フィオナのわがまま
さて。 特に質問がないなら…。
「無ければ、そろそろ移動しようか」
「…移動?」
「移動ってどこに?」
「とりあえず村に戻って、それから…バーゼルの家に行こうかと思ってる」
「………………」
「はぁ? …ちょっと、どこからツッコむべきか分からないんだけど…。 まず、此処はもう良いわけ? 闘いを見る為に来たんでしょ?」
俺の言葉にリアは黙りこくり、フィオナが疑問の声を挙げる。
「…あぁ、もういい。 見るべきものは全て見たし。 …それに、此処に来たのは闘い見るのもそうだけど…。 もう一つ、戦況を確認するってのもあった筈だろ? 敗戦濃厚になったら知らせるってな」
「……もう、そうだっての? まだ始まったばっかだよ? …あのおじさんも相当強いし」
「そのおじさんに勝ち目がないんだよ」
「…なんで言い切れんの?」
やれやれ、結局さっきの話の続きになりそうだな…
「…魔道具の弱みの話をしたろ? もう一つ、デッカイ弱みがあってな。 …魔力ってのは、どうやら自由に動かせないみたいなんだ」
「……言ってる意味が分かんないんだけど?」
「オーラでの戦闘を想像したら分かる。 …攻撃する時、防御する時、フィオナはオーラをどうしてるのかってな」
「…あ~…。 そうゆうこと?」
…さっきから、フィオナの声に普段とは違う苛立ちが含まれている気がする。
…特に思い当たる理由はないんだが…。
「…そゆこと。 オーラを自由に操って攻撃力、防御力を調整してるはず。 それがオーラの強みだ。 オーラ操作の巧拙で通らない攻撃を通したり、その逆も可能に出来る」
「…魔力はそうじゃないって?」
「少なくとも、あのおっさんの魔道具はそうだな。 身体中にベッタリ張り付いて、全くブレない。 全身を均一に覆ってる。 加えて…さっき言ったように精神の影響を受けないから、火事場の馬鹿力なんてのもない」
ひと呼吸置いて、フィオナを顔を窺う。 …やっぱり少し不満げだった。
「…だから、恐ろしく安定してる代わりに…絶対に番狂わせが起こらない。 勝てない相手には、決して勝てないままだ。 …それでも、頭さえ回せりゃ…どうにかなる事もあるだろうが。 現実は思想も技術もなく、ただ魔力に頼って暴れるだけ。 まったく、美しさの欠片もない。 ……フィオナもそう思わない?」
「……さぁ? 私は魔力をそんなに感じれないし…」
…なんか言葉にトゲがある
「…………とにかく。 あのおっさんはいずれ負けるし、周りに覆せそうな人物もいない。 そもそも人数差が多過ぎるしな、あのおっさんが司令官っぽい事も相まって…勝てる要素がねぇ」
「……援軍が来るかも知れないでしょ」
「それは、向こうも同じだろ? …そもそも援軍が来るまでもたないと思うけどな」
「…………」
…分からん。 何でちょっと不機嫌なんだコイツ…
「…バーゼル辺境伯邸にはどうして?」
今度はリアが尋ねてくる。 様子を見るに、リアは特に不服ではないようだが…。
「魔道具を探しに。…貴族の家なら一つくらいあるかも知れないからな。 あとは、貴族についてもう少し知りたくなったってのもある。 魔道具を使うようになった経緯…とかな」
「…分かりました。 …お供します」
「おぉ、もういいのか? 話が早くて俺は助かるけど」
「はい。 多分レイ様は…あの大男がバーゼル辺境伯だと考えてるんですよね? だから今が好機だと…合ってますか?」
リアの瞳が、真っ直ぐ俺の眼を射抜く。
…どうした急に…。 まぁ、合ってる訳だが
「そうだけど…。 なんか気合い入ってるな」
「はい。 これ以上レイ様を失望させる訳にはいきませんから」
いや、そんな事考えてたのかよ…!
「…そもそも失望してないからね? そんなマジになんないで…」
「分かってます…気にしないでください。 わたしの個人的な…あれですから」
「…あぁ、そう…?」
…あれとはいったい……
「…てゆーかさ…魔道具が欲しいなら、敵から獲った方が早くない?」
フィオナが不意に提案する。
…敵…?
そうか…
「駄目だってフィオナっ。 この戦闘に参加するのは…。 不測の事態があるかも知れないんだから」
「それは分かるよ。 でもそれは、辺境伯の家でも同じじゃない? 貴族が居ない保障はないでしょ?」
「だけど危険性は全然違う。 レイ様はそこを考慮して…」
「あー。 ちょっといいか?」
二人の会話に割り込む。
確かめたい事があった…。
「…フィオナ。 お前…バーゼルに勝って欲しいのか?」
不機嫌の理由はそれなのか? フィオナ?
