同じくらい楽しみでもあった。



 リアが、どんな選択をするのかを…。




 …それにしても。


 リアと会話をしていると、複数の視線が俺に向けられるのをビシバシと感じる。


 種類で言えば、尊敬と畏怖。 気にしなければいいだけなのだが、それでもまるで憚らず凝視されると…流石に居心地が悪い。


 なんとなく身の置き場に困っていると…。


 「ふふっ。 今はレイ様の話題で持ちきりですから、我慢してください。 山の獣神ハヌマンを従える英雄だって」


 リアがそれを察して茶化してくる。


 「従えてはいないんだけどな…」

 「良いじゃないですか。 頼りにされてるって事ですから」

 「あ~まぁ、そうね? でも俺頼られるって事に喜びを感じないタイプで…」

 「もちろん、分かってますよ。 でも、やっぱり良い事だと思います。 今皆には…寄り掛かる何かが必要ですから…」

 「……そうだな」


 流れる、神妙な空気。 それを振り払うかのように……


 「お待たせ、リア。 こっちも準備出来たよ」


 エレナが…グエンと連れだって、すぐ横に建てられている倉庫から顔を出す。 

 中で装備の確認や交換をしていたのだろう。


 エレナの言を受けてリアは、俺に一際真剣な面差しを向けた。


 「…レイ様。 やはりさっきも言ったように、救出にはわたしとエレナだけで行った方が…。 レイ様には他の目的があるのに…」

 「さっきも言ったけど、嫌だ。 目的はもう随分前から変わってる」

 「でも、フィオナのときは…。 どうして…」


 リアが僅かに懐疑的な視線を送る。 …だが、それは完全なる誤解というものだ。


 「フィオナの時とは違う。 今俺が一番したい事と、リアのそれは同じなんだから。 『嫌だ』ってのはそう言う意味だ。 目的が同じなのに、わざわざ別行動する意味はない。 …そうだろ?」


 俺は二人との間で、対応に差を付けたりはしていない。


 「…そう、ですよね。 すみません、変な事言って」


 リアが少し前から、何やら思い悩んでいる事は知っている。

 だからと言って…無理矢理行動を歪める必要はないと思っているし、俺もそんなもの聞き入れたくなかった。



 「オレも、ホントは付いて行きたかったんだが」


 会話の折を見て、グエンも軽口を差し挟む。

 それも、既に解決済みの話題だが……


 「悪いな。 流石に二人は連れて行けない。 身が重くなり過ぎる」

 「あぁ、分かってるよ。 オレは残って皆を守るさ。 ……後は頼む、レイ、リアさん、エレナ」


 …グエンもそれは理解していて、ただ俺達に出発のタイミングを与えてくれただけの様である。


 やっぱり、何かと律儀な男だ…




 「…あぁ。 さっきも説明したように、もういつ敵と遭遇してもおかしくない。 気を引き締めていこう。 エレナは俺とリアが交代で背負う。エレナの走力に合わせている時間はないからな。 ……いいか?」


 リアとエレナを順に見やる。 …二人はそれに首肯で応えた。


 「よし。 それじゃ、行こうか」


 最初はリアがエレナを背負う。


 それを確認してから、俺は走り出した。


 

 ───時刻はもうすぐ正午


 仮に戦況が決し、ダグラス陣営の退却が始まったとしても、このバーゼル辺境伯領は広大だ。 敵方も、すぐに各地へ十分な戦力を集められる訳ではない筈。


 焦る必要はない。 猶予はまだまだある…。


 とは言え、リスクは減らすに越したことはない。

 夕暮れ前までには解放を終え、ある程度の避難を完了されておきたいところである。


 

 

 なんとも忙しない一日になったもんだ…


 

 俺は一人、心中で呟いた。






ーーーーー





 

