魔力と呼ぼう

 「やっばぁ…。 ホント化け物だよね、あのおじさん」


 フィオナが、地面から感じる衝撃に身体を揺らしながら呟く。


 軽口を叩きながらも、視線は目の前の戦闘から一瞬たりとも外さない。 …かなり集中しているようだ。


 …まぁ、それは俺も同じなのだが。



 俺達三人は今朝…と言うかついさっき始まった貴族達の戦闘を絶賛観覧中。

 崖の上で草木に紛れ、俺を中央にした川の字状態である。


 最悪の場合…二・三日待つ事も想定していた為、この場所に着いて丸一日経たずに戦闘が始まった事は僥倖ぎょうこうだった。 

 …俺はともかく、リアとフィオナの二人は長時間の潜伏では精度が落ちる為である。



 そして、肝心要の貴族の闘いだが…こちらも想像の遥か上をゆく成果をもたらしてくれた。


 オーラともう一つの力の関係については、殆ど解明出来たと言ってもいいかも知れない。



 「さて、んじゃそろそろ…答え合わせをしようか」


 俺は戦場に顔を向けたまま、二人に言葉を投げる。


 「…はい。 自信ないですけど…」

 「答え合わせって言ってもね。 私は何も分かってないんだけど…」

 「じゃあ…フィオナはどう感じた?」

 「…ん~まぁ…デカいおじさんが光ったと思ったら?なんか急に強くなった気がして…でも実際に闘ったら想像よりもっと強くて…。 なんか地面粉々にしてるし…あと突然デッカイ武器が現われたり…ちょっと意味分かんないんだよね」


 どこか元気のない声でフィオナは答えた。 …表情は見てないので分からない。


 「…なるほど。 まぁでも、心配すんな。 フィオナはまだ上手く魔力を認知出来てないだけだ」

 「…まりょく? 何よそれ?」

 「あの力の事。 オーラより多彩で魔法みたいだろ?火ぃ吹いたりな。 …だから魔力と呼ぶことにした」

 「呼ぶことにしたって…。 私はそもそも魔法ってのからして知らないんだけど…」

 「…魔力」

 「リアも不満か…?」

 「いえ、わたしは好きですよ? 不思議な響きで」

 「あ~もう、何でもいいけどさ。 認知出来てないってどうゆうこと?」


 フィオナは痺れを切らし、こちらにしっかりと顔を向けた。

 仕方がないので、俺もちらりとフィオナの顔を見る。 …思ったより深刻そうな表情をしていた。

 

 自分だけが魔力を感じ取れないことに、焦りを覚えているのかも知れない。


 …気にすることないのに


 「…そのままの意味だよ。 オーラを習得する前に、俺の強さを感じられなかったのと同じ。 …魔力を覚えてないから、魔力で闘ってるあいつらの強さも上手く測れてない」

 「…っ どうすればいいの…?」


 なんか、フィオナが珍しく弱った顔を見せる。

 …本当に珍しいので、このままもう少しからかってやろうかと考えていると…隣からの視線を感じた。


 「…レイ様??」


 …当然リアだった。


 何やら目が据わっていたので、フィオナを苛めるのはやめることにする。


 …心が読めるのか?


 「いえ、何か嬉しそうな気配を感じただけです」

 「…………なるほど」


 …リア、こいつなかなか恐ろしいヤツなのかも知れない…。


 「…べ、別に…さっきも言ったけど、心配しなくていいよ。 …これも前に言ったと思うけど、フィオナは鈍い訳じゃないんだ。 自分に感じ取れないものに対する共感がほぼゼロなだけで。 …でも一度“ある”と知ってからの覚えは悪くない。 オーラの時もそうだったろ?」

 「…褒めてんのか貶してんのか、どっちか分かんないんですけど?」

 「褒めてるよ。…どちらかと言えば。 まぁとにかく、今回フィオナは魔力の存在を認識した。 後は、野生のカンがなんとかしてくれるさ」

 「やっぱ馬鹿にしてるよねこいつ…!」


 元気になったフィオナを無視して、戦場に視線を戻す。

 視界では、大男が相変わらず戦闘を繰り広げている。


 「で、リアは…何か分かったか?」

 「はい。 まず、あの魔力…。 レイ様が言うように恐ろしく多彩です。 炎や武器は実際に生み出してますし…あと、人が突然移動するのも魔力、ですよね? オーラであんなこと、出来るとは思えませんから」

 「…そうだな。 オーラじゃ無理だ」


 

 俺はオーラについて全てを知っている訳じゃない。 …が、それでも…なんとなく分かる。 

 …オーラを魔力の様に多様に変質させることは出来ない。 …これから先も多分無理。


 …オーラには出来ない。

 