「…………」
瞬間、フィオナが硬直した。
「…別に、怒ってる訳じゃないぞ?」
「…………」
フィオナは僅かに俯き、口を尖らせる。
「………さぁ、どうなんだろ…」
…そして、ぽつぽつと話し始めた。
「…でも、多分そうなんだろうな…。 レイモンドが負けるって言った時、ちょっと嫌だなって…思っちゃったから」
フィオナは顔を上げリアを見つめる。
「フィオナ…?」
「私、分からなくなったんだよね…。 なんて言うんだろ…元々、村の事とか国の事とか、好きでも嫌いでもなかったって言うか…。 そもそも…そんな事考えてもなかったって言うか…。 うん、別に…どうでも良いと思ってたんだよ、きっと…。
…でも、リアに出会ったから…」
「…フィオナ」
リアもフィオナの眼をしっかりと見つめ返した。
「だから、色んな事がおかしいって…嫌だなって思う様になったの。 村の事もこの国の事も、好きじゃなくなってた…。 ……なのに、そう思ってたのに…ごめんっ…! まだ、気持ちが残ってたみたいっ…っ」
「…なんでフィオナが謝るの? …そんな理由、全然ないよ?」
「…ぅ…だってぇ…リアは、嫌いでしょ? ……こんなっ……うぅ、リアに酷いこといっぱいしてっ……なのにっ……なのにぃ……あぅ…ぅ」
「泣かないで…フィオナ。 …そんな事ないよ。 だって、此処でフィオナに会えたんだから。 …わたしにとっても、大切な場所だから…」
「うぅ…わ~…んぐっむっ!?」
声をだして泣き出しそうだったので、透かさず口を手で覆う。
この際気配は百歩譲っていいとして、大声は流石にNGだ。
…まったく。 感情が昂ぶると泣き出すのは、昔から変わってないなコイツは…
フィオナをアイコンタクトで諫めてから、口から手を外す。
「…なにすんのよ…ぅ…」
「分かってるだろ…? 落ち着いたら気配も消しとけ?」
「…ぅ……ごめん…」
そして、泣いてる時は素直なのも相変わらずだ。
だがともかく、フィオナの気持ちは分かった。
「…まぁ、そう言うことなら…予定を変更しようか」
「うぅ…?」
「レイ様…?」
「魔道具はあちらさんから奪うとしよう」
「レイ様っ…! それは…」
リアが、焦りを隠さず俺の名を呼ぶ。
「心配すんな、元からバーゼルの家が不発なら…此処に戻ってぶんどるつもりだったんだ。 …言ったろ?予定が少し変わるだけ」
「でもっ…」
「いやっ…いいよっ! なんで、急に…。 いつもみたいに、無視してくれていいからっ…!」
そして、何故かフィオナも止めに入る。
「…フィオナが言った事だろうが」
「そうだけど…違うって…! 本気で思ってた訳じゃないからっ…。 駄々こねてただけなんだから…マジにしないでよ」
「嘘つけ。 お前は駄々で泣いたりしないよ」
「…そうだけど…。 だけど、やっぱり違うよ。 …私がただ、ちょっとヘンだっただけ…。 お父さんとかお母さんとか、あんたの事とか考えて…冷静じゃなかったって、それだけの事なんだから…。 むしろっ、何で急にそんな事言うのよっ…! あんたらしくないじゃんっ」
フィオナが未だ乾き切らない瞳で怒ってくる。
…俺は、別にらしくないとは思ってないんだが
「フィオナ。 お前はらしくないって言うけど、俺は何も曲げてなんかないよ」
「…どういう意味?」
尋ねるフィオナの瞳は、いつになく真剣だった。
「…今回の戦争は俺にとって、心底どうでもいいものだったんだよ。 どちらが勝とうが支配する貴族が変わるだけ…。 どっちに転んでも、俺にとっては気に食わないままだ。 …でも、どうでもいい事だから…少しの事で気持ちが傾く」
「少しのこと…?」
「あぁ…。 フィオナがそう願ってるんだって…それぐらいの事で構わない」
「───っ─はっ、はぁ‥んぐっむっ!?」
またも大声を出しそうだったので手で塞ぐ。
全然学習しないなコイツは…
抗議の意志を込めてフィオナを睨み上げる。…が、フィオナは何とも言えない表情で眼を逸らす。
「何赤くなってんだ、お前は…」
「─っ、あんたのせいでしょっ!? 変なこと言わないでよっ」
フィオナは小声で怒鳴るという器用な事をやってのける。
「…変なこと? …ただの本心なんだが」
「やめてっ…。 ホント、いいから、またリアに怒られる」
フィオナは俺の顔の前に手のひらをかざし、全力で拒絶を表している。
…リアが怒るったって
俺はリアに顔を向けてみる。 …特に怒った様子はない。むしろ笑っていた。
「リアは別に怒ってないみたいだぞ?」
「今はねっ! 後で怒られるのっ、あとでっ!」
「…よく分からんね」
「…………はぁ…」
フィオナは溜息をつき、手を降ろした。
「分かった…。 もういいよ。 …普通に嬉しかったし、ありがとって言っとく。 ……だけどやっぱり、あいつらから奪うとか…そういうのしなくて良いから」
「…何で俺がフィオナの言うことを聞かなきゃならないんだよ?」
「──ぁ、あんたが私の為に闘うって言ったからでしょっ!?」
「フィオナ。 そこまでは言って無いでしょ?」
「──っあっ…ごめん…。 でも似たようなもんじゃない…?」
リアが透かさず訂正し、フィオナが謝罪する。
俺には笑顔にしか見えないリアの表情が、フィオナにはどう見えてるんだろうか?