 アケロスの森から東に、丘陵地帯をひた走る。 

 …既に拠点を出てから1時間余りが経過しているが、少し心配事が出来た。


 俺達が普段北西のアケロス付近を活動範囲としていたせいで知らなかったが、このバーゼル領…中央部は平野と丘陵地ばかり…。


 ここまで走って来て目にしたのは、村落を除けば小規模の森と湖だけである。 

 移動には楽で良いが、身を潜ませる場所がなさ過ぎる。 百人を超える人間と、これまでの距離を日付を跨ぐまでに踏破する事は難しい。

 …長時間、遮蔽物のない道を夜通し歩く事になる。



 「エレナ」


 背中にいるエレナに声を掛ける。 今は俺が彼女を背負って走る番だった。


 「ん? …なに?」

 「この道、大勢で移動するには目立ち過ぎる」

 「…かもね」

 「何か良いルートはないか? この辺りのことならエレナの方が詳しそうだ」

 「遠回りになるけど、農園から北に行けば深い森があった筈。 その森は西方面に広がってたはずだから…しばらくは身を隠しながら移動出来ると思う」

 「なるほど。 …良いね。 ちなみに、エレナ達がそのルートを選ばなかったのは?」

 「……私たちの時は、脱走がバレて追われてたから…真っ直ぐ向かうしかなかったのよ」

 「真っ直ぐ向かう…?」

 「うん…。 …故郷ふるさとにね。 皆早く帰りたがってたから、…私も、含めてね…。 兵士が待ち構えてる事は分かってたけど、死ぬなら故郷が良いって…誰も反対しなかった」

 「……………なるほど」


 拠点に向かう道中にグエンから聞いた事だが、今回の脱出行は農園に常駐している貴族…エリックとミルコの不在を狙って行われている。


 決行したのは二日前の夜。 俺が戦場に向かおうとしてアンナに止められた、あの夜だ。


 エレナとグエンが中心となって呼びかけ、脱出を促した。

 呼応したのは全体人数の四分の一程、五十人弱。 その他のラウルの民達は拒絶したそうだ。 今、ラウルの女性達は多くが妊娠をしているか乳幼児を抱えている。 …恐らく脱走など叶わないと考えたのだろう。


 そして皮肉な事にその判断は半分当たってしまっている。 …今拠点に匿っているのは、エレナとグエンを除くと八人のみ。

 その他の人たちは…弓兵や騎馬兵の追撃により捕縛、或いは命を落としてしまったのが現状だ。



 『死ぬなら故郷で』…。 


 イヤな選択だ。 後ろ向きで、救いがない。


 脱出に賛同した人達も、そして…多分エレナさえも、生きる為の行動じゃなかった…。




 気に入らない…


 彼らがではない、そんな選択肢しかなかった事が…


 ただ、気に食わなかった。



 

