戦が始まる?

 山を駆け下り、野を走り、二人に影を踏ませることもなく、サレオン村へと最速で到達する。 …だが。


 村の雰囲気に…違和感を覚える。


 …なんかあったのか?


 普段とは明らかに違うひり付いた空気。 今朝出発した時にはなかった緊張感が、村全体を包んでいた。


 状況を確かめたかったが、取りあえずは二人の到着を待つことにする。 

 緊張感に満ちてはいるが、緊急性は感じられない。 今すぐ動かなければならない事柄ではない筈である。


 

 そうしてしばらく待っていると、二人が並んで帰って来る。 追いつく事は途中で諦めたのか、随分のんびりした走りだった。


 「遅いぞ。 競争だって言っただろ?」

 「…アンッタね~、それ今言う?! 急に走り出しといて。 第一声それでいいのっ?ホントに?!」


 まだ怒ってるみたいだ…まぁ、ここは素直に謝っておくとしよう。


 「……んあー、いや。 …悪かった。 ただの冗談だから、本当に」

 「…本気で思ってんの?」

 「勿論。本気で思ってる」

 「…ウソくさ~。 はぁ、もういいよ。 リアにいっぱい愚痴聞いてもらったし…」


 …以外にあっさり許しを得る。 引きづらないのがフィオナの長所かもしれない。


 

 「レイ様…これは…」


 俺とフィオナのやり取りを余所に、リアはいち早く気付いたようだ。


 「あぁ。 何かあったみたいだな」

 「…はい。 何でしょうか?」

 「それは分からない。 取りあえず、家まで戻ろうか」

 

 そう言って、歩き始める。


 「? ちょっと…どうかした?」


 そう言って呆けているフィオナには、村を指差して一言、「気配」とだけ伝えた。


 ほんの一瞬、疑問符を浮かべるフィオナだったが…すぐに気付いたようだ。 少し顔を曇らせながら近づいて来る。


 「ごめん。 全然気付かなかった…」

 「気にしなくていいよ、敵意があった訳じゃないんだから」 

 「うん…でも、やっぱりちょっと悔しい」

 「…そう思ってるなら大丈夫だ。 フィオナは鈍い訳じゃない、ピントを合わせるのが苦手なだけで…。 すぐに慣れる」

 「……ありがと。 なに?…なんか優しくない?」

 「別に普通だが。 …まぁ、普段から優しいってことだろーな」

 「違うでしょ? 普段は生意気なんだから」

 「…クソ生意気な女がなんか言ってる…。 リア、助けてくれ。 やっぱりコイツは話にならない」

 「え? わたしですかっ? …いえ、わたしは生意気とかより、ただ…羨ましいなって思います、けど」

 「「羨ましいっ?!」」

 「はい。 …仲が良くて、羨ましいです」

 「羨ましい…だと?」

 「リア、それは違うって…」



 …とりとめの無い会話をしながら歩く。


 流れていく村の景色は、表面的にはいつもと何ら変わらなくて…それが余計に不気味に感じられた。


 

 

 


 

 「ただいま」

 「ただいま~」

 「ただいま戻りました」


 「お、おー!? 帰ったかぁ! 良かった。 今日帰って来なかったらどうしようかと思ったぞ!」

 

 扉をくぐるとすぐ、エドウィンがかなり焦った様子で駆け寄ってきた。

 だけど、その辺りは想定済み。 エドウィンを両手で諫めると、早速本題へと入る。


 「それで、何があったの?」

 「あ、あぁ。 昼頃に騎士が来てな…。 戦が始まるってんで、それで…この村を使わせて貰うって、そんな話になってよ」


 …戦で、村を使う…。 つまり、接収されるということだろうか?


 「使わせて貰うって…それってどの位の期間の話? もしかしてずっと?」

 「…いや、それは戦が終わるまでだと言ってたがよ。 …とにかく明日から仮設で小屋を建てなきゃならねぇし、騎士が来てからは食事の用意もしなきゃならねぇ。 この家も今まで通りには使えねぇはずだ。 他の村人と一緒に住む事になるか、最悪追い出されて野宿しなきゃならん…なんて事にも…」

 

 エドウィンは眉間にしわを寄せ、深く溜め息をつく。


 …取りあえず接収ってことではないようだが…。

こんな前線でもない村にまで、兵士を駐留させるのが普通とも思えない。

 エドウィンも、かなり動揺しているみたいだし…。

 