「フィオナ、リアの言うとおりだ。 別にお前の為じゃない。 お前の気持ちを知って、俺がそうしたいと思っただけのことだ」
「──っ うるさいっ、もうっ! 分かったからっ、意味不明な事言わないでよっ! …このタイミングでっ」
「…何が意味不めぃ‥‥っん」
反論しようと口を開くと、今度はフィオナが俺の言葉を手で塞いだ。
「…ちょっと黙っててっ」
そう言ったきり、フィオナ自身も口を閉ざし、数秒間目をつむる。
「…ふぅ。 よしっ…。 決めた」
息を吐き、その後再び向けられた瞳には…何やら覚悟が宿っていた。
「レイモンドとリアは、さっき言ったようにバーゼルの家に行って来て。 私は此処に残って、戦況を確認しておくから」
そして、次に紡ぎ出した言葉は到底看過できるものでなく…
いきなり何言い出すんだコイツは…
「何でそうなる…」
「レイモンドはバーゼルが負けるって言うけど、それも百パーセントじゃないでしょ? さっきも援軍の話は誤魔化したし」
「誤魔化した訳じゃない。 そうなる可能性が圧倒的に高いってだけだ」
「じゃあやっぱり“絶対”じゃないわけだ。 だから、私は残るんだよ。 本当の本当に、もう勝ち目がないってなったら…私が村に戻って家族皆を連れ出す」
なんでそんな事を…それにどれだけの意味がある?
「…そんな事しても、結果は変わらない」
「そうかもね。 …でも結果を変えたい訳じゃないから。 お父さんもお母さんも、今レイモンドが帰っても、『また結論を急いでる』って…きっとそう言って疑うんだから。 …だから私が、ちゃんと見極めて…駄目だったって伝えてあげるの」
エドウィンとアンナの為…?
…なら。
「それなら…三人でもう少し様子を見ればいい。 フィオナ一人が残る必要はないよ」
「─っ、駄目っ!そんなのっ! …いい加減にしてよっ! 何回意見変えるつもりっ?!」
フィオナの瞳が鋭く俺の眼を射抜く。 今度は怒りさえ孕んでいた。
なんだってんだ…
「何怒ってる? お前の言うことを聞いてやる義理はない」
「私が決めたから。 あんたが私を見て決めたって言うなら…私はそれを許さない」
「はぁ? 訳分からん。 …お前の方がよっぽど意味不明だよ」
俺とフィオナの視線がぶつかり熱を増してゆく。
これ以上は不味い。 どう考えても、今此処でするべき事じゃない。
…だが、引くわけにいかない。 …訳も分からず、折れてやるわけにはいかない。
だから俺は、とことんまで行ってやるつもりだったのだが…。
「ねぇ……」
ふと、フィオナの視線が和らぎ、表情も変わった。
「…あんたは、あんたのやりたい事をしてよ…。 私は私のしたい事をするから…」
「…………お前」
今の俺には、フィオナの表情の意味をくみ取る事が出来なかった。
…何を思っているのか…分からない。
でも…。
……やりたい事
「バーゼルの家から帰ってきた後の事は、私は何も口出ししないから…」
「…………」
やりたい事、か…
「…いつもレイモンドの言うこと聞いてるでしょ? いっつも、最後はあんたの言う通りにしてる。 だから、今日ぐらい私の言うこと聞いてよ…」
「…そんな事はどうでもいいよ」
「えっ… は、はぁ? どうでもいいって何よっ」
「それがフィオナのやりたい事なのか?」
「えっ…? なに…」
「…だから、此処で一人残って見届ける事が…お前のやりたい事なのか?」
俺はフィオナの瞳を見据える。
「……うん。 そうだよ」
フィオナも逸らさず、見つめ返した…。
「はぁ~~~」
思わず深く息が漏れ出る。 …俺にとってはよく分からない欲望だ。
…でも。
「…なら、仕方ないな」
「え? …いいの?」