 ─心に膿が溜まるのを自覚した、その時。


 「あっ、見え‥‥‥」

 「──レイ様! あれっ」


 エレナとリアが同時に声を上げた。 だが、リアの声はより緊迫している。


 「あぁ。 見えてる」


 …だから、ひとまず俺はリアに言葉を返した。


 俺とリアがは、同じだろうから。


 「…ちょっとなに? どうしたの?」


 言葉を遮られ、状況を掴めていないエレナが不満の声を漏らす。


 「前見てみ。 ずっと遠く」

 「だから、農園でしょ? やっと見えたって…」

 「違う。 その手前、走ってる人間がいる」


 言われてエレナは、俺の背中から身を乗り出すように地平を睨みつける。


 「……ホントだ…。 三人?」

 「あぁ。 それも貴族のな、オーラを纏ってる。 ちなみに、その更に奥にあるのが農園でいいんだな?」


 此処が小高い丘の地形だからだろう。 見下ろすかたちで遥か遠くまで良く見えた。

 前方、およそ三キロメートル先に…人影三つ。


 そしてその更に前方に広がる、広大な農地。 前を走る貴族はそれ程のスピードではないが、それでも後十数分後には農地の端に到着しそうだ。


 「えぇ、そうよ。 …まって、貴族って…。 ─っ じゃあ、アイツらっ!?」


 エレナが現状を理解して、声量を上げた。


 「目的地が農園の可能性は高いだろうな」

 「レイ様、どうしますか?」

 「…殺す。 俺が先行するよ、農園に近づける訳にはいかない」

 「──待ってっ! 真ん中のヤツ、エリックかも知れないッ!」


 その名が出た瞬間、エレナとリアの周りの温度が直接熱せられたかのように…緊張感と殺意が膨れ上がる。


 「おい。 気持ちは分かるけど落ち着け。 この距離でも鋭い人間なら気付くぞ」


 ヤル気があるのはいいが、キチンと制御してもらわないと困る。


 「──っ ごめんなさい」

 「ごめん、つい…」

 「…この距離で分かるもんなのか?」

 「…アイツに関して言えばね。 それに、右に居るのが多分ミルコだから。 …アイツらは常に一緒にいる」

 「つまり、戻って来たわけか…。 なら、尚のこと急がないとな。 …リア、エレナを頼む」


 そう言って速度を緩め、エレナを背から降ろそうとするが…。


 「ちょっ…! ちょっと待ってよ!」


 エレナに強くしがみ付かれ阻止された。


 「─っ なんだっ?!」


 時間を無駄にしない為に、再び速度を上げつつ詰問する。


 「アイツはッ…。 アイツだけは、私の手で殺したいッ!」


 ……エレナから伝わる、純粋な殺意。


 「…気持ちは分かる。 でも、今のお前じゃ能力者は殺せない」

 「──分かってるっ!でも…。 でもッ!」

 「……じゃあどうする…。 俺がオーラも出せないほど痛め付ければ、エレナにトドメを刺させるぐらいは出来るだろうが。 …それで気は晴れないだろ?」

 「………………」


 少しの沈黙。 


 俺はこの提案でエレナの譲歩を引き出したかった訳ではない。

 諦めさせる切っ掛けを与えたかっただけ……


 だが。


 「…分かった…。 それで、いいよ」


 マジか…


 「本気か?」

 「えぇ…。 お願い…。 せめて、それだけは」


 それ程か…。 それ程の、憎悪


 農園での生活。エリックの事。 俺はどちらも具体的には聞いていない。 グエンとの会話で想像しただけだ。 

 …だが、リアの様子から考えても…どうやら想像の遥か上。


 「……分かった。 じゃあ、真ん中は生かしておく。 …それでいいか?」


 なら、出来るだけ望みは聞いてやりたい。 …これからを、前を向いて生きる為に…。


 「うん…。 ……ありがとう。 …ごめん」

 「…気にするな。 大した手間じゃない」


 まあ、手間取るかどうかは魔道具次第ではあるが…多分大丈夫だろう。 あの戦場でも、単体で勝てなさそうだったのはダグラスだけだった。


 「よし。 …じゃあリア。 ちょっといいか? いくつか段取りを付けておきたい」

 「はい。 いつでも」

 「さっきも言ったが、まずは俺が先行する。 出来れば奇襲で二人仕留めたいけど、駄目だったら戦闘に移る。 リアとエレナは大体二百メートル離れた位置で待機していてくれ」

 「分かりました」

 「その後の選択肢は三つ。 まず、万一俺が勝てないと判断した場合。 そっちに向けて手の平を見せる。そしたら、全力で逃げてくれ」

 「レイ様は?」

 「俺も後から逃げるよ」

 「………はい」


 リアは不満を示しつつも、異論は挟まなかった。


 「…次に、勝てるが手助けが欲しい時。 今度は人差し指を立てる。 その場合は、リアだけが来てくれ。 エレナは待機、もちろん…気配は消してな」

 「えぇ。 分かったわ」

 「分かりました」

 「最後、二人とも来て問題ない時は…人差し指と中指の二本を立てる。 …以上、何か質問は?」

 「いえ。 ありません」

 「大丈夫よ」

 「オーケー」


 エレナを降ろしリアに預け…


 「じゃ、ぼちぼち付いてきてくれ」

 「…お気を付けて」

 「お願い…レイ」


 二人に頷き、動き出す。



 地を蹴り、風を切り、瞬く間に…トップスピードへ。


 そして、走りながら右手にオーラを凝縮させ、磨き上げる。 チリチリッとオーラが擦れる音が響き、オーラの鋭さと密度が跳ね上がった。


 だが。


 

 …やっぱ駄目だな


 この程度のオーラじゃ…



 分かっていた事ではあるが、若干肩が落ちてしまう。


  