 「父さん。 今までにこんな事ってあった? こんな…兵士が村を占領するような事」

 「いや、無いな。 初めてだよこんなことは…」

 「初めて…そもそも前に戦争があったのはいつ、なのか…。 …父さん分かる?」

 「おう、そうだな… 親父の代に一度あったって話だが…それもこんな風にはなってなかった筈だ。 あぁ、そんな事親父は言ってなかった、間違いねぇ」


 …最低でも三十年以上は戦争がなかったということか…。 

 はっきり言って以外だ。 完全なる偏見ではあるが、もっと頻繁に行われているものと確信していた。

 

 いや、戦闘自体は割と起こっているが、ここまで影響が拡大する事は稀だ、という可能性もあるか…。


 …だがいずれにしても、異常事態。


 「父さん、取りあえず…避難しようか」

 「はぁ? 避難て…なんでだ?」

 「アケロスの中腹にある拠点キャンプだよ。 俺達がたまに泊まる、知ってるでしょ? あそこなら安全だし、家族とうちで面倒見てる奴隷の人達くらいなら、余裕で生活出来る」

 「待て待てまて、違う。 俺は何故だって聞いてるんだレイモンド」


 …何故かだって? 危険だから以外に何がある


 「…そりゃ危ないからだよ。 オーラは知ってるでしょ? 一人実力者がいたら、一瞬で勝負が決まる可能性だってある。 最初から避難しておいた方が確実だ」

 「……レイモンド。 お前の言いたい事は分かる。 お前が俺達を心配して言ってんだってこともな。 …だが今避難は出来ねえ」

 「…なんで?」

 「なんで?…ハハッ。レイモンドっお前簡単なことを忘れてるぞ? 凄く単純なことだ。 それはな…勝つか負けるか、まだ分からんということだっ」


 真顔で尋ねる俺に、エドウィンは声に出して笑い、答えた。


 …そんなこと、俺にだって分かってる


 「もし、お前の言うとおり避難したら…明日からの作業、その手伝い、俺達は参加しない事になる。 そしたらもうこの村には帰れない…例え戦に勝ってもな。 …当然だ。 村が大変な時に居なかった奴など…信頼される訳がねぇ」


 …分かってはいたが、この村に住めなくなる可能性なんてもの…俺にとって考慮に値しなかっただけでの事で…。


 いや、やっぱ分かってなかったか…。 エドウィンにとってこの場所が、どれくらい大切なのか…。

 

 …故郷だもんな、当たり前か


 

 仕方ない。


 「…分かった。 じゃあ、避難はいいとして…俺達はその手伝いってのには、参加しないよ」

 「…俺達ってのは? ってか手伝わないつもりかぁ?」

 「俺達ってのは、俺とリアとフィオナの事で、手伝わないのは…戦場に行くから」

 「お、おいおい。 バカ言うなよっ!? 駄目に決まってんだろぉ!? 何考えてる?!」

 「大丈夫だよ。戦闘に参加する気はないから」 


 …今のところは


 「ただ貴族の戦闘を見たいのと…あとは、戦況の把握の為にね」

 「いや、しかしなぁ」

 「もし、こっちの敗戦が濃厚になったら直ぐに戻ってくるよ。 その時にまた、避難の話をしよう」

 「…………」

 「…これは絶対に必要な措置だから。 反対されても、結論を変えるつもりはないけど‥‥」

 「っ分かったっ! …分かったよ。 …お前が自分の意見を曲げたことなんてねぇからな」


 エドウィンは呆れたように笑う…


 「…好きにしろ。 ああ、お前達三人分の穴くらい、こっちはどうにかしてやるよ。 …全く。 神獣の生息地に家建てるわ、フィオナにもオーラってのを教えるわ。 そんで遂には戦場にってかぁ? …レイモンド、お前はどこまで行くんだろうな…」

 

 …そして、俺をどこか遠い目で見つめた。


 どこまで行くのか…難しい問題だ。 俺は俺の辿り着きたい場所へと歩くだけ、目的地が近いなら…歩く距離は少なくて済む。


 …でも、実際はそうはならないだろうから…


 答えは多分…遥か遠く、どこまでも。


 

 「…それで? いつ出発するんだ? 流石に今日は家にいるんだよな?」

 「いや、直ぐに出るよ。 早い方がいいから」

 「…………そうか、分かったもう何も言わねぇ。 …気を付けて行って来い!」

 

