グエン

 「それじゃあ、グエン達が居たその収容所…農園は、バーゼルも関わってるって事か」

 「関わってるんじゃない、アイツらが指揮者だ。 ダグラスが始めたのを息子達が手伝ってんのさ。 特にエリック…。 アイツだけは、絶対に消さなきゃならねぇ。 …絶対に」

 「……………」


 エレナのと出会いから一時間以上が経った現在。

 エレナと共に逃げて来た人達と無事に合流を果たした俺達は、拠点ベースへの道程を歩き始めたところであった。


 

 皆との合流時、大いに時間を取られるだろうと覚悟していた俺達二人の説明や、今後の指針についての擦り合わせは、その予想に反して実にスムーズに行われた。


 これは、エレナの説明に一切の異論や反論が出なかったおかげである。

 単純に信頼されているのとも違う、どこか威光を感じているかのような皆の振る舞いを見るに…どうやらエレナは彼らの民族を統べる様な存在であるようだ。


 まぁ、それについては後で聞くとして…



 逃げて来た人達はエレナの言ったとおり少数で、男六人と女三人、合計九人の老若男女であった。

 まぁ、老とは言っても四十は超えておらず、二十歳を超えるのも今話しているグエンと、もう一人のみである。


 グエンはエレナが洞穴を離れている際の護衛を任されていた人物で、剣の腕は恐らくエレナと変わらないと俺は見ていた。


 皆と合流するまでの道中に彼らの事を聞けなかった分、ここからはエレナに色々と聞きたかったのだが…。 彼女は未だに集団の先頭でリアと話込んでいる為、俺はグエンを捕まえているという次第である。



 「…何があったんだ? 言える範囲で構わないけど」

 「…レイは俺達の恩人だ。 聞きたいなら全部話す。 …だが気分の良いもんじゃねーぞ?」

 「覚悟はしてるよ。 …エレナのあの憎悪でね」


 俺が答えると、グエンは軽く息を吐き出し、話し始める。


 「元々、俺達は山の民ラウルって言ってな。 アケロスの山で生きてきたんだ」

 「ラウル…。 猿…えー、ハヌマン?は大丈夫だったのか?」

 「そりゃあ、大丈夫じゃねーよ。 山の獣神ハヌマンは俺達が最も恐れているものの一つだからな。 集落の場所もヤツらがあんま来ないトコに構えたり、山も高く登らないようにしたり、他にも古くからの風習が山ほどありやがる。 …それでも、毎年何人かはやられるんだが」


 グエンはそこで言葉を切り、からかう様な表情で俺の顔を眺めた。


 「だから、レイがヤツらを従えてるってのは、いくらエレナが言ってようが半信半疑だったりする」

 「そもそも従えてはない」

 「そうだったか? …それでも、この山でハヌマンに襲われないって事の凄さは、俺達は誰より分かってる。 それもあの力のおかげなんだろ?」

 「オーラか?」

 「あぁ、それだ。 …バーゼル共は神衣しんいとか言ってたが」

 「…初耳だが、オーラのがいいな」

 「ふははっ、ホント不思議な奴だなお前は。 だが、俺も今からはオーラと呼ぶよ。 アイツらの言葉なんて反吐が出るからな」


 そう言いつつ、グエンは笑う。


 グエンは俺を不思議と笑うが、それは俺にとっても同じくだった。

 グエンの精神はエレナと違って非常に安定している。 しかし、それはエレナと比べて感じてるものが少ないと言う訳ではないだろう。 彼の眼の奥に渦巻く憎悪がそれを物語っている。


 だが、グエンはそれを表に出さない。


 ある意味で、俺には真似出来ない精神の強さを感じさせた。

 

 「…それで、どこまで話したっけ?」

 「グエン達がラウルだってとこ、かな」

 「あー、そう。 俺達はこの山でずっと生きてきた。 …同胞を犠牲にしながらな」

 「……………」

 「何年も前から…それこそ、いつからそれが始まったのか分からないくらい昔から、俺達は毎年バーゼルに同胞を捧げてきたんだ。 …人数も人選も、ヤツらが勝手に決めるんだがな。 …軽蔑するか?」

 「分からない…。 俺に答えが出せる問題じゃない…」

 「…優しいな」 


 グエンは憎々しげに微笑む。 その表情が…どこかグエンの苦しみを表している様で、少し気になった。


 「…もちろん最初は抵抗して、争ったみたいだが…。 まぁ、当然勝てず、それからずっと服従の日々だ。 『いっそ皆で死ぬまで闘おう』なんて機運が何年か毎に高まっても、結局実行に移される事もない」


 またあの表情…


 「…つまり、グエンは闘いたかったんだな」

 「…分かっちまうか? …まぁ、そうだ。 毎年毎年アイツらの言うままに仲間を差し出す。 そうしてまで生きる意味はねぇと俺は思ってた。 だから実際、解放戦線つって旗揚げしたりもしてな」

 「それはちょっと意外かも。 どっちかって言うとエレナがやりそうな事だが」

 「マジかっ?ははっ。 じゃあレイの想像は大外れってトコだな。 あいつは俺とは真逆、現状維持で行こうって側の人間だよ。 族長の娘だしな」 

 「なるほど…」

 

 族長の娘…。 ま、それについては、おおかた予想通りだよな。


 「まぁ、だからこそ怒りもそれだけデカい。 血の涙を流して堪えてきた事すら、一瞬で踏みにじられて」

 「……踏み躙られた?」

 「あぁ。 …三年前、ダグラスが直接やって来てな。 平然と言いやがった…これからは俺らの全てを管理するってよ」

 「………」

 「もちろん抗ったけどな。 結果は見ての通り。 気が付いたらアイツらが作った農園に運ばれてた」


 グエンは両手を広げておどけて見せる。


 いや、そんな場面じゃないだろう。と俺は思ってしまう。

 だが…もしかするとこれが、グエンの怒りへの対処方法なのかも知れない。 …なのだとしたら、俺は何も言えない。

 