 ─今回の奇襲だが、実のところ成功確率は高くない。

 走って近づく、攻撃の為にオーラを研ぎ澄ませる、どちらも隠密行動とは真逆。…余程鈍くない限り、攻撃前に気付かれる。


 故に遠距離からの狙撃が適しているのだが、今の俺ではそれは叶わない。

 …オーラによる遠距離攻撃、これがオーラ制御の中で一番難しいからだ。


 オーラは術者の肉体から離れると、時間と距離に比例して急激に強度が減衰する。 これは、人の資質に関わらないオーラの特性とも言えた。


 リアとフィオナでコンマ数秒、五十メートル。 これが、彼女達が自身のオーラを維持出来る限界値であり、そして…俺も大して変わらなかった。 …せいぜいがその二倍程度。


 正に、オーラ戦闘の課題。


 まぁだからこそ、そんな事は織り込み済み。

 スピード重視で接近し、察知されても避けられないほどの高速を目指す。

 それで、二人の内一人殺れたら儲けもの。 


 …今回の奇襲攻撃は、まぁその程度のモノであった。



 自身の未熟さを痛感しつつも気分は入れ替え、彼我の差を縮めていく。

 その距離、あっという間に残り二百メートル。 


 …まだ、気付かれていない。


 このまま百メートル以内まで近づければ、それで勝負はつくのだが……。

 どうやら、そうはいかない様だ…。 


 一番左を走る男に、オーラの揺らぎ。 …間違いなく気付かれた。


 

 仕方ない…


 

 気付かれたことに気付いた俺は、透かさずオーラの弾を二発放出する。


 敵までの距離は、およそ百三十メートル。 威力は大幅に減衰するが、彼ら程度のオーラであれば当たれば手傷ぐらいは与えられる。攻撃への対処で、おおよその実力も測れるだろう。



 オーラを飛ばすのとほぼ同時、左の男が声を張り上げこちらを振り向く。 声を聞いた他の二人も同様に振り返った。


 だが、俺のオーラ弾はもうすぐ目の前。 


 

 ……さて、どうする? 


 

 走りながら観察する。


 すると…。


 左の男のネックレスが光り、一瞬の内一人に魔力の鎧を纏った。



 こいつ…



 魔道具を見て思い出す。 こいつは、戦場でダグラスとよく会話していた…。

 魔道具の能力もダグラスの完全下位互換だったので記憶に残っている。


 …いい感じだ。 非常に単純な能力…!

 そしてこの程度の出力なら、万に一つも起こらない。


 ──ガキィンッ!!


 「──くっ」


 オーラ弾は弾かれた。 当然、これでは傷は付けられない。


 だが、もう一人の方は…。


 「──がっッ!」


 目前に迫るオーラ弾に反応しきれず、胸部にダメージ。 心臓は外れているが、肺には到達点していそう。

 …放っておいても死ぬだろうが、最後っ屁が怖い。


 すかさずもう一発、オーラ弾を放つ。


 男は胸を押さえ、視線すら外している。 …問題外。


 ───ドゥッ…。


 オーラを放った後も距離は詰め続けていたのだ。今度は余裕で射程圏。

 二発目のオーラ弾は、問題なく男の頭部を貫いた。



 ズサァッ と、男二人の前に躍り出る。


 驚愕の表情で、眼を白黒されるエリックと思われる男。 エリックは…俺と、頭部を貫かれ崩れ落ちてゆく男とを交互に見やる。



 おいおい…



 そして。


 「───っ う、うおぉオあぁあッ!!」


 急に発狂したかの如く叫ぶと…。 やっと自身の魔道具を発動させた。


 随分鈍い…。 エレナに頼まれていなかったら、もう五回は殺せていそうだ。


 

 エリックは魔道具を発動させると同時に、俺に向かって飛びかかって来る。

 

 だがこれは、考えての行動ではないだろう。

 全く周りが見えていない。 その血走り、瞳孔の開いた眼で一体なにが出来るのか…。



 俺は、リア達に向けて指を立てた。


 結果論ではあるが、事前の警戒はほとんど無意味だったようだ。

 この二人相手に、“もしも”は起こらない。



 エリックの魔道具も、単純な攻撃タイプだった。

 彼が叫び発動させた能力は、ただ…彼の両腕を魔力で手甲の様に覆っただけ…。


 何の意味があるのか分からない。 戦場で目にしたのも含めて、断トツで意味不明な魔道具だった。



 「──っ エリックッ! 下がれッ!」


 左の男がエリックの突出を咎める。



 うーん…。 その警告も、ワンテンポ遅いだろ…?