 エドウィンとの話を終えて振り返る。 リアとフィオナの二人は、口を挟むことなく待ってくれていた。


 「もう、…全部一人で決めるんだから」

 「…訓練の一環だからな」


 すれ違いざまに呟かれたフィオナの言葉には、唯一言で返しておく。


 そして、そのまま家から出ようと扉に手を伸ばす。 が…先に外側から扉を開けられてしまった。


 扉の外には、食事の準備をしていたアンナが立っている。


 「わっ、びっくりした~。 …どうしたの?レイモンド。 もうすぐ夕食出来るわよ」


 アンナは、俺達が外に出ようとしているのを見て尋ねる。

 

 「あー、いや。 実はまた家を出ることになって、詳しいことは父さんに聞いて」

 「出かけるの? 帰ってきたばかりでしょ?」

 「まぁそーなんだけど。 行かなきゃならない場所があってさ…全部父さんに話してあるから」

 

 …もう一度同じ話をするのは御免だ


 「…そう。 でもお母さん、レイモンドから直接聞きたいな」


 勘弁してくれ…と、そう思うが…アンナは扉の前に立ち塞がり通してくれる気はなさそうだった。    …はぁ。


 「…戦場に行きたいんだ。 俺自身の興味もあるけど…戦況が分からないと、何かあったときに対処出来ないから」

 「……そっか。 うん、分かった。 良いんじゃないかしら」


 …おや? 以外とあっさり納得してくれた。 有り難いことだが。


 「あ、うん。 ありがとう。 じゃあ、行って来るから」

 「でも、別に今行く必要はないんじゃない?」


 と思ったら、別の所に引っ掛かられた。


 「いや、早いほうが良いんだよ、母さん」

 「…そうかしら、今日の昼ごろに騎士がやってきたのよ? 戦いになるから、その準備するんだって言って。 本当に今行かないとどうしようもないの? これから皆でご飯を食べて、少しゆっくりして…そんな時間もないのかしら?」


 ……そんな風に言われると、強く否定する根拠もないのだが…。


 「お母さんね、いつも思ってることがあってね…。 そうっ、レイモンドはもう本当に賢くて、強くて、格好良くて、天才で、あとは…そう!何でも出来て~、それで‥‥」

 「ち、ちょっと、なに? いきなりっ恥ずかしい」


 …突然の精神攻撃は辞めてほしい。


 「ふふっ、だからね。 レイモンドは凄い子だけど…。 うん…、たまにあわてる事があるなって、そう思うのよ。 あなたはまだ子供なんだから…もう少し、立ち止まってみてもいいんじゃない?」


 …これまでの俺を見てきて、これ程ハッキリと子供扱いが出来るのは、アンナが鈍いのか、或いは認めたくないのか。 ……それとも…。



 「お母さんに賛成~。 そんな急ぐことないよ、絶対」


 後ろで、フィオナがアンナに賛同する。


 「…リアはどう思う?」


 振り返り、尋ねる。


 「…わたしは、わたしも…戦いが始まるなら休息はあってもいいんじゃないかなと…。 今日明日の差で、レイ様が何かを取りこぼすなんて事も…ないはずですから」


 …なるほど…。 …早まってたってことか


 「…分かった。 …じゃ今日は家に泊まろう。 出発は明日の早朝ってことで、二人とも身体を休めといてくれ」

 「よっしゃー。 家で寝れるー」

 「よかったっ。 じゃあレイモンド、ご飯もうちょっとかかるから、座って待っててね」


 

 確かに、出発を明日に伸ばしたところで、そこまでリスクは上がらないだろう。

 二人を連れて行くなら、心身の状態も考慮すべきだった。 


 …それに、俺自身…無意識に気が急いていたんだろう。


 「レイ様も、しっかり休んで下さいね? 何があるか、分からないんですから」


 リアが隣に来て、俺の身を案じるように見つめてくる。

 

 「分かってるよ。 …でも、もしかしたら眠れないかもな」

 「…? どうしてですか?」

 「いや、そろそろ見たいと思ってたんだ…俺達以外の能力者」


 この世界での戦闘を、観られるということに…。


 

 …ただ純粋に、観てみたかった。 

 

 この世界の進化を…。

数百年にも及ぶ…知識の蓄積と、その研鑽の成果を…。











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