「いいも何も、お前のしたい事に正面切ってぶつかるほど、こっちに熱量は無いよ。 …好きにすればいい」
「レイ……あっ、モンドっ。 コホンっ…レイモンド…」
なんだ? 今のわざとらしい咳払いは…。
緊張した空気が一気に霧散したように感じられた。
「…ただ、いくつかアドバイスはさせて貰う」
だから、弛緩した空気をもう一度引き締め直す。 此処に一人でいる事には、それなりのリスクがある。
…それは紛れもない事実だから。
「…うん」
フィオナもそれは理解しているようで、直ぐに真剣な表情に入れ替わった。
「じゃあまず、場所を変えよう」
「変えた方が良いの?」
「あぁ。 此処じゃ近すぎる。 …もっと戦場から離れた方がいい」
「…それじゃ殆ど何も見えないけど」
「見たいのは戦闘じゃなくて戦況だろ? …なら十分だよ」
「分かった…」
素直に従うフィオナとリアを連れて、移動を始める。
残りは走りながら説明する事にした。
「まず一つ…見極めのタイミングだけど、実際に砦が占拠されたり、貴族全員が敗走してからじゃ遅いってのは分かるだろ?」
「うん。…そりゃそうだよね」
「だから、目安なんだけど…まずあのおっさんが砦に引いたら黄色信号。 その後、貴族が二人以上砦から離れるような事があったら…もう駄目だ。 多分撤退準備に入ってる。 直ぐに村まで戻ってくれ」
「分かった」
「後は潜伏だけど…万が一敵に補足されたような気配があったら、逃げろよ?全力で。 …間違っても闘おうとするな」
「いや、大丈夫でしょ…。 今もこんな離れてんのに。 バレる訳ないって」
「通常ならそうだな…。 でもあっちには魔道具がある。 …油断したら駄目」
立ち止まってフィオナの顔を見る。
「…分かったか?」
「…うす。 分かったわよ」
フィオナは顔を逸らしつつ頷いた。
「それじゃ最後。 …もし何も変化が無くても、丸一日経ったら村に戻ること。 まぁ、それまでには俺達が戻ってきてるだろうが」
「…一応聞きたいんだけど、それって何で?」
「フィオナに長時間の隠密行動は無理だから。 …まだな」
「…オッケー。 分かった」
最後はフィオナも、はにかんだ笑顔を見せる。 …その表情は、何故か晴々として見えた。
「心配しなくても、言われた事は守るから」
「あぁ。 そうしてくれ」
「フィオナ。 無茶はしないでね?」
「分かってる。 てか、やりようがなくない?」
リアとフィオナが笑い合っている。
…さっきの怒られる
「じゃあ、フィオナ。 俺らは行くから。 観測地点はここの上で良いと思うぞ。 戦場も砦も俯瞰出来る」
指をさして場所を示し…
「うん…。 そうする。 …二人とも、気を付けてね」
「おう」
そして、フィオナを残して走り出す。
「…レイ様、嬉しそうですね」
リアが突然そんな事を言い出した。 …まぁ、それなりに楽しくはあるのだが。
「…また心を読んだな?」
「何言ってるんですか。 …そんなに顔に出しておいて」
「…マジ? 顔に出てた?」
「はい。 バッチリ」
それは、ちょっと嫌だな。 …間抜け過ぎる。
「…何が、そこまでレイ様の琴線に触れたんですか…?」
リアが真剣な口調で尋ねてくる。
琴線って…そんな真面目に話す事でもないと思うんだけどな…
極めて単純で簡単な、俺の好みの話でしか無い。
「…別に、ただ…自由にやりたい事してるヤツを見るのが、嫌いじゃないってだけでね」
…ただ、それだけの事
「やりたい事を…」
それっきり、しばらくリアとは会話をする事なく…歩を進める。
「我が儘に…」
そう呟かれたリアの言葉には、反応せずにいることにした…。
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