 エリックが遮二無二殴りかかって来るが…。 

 …大振りの右フック、バレバレである。 俺はそれを上体を僅かに引くだけで回避する



 それにしてもこいつ、オーラが……



 そして、攻撃を躱されスキだらけの右脇腹、肋骨間に一本拳を叩き込む。

 相当手加減した一撃だったのだが…。


 「──ぁあぐぃッ!」


 エリックは涙を浮かべ身をよじった。



 弱ぇ……



 想像以上…。 それに、やっぱりこいつのオーラは……。


 思わず…頬が吊り上がる。


 

 「──エリックッ! くっ…!」


 エレナへの手土産を得た高揚に絶妙な水を差す、左の男の突撃。


 こっちはエリックよりはマシ。 キチンと俺を観察し、確実に攻撃を加えようとする意思を感じられる。


 だが…。


 その意思のせいで今度は無駄に身体が緊張している。 肩が強張こわばり、目線で意図がもろ分かり。

 …俺を強敵と意識したが故の緊張だろうが、本来目指さないといけない精神状態の逆をいってしまっている。


 なんとも、お粗末…。


 だから。


 俺がほんの少し視線と重心で誘導してやると、こちらの望む攻撃を、迷い無く打ってくる。


 ─右ストレート。


 予定調和なその攻撃を、左脚を軸に身体を回転させるようにして回避する。

 すると俺の身体の正面に、伸びきった男の右腕…。


 男は攻撃を回避されることを想定していなかったのか、重心は前につんのめり…腕もまるで引かれない。



 ホントつくづく…



 伸びた男の右腕を、自分の右手で固定する。


 そして…。


 

 腕の関節に、左拳を…叩き込んだ…。


 

 ──ボギャッッ!!!


 「──────ッ! あがぁッ!!!」


 インパクトの瞬間全身のオーラを左拳に集めた左アッパーカット。

 関節の可動域とは逆に加えられた衝撃により骨は折れ、皮膚が裂ける。



 「─っ ぁ、あぐッ なんでッ!──くそっ!!」

 「兄さんッ…!!」

 「……………」


 右腕を押さえ、後退していく男を見て思う。


 やっぱり、魔力ってのはスゲーな… と。


 今の攻撃、下半身を使っていない完全なる手打ちではあったが…オーラ的には全開。 …一応今の俺の、全オーラでの攻撃だった訳だが…。


 結果は、骨を折り僅かに裂傷を与えただけ…。 気分的には関節を吹き飛ばすつもりだったのだが、そうはならなかった。


 

 …魔力への理解は、当然まだまだ足りないってことだな



 そんな事を考えつつ、開いた男との間合いを歩いて詰める。


 さっき、リアに合図を送ったはいいが…どうやら早く事を運び過ぎたようで…。 まだ、リアはエレナを背に乗せこっちに向かっている途中だったのだ。 

 …故に、二人が着く前にこの男を殺す時間ぐらいは残っている。



 「ディーン兄さんッ!!」

 「うるさい…。 黙って座ってろ」

 「───ひっ…!」


 歩きながら、殺気を放ちエリックを地に縫い付けておく。 …うるさいのもそうだが、逃げられたら面倒くさい。



 「──っう クソッ! 何なんだッ!…何者なんだッ!お前はッ…!!」


 無警戒に、淡々と間合いを詰める俺に…男、ディーンは恐怖を露わに声を荒げる。


 返事は返してやらない。 何者かなどと、この男に話してやる理由もない。


 「──っぅッ…クソッッ! このッ!!」


 そして繰り出される…苦し紛れの左フック。


 直前で恐怖心を最低限抑え込んで攻撃してきたのはいいが、それでも最低限の弊害か…腰は見事に引けている。



 中途半端なんだよ…。 何もかも…



 これじゃ、俺はほとんど動かずして回避可能。

 …ほんの少し、頭を後ろに倒すだけ。 それだけで、ディーンの腕は俺の鼻先を掠める。


 そして、その掠めた腕を…今度は左手の甲で振りを加速させる様に押してやれば…。

 