 …言えよう筈もない。


 

 「それからの三年間は…」


 グエンが言葉を詰まらせる。


 「それから俺達は…。 ………悪い、何でも話すって言ったけどよ。 でも…」

 「いや、いい。 十分だ」

 「…悪い。 でもやっぱり、俺が話すべきじゃない…。 全然ましなんだよ、俺なんかは。 …だったからな」

 「………そうか」


 ただ一言、そう返すことしか出来なかった。


 分かってた事だ。 エレナの様子から、時折出る胸糞悪い単語から、全部…予想出来ていた事…。


 だが……


 それでも、血がにわかに湯立つのを止められずにいた…


 …その時。




 「…ありがとな」


 グエンの突然の謝意。


 熱を帯びた精神が、予想外の言葉によって急速に冷まされる。


 「なんだ急に…?」

 「いや、実際不思議だったんだ。 エレナが、平気な顔して…当然の様にお前達を紹介した。 なんなら笑顔まで覗かせてよ…」


 グエンはこれまでにない真剣な表情で言葉を紡ぐ…。


 「あり得ない事なんだよ。 アイツが同胞以外の前であんな顔見せるなんてな…。 ホントなら、立っていられない筈なんだ。 別にエレナに限った話でもないけどよ、この三年間はアイツにとってキビし過ぎた…。 …正直、最初は洗脳でもされてんじゃねぇかと疑ったんだぜ?」

 「…洗脳っておい」

 「いや、マジな話でな。 でも、今こうしてレイと話して分かったんだよ。 そう言う事かってな! …だから…ありがとう、だ」

 「よく、分からんね」

 「はっはっ、照れるなよ。 感謝は素直に受け取るもんだ」


 そして、今度は笑顔で俺の肩を叩いた。

 

 グエンの長続きしない深刻さと、悲壮を感じさせない表情に…自分の感情の置き場所が分からなくなり、霧散するのを感じる。


 「はぁ…。 断じて照れた訳じゃないんだが…。でも、まあ…どう致しましてって言った方が良いんだな?」

 「おぉ、そうしてくれ」


 本人にこうもあっけらかんとされたんじゃ、俺が何か言う気も無くなるってもんだ。


 「…狙ってやってるんだとしたら、大したもんだな」

 「なんだ? 今度はレイが褒めてくれんのか?」

 「場合によってはな」

 「………それじゃ、この流れで一つお願いしてみようかな」

 「ん? なんだ?」

 「…俺に、オーラを教えてくれ」

 「ん~。 まぁ、いいけど」

 「いいのかよっ!?」


 グエンの声が響く。


 いやうるさいな。 前を歩く全員が振り返ってるじゃないの…。


 「いいのか? あのリアって娘もレイの弟子なんだろ?」


 グエンは慌てて声を潜め、俺の耳元で呟いた。


 「実はもう一人、フィオナって奴もいるけどな」

 「じゃあ尚更…」

 「構わない。 一人二人増えたところで大した違いはないし、オーラを覚醒させる修行は俺にとっても割と良い訓練になる」

 「そ、そうなのか…? ……ありがとう。本当に」


 グエンが足を止めて頭を下げるので、俺も立ち止まりそれに応えた。


 「これで、色んな事を諦めずに済む」

 「まぁそれは、グエン次第だけどな」

 「はっは。 …そりゃそうだ」


 そう言って笑ったグエンだったが、直ぐに顔を引き締め俺の眼を見据える。

 グエンが次に口にする台詞は何となく分かる気がした…。


 「それと、もう一つ。 …恥知らずな願いだが、今も彼処あそこに残ってる…同胞を助けるのを手伝って欲しい。 俺達だけじゃ出来なかった…」

 「…それは、言われるまでもない事だな」


 だから俺も、決まりきった台詞を吐いて歩き出す。


 「─いいのかっ?」

 「いいも何も、ここまで知ったら俺もそうだけど…リアが黙ってないよ」


 そう言って、慌てて後を追うグエンに先頭を指差した。


 「…あの娘が?」

 「リアはこういった事には俺より遥かに敏感で、熱いものを持ってる。 今も胸中、臨界寸前って感じだ」

 「今も…? 全くそうは見えないが」

 「グエンと同じであんまり表に出さないんだよ」

 「いやっ、俺は‥」

 「とにかく。 もう後は決まった様なもんだから」


 それだけ言って、変わらず先頭で話すリアを見る。


 さっきは少し茶化して言ったが、リアの周りの空気は、淀んでいると表現して良いほどに負のオーラを帯びていた…。



 エレナとの会話は止めさせるべきだろうか?

 一瞬そんな思考が頭を掠めるが…。


 

 …いや、何考えてんだ…気持ち悪い…


 すぐさまその吐き気を催す思考を振り払う。



 あり得ないな、流石に…。 何で俺がリアの心に触れるものを制限出来るんだ。 

 過保護が過ぎる。 厚かましい、何様のつもりだ全く…


 あまりの傲慢さ加減に頭を振る。



 「おいおい、どうした…? 急に」

 「いや、久しぶりの自己嫌悪に浸ってた」

 「また、訳の分からん事を…。 話聞こか?」

 「…はは。 じゃ、そうしてもらおっかな」


 拠点まで先は長い。

それまでは、グエンに付き合って貰う事になりそうだ。



 フィオナと別れてからもうすぐ二時間…。



 あっちは、どうなってるだろうか…?









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