 オーラに出来るのは、進化させる事だけ。もっと単純に…ただどこまでも磨き上げ、研ぎ澄ませることが出来るだけだ。


 

 

 …でも、だからこそ…何より奥深い…


 

 

 俺は魔力を知ったからと言って、オーラの重要度が下がったとは思っていない。 

 むしろ逆…。 二つの力は表裏一体で、どちらが欠けても、目指す高みへは至れないのだという思いが…胸中を満たしていた。


 

 

 「そして、その魔力を操っているのが…あの道具、ですよね? 形は色々みたいですけど…」


 俺がオーラについてほんの少し思いを馳せていると、リアが核心に踏み込んだ。 

 

 

 そう…。 それこそが、この闘いで得た最も大きな収穫。


 魔力にアプローチ出来る、道具の存在…。


 是非とも手に入れたいが、戦場に押し入るには少しの懸念材料がある。 フィオナにああは言ったものの、俺も魔力の知覚を完璧に出来ている訳じゃない。 

 

 今も戦場全体を、魔力の膜の様なものが包んでいる気がするのだが…その全体像すら分からない有様なのだ。

 あれが仮に索敵や攻撃察知に類する能力ならば、奇襲は成立しないだろうし…。 俺には及びも付かない効果で足を掬われる可能性もある。


 簡単なのは、未だ砦内にいる貴族から奪う事なのだが…それは流石にエドウィン達に負い目を感じてしまう。


 

 …なんて…まぁ、実はもう考えがあったりするのだが。


 

 「…道具ってあの、おじさんがつけてるネックレスとか、沢山いる剣持ちのヤツの事よね?」

 「…あぁ、そうだよ。 分かってるじゃん」

 「オーラがあの剣とかに吸収されるとこまでは分かんのよっ。 …そっからが分かんないだけで!」

 「…オーラを魔力に変換してるんでしょうか?」

 「いや、多分さっきリアが言った“操ってる”ってのが近いと思う。 魔力はあの道具から発生してる訳じゃないからな、集めてるだけだ」

 「…つまり、オーラを…道具を動かす為だけに使ってるってことですか? …なんか凄い贅沢な気がしますね…」

 「確かに…その通り。 オーラを燃料に使う、贅沢なことだ…。 …でも、そうするだけの価値はある」

 「はい…。 あの男も、魔力を纏っただけで強さが桁違いになった…。 全く、手出し出来ないほどに…」

 「なんだ、リアはあんなもんに魅力を感じるのか?」

 「……どういう意味ですか?」


 リアは、少しからかう様な口調で問うた俺の横顔を見つめ…問い返してくる。

 …その視線を感じつつも、俺は戦場から目を逸らさない。


 「リアは、あの大男の使う能力ちからを脅威と思うわけだ」

 「…違いますか? だって…わたしでは絶対に勝てません…。 レイ様だって…、レイ様なら…勝てますか?」

 「んー。 まぁ、無理かな」

 「じゃあ…」


 あの男の身体を覆う魔力の鎧を貫くのは、今の俺では無理…。 俺の全身のオーラを一点に集めた攻撃力より、魔力の鎧の防御力の方が勝っている。 

 …現状では鉄壁。 負けるつもりはないが、勝つことも出来ないだろう。


 「じゃーあんまり偉そうなこと言わない方が良いんじゃないのぉ? ねー?」


 フィオナが嬉しそうな声を出している。 顔を見るとイラつきそうなので、振り向くのはやめておいた。


 「話の腰を折るなよフィオナ。 リア、重要なのは“今”勝てるかどうかじゃない。 あれが魔力の使い方として有効なのかどうかだ」

 「魔力の、使い方…」

 「ハッキリ言って、あの程度の事オーラだけで再現出来るんだよ」

 「いや無理でしょっ!」

 「無理じゃない。 お前にも出来るようになる」

 「…マジ?」

 「……フィオナはオーラを舐めすぎだな」

 「…………」


 …まぁ、あんな闘い方、出来たとしてもさせる気は無いが


 「分かるだろ? オーラで出来る事をわざわざ魔力を使って実現してる。 …要するに無駄遣いって事だ」

 「…そうでしょうか? もしあの人が、レイ様と同等のオーラを持っている場合を考えたら、とても無駄だとは思えませんが…」

 「リア、それは本気で言ってんのか? …だとしたら観察が足りな過ぎる」

 「えっ…?」


 尚も疑問を呈するリアを少し強めに咎める。 

 議論は歓迎だが今の質問はいただけない。 

 

 ……リアに分からない筈がない。

 