 引けた腰が、後ろに残った重心が、意図しない腕の加速を御しきれず…無様に捻った胴を俺に晒す。


 

 …これじゃまさに、宝の持ち腐れ


 

 あまりのチグハグさに、溜息すら漏れ出そうになるのを抑え…。

 さっきと同様スキだらけの的に…オーラを練り上げた拳を打ちつける。


 ただし。


 今度はちゃんと足腰を使った、正真正銘全力のボディアッパー。


 込められたオーラは同じでも、威力は倍じゃ収まらない…。



 この一撃で意識を刈り取るッ…!



 ───ドォゴッッ…!!!



 「───ごッぁ…! ぉごァッ…!!…」


 

 

 ──抉り上げる様に打ち込んだ拳は…体側にめり込み、肋骨を砕き、ディーンの身体を…空へ持ち上げた…。







 




 「…………」


 「──ぅごぁ……ゴホッ…カヒュ」


 なんとも言えないモヤモヤを抱え、うずくまり、吐血繰り返すディーンを見下ろす…。


 「……あんたがもう少し闘い方を知ってたら…強敵だったろうにな。 ……勿体ない」


 思わず、そう溢してしまった。


 …胸中に漠然と燻る、この苛立ち。 


 これは… これ程の防御力、可能性を持つ魔力を操る技術体系がありながら、その力をまるで活かしきれていない個人に対する憤り…或いは憐憫だろうか?


 上手く言葉に出来ない。 だが…。


 確かにそれが、あの威力の攻撃を受け未だ意識を保つディーンを見て、自然と口をついて出た…素直な思いだった。


 

 「……ぁぐ…ぅ……ゴホッ」

 「…神器しんきを解け。 そしたら、すぐ楽にしてやれる」


 ディーンの後頭部に手をかざし、告げる。 …神器という呼び方はグエンから教えて貰っていた。 


 「……………コホッ…」


 ディーンは何も言わず、素直に魔道具を解除した…。



 ───トスッ…



 だから俺も、何も言わず彼の脳幹をオーラの刃で貫く。


 その命と共に、自分自身の苛立ちすら…断ち切る様に…。

 




 ドサッ と音を立て、ディーンの身体が地に落ちるのとほぼ同時……



 「──レイ様っ!」

 「─レイっ…!」


 リアとエレナが、到着した。


 「──っ 信じられないっ…! こんな、一瞬で…?」


 エレナが、地に倒れ伏した二人も見て驚愕に顔を歪め…そしてその表情のまま俺に視線を移す。


 そんな化け物を見る様な眼で見るのは止めて欲しいのだが…


 「…大袈裟だ。 一瞬ってほどじゃないだろ」

 「いや… リアの背中から見てたけど、あなた十秒位しか闘ってない。 …異常よ」

 「そんなもんだよ、持ってる力がデカいんだ。 早いときは、あっという間に決着がつく。  …だがまぁ……どっちにしても、今はいいんじゃないか? …そんな事は」


 俺は手でエレナの視線を誘導する…


 「……………」


 呆然と立ち尽くす、エリックの元へと…。


 「…どうした? やけに冷静だな?」

 「別に冷静じゃないわよ…。 でも、今は待つしかないでしょ…」

 「待つ…? 何を?」

 「あなたがアイツを、私に殺せるようにしてくれるんでしょっ…!」

 「あー、それな…」


 俺は言葉を区切り、エレナに向き直る。


 「…その必要はなくなった。 エレナだけでれる」

 「えっ…?」

 「…レイ様?」


 この言葉には、リアも反応を示した。


 そう…。 さっきの攻防で見えた、エリックの致命的な弱点。 


 それを利用すれば…無能力者エレナでも、能力者エリックを討ち取れる…!



 「エレナ。 お前がやるんだ、最初から…最後まで」


 

 動揺に揺れるエレナの瞳を見据え、言い放った…。










  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る