 「よく見ろ。 今あのおっさんは少しでもオーラを纏ってるか?」


 眼下の大男を指差し尋ねる。


 「…ぁ、いえ…。 オーラは…纏ってない…?」

 「魔力にばかり眼がいって意識出来てなかったんじゃないか? あの能力ちからを発動させてからはずっとそうだ。 オーラの代わりに魔力を纏ってる」

 「…つまり。 えーと…。 オーラと魔力は、併用出来ない?」

 「ちょっと違うだろ。 同時に纏う事が出来ないだけだ。 つまり‥‥」

 「ちょ、ちょっと待ってっ! ホントに! 勘弁して?マジで…。 分かんないから、ホント。 疎外感がエグいっ…!」

 「………」


 フィオナが俺の顔の前に手を掲げ、強引に会話を遮る。


 ちょっぴりムカついたが、少し話がごちゃついてきていたのも確か…。

 …フィオナを置き去りにするのも、本意ではないし…。


 

 …仕方ない


 「分かった…」


 俺は現在の位置から下がって、中腰になり二人に向き直る。

 二人もそれに合わせて、身体を少し横に向けた。


 「…じゃ、こっからは俺がまとめて話すよ。 …リアもそれでいいか?」


 リアに顔を向け了解を得る。 リアはほんの少し悔しさを見せながら、首肯した。


 「…それじゃ、さっきの続きだが…。 あの男がオーラを纏っていないのはフィオナにも分かるだろ?」

 「…うん。 オーラは見えないね」

 「それはあの男が意識的にやってる事じゃない。 あの程度の熟練度の人間が、全身のオーラを体内に留め置くなんて技を使える訳がないし。 そうする理由も見当たらない。 実際、能力発動時に集まった魔力で、オーラが蓋をされる様に体内に収縮するのを観測済みだ」

 「スゴ…」

 「つまり、オーラと魔力を同時に身に纏う事は出来ないと結論付けられる訳で…」


 …今のところは…と、心中では付け加えておく。 


 「そうなると、二者択一だ。 どちらが一方しか使えないなら…オーラの熟練度が上がる度にあの能力の価値は相対的に下がっていき、超えた時点で…無価値になる。 それが…俺が魔力の使い方としてどうかと思った理由。 …の一つだな」

 「一つ…?」

 「まだあんの?」

 「あぁ。 もう一つは、あの道具…魔道具が使い手によって性能が殆ど変化しないってこと」

 「また知らない単語が出てきたんですけど?」

 「魔法を使う為の道具だから魔道具。 ただ道具じゃ味気ないし、分かりやすいだろ?」

 「…安直の間違いじゃないの?」

 「ははっ」

 「なに笑ってんのよっ」

 「もうっ、フィオナいいから…。 レイ様、話を進めて下さい」

 

 珍しくリアがストッパーになる。 それだけ続きが気になるってことだろうか。


 「…これはフィオナにはピンと来ない話になるが…あの大男の纏ってる魔力の鎧は、戦闘開始時と今とで全く変化してない。 …知っての通り、オーラは精神状態に影響を受けるもんだ。 そのオーラを燃料に使ってる割には、あまりにも安定してる。 本人はあんな感じなのに」


 三人で闘っている、と言うか暴れている大男を見る。 男の全身からは、焦りと苛立ちが見て取れた。


 「…更に分かり易いのは、あの大量にある短剣型魔道具だな。 全部同じ威力…ほとんど。 使い手のオーラの熟練度は、バラバラにも関わらずな」

 「……本当だ。 なんで気付かなかったんだろ…」

 「ここで、確かにって言えないのが辛い……泣いていい?」

 「……後にしろ」


 フィオナはともかく、リアは割とショックがデカそうだ。 


 …まぁ、無理もない。かなり単純な見落としだ。

 普段のリアなら間違いなく気が付いていただろうが…戦場を飛び交う魔力の痕跡を追うことで、精一杯だったのかも知れない。

 

 「…とにかく、それが魔道具の強みと…弱みだ。 使えば誰でもスーパーマンだが…成長しない。 まぁ当然だな、道具はレベルアップしたりしない」

 「…だから、価値がない」

 「いやっ、価値がないとは言ってないよ。 …言ったか?」

 「言ってたね」

 「……じゃあそれは取り消そう。 現段階では、オーラに出来ないことが出来る魔道具に魅力を感じるってだけで…価値がないかは分からない。 今分かってる事が全てじゃない可能性もあるからな」

 「さっきは無価値になるって言ったクセに…」

 「うるさいなっ!」


 …揚げ足を取るんじゃないよ、まったく


 「…まぁとにかく、俺の話は終わりだ。 なんか質問は?」


 二人の顔を見る。 …リアの顔が少し暗い。 余計な事を考えてそうだ…。

 …だが、今俺が変に声をかけるべきじゃないだろう。


 

 さて。 特に質問がないなら…。



 「無ければ、そろそろ移動しようか」

 


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