芋と猿

 「ねぇー!? 見て!みてみて! レイモンド~!? こっちっ来てっ! 速くっ!?」


 辺りにフィオナの声が響く。 


 俺達が今居るここは、アケロス連山中腹の平野部に構えられた拠点キャンプ。 

 リアとフィオナがオーラを覚え、本格的にアケロスの探索に乗り出した際に作った…言わば活動の中継地点である。

 今では此処に毎日訪れる。 偶に寝泊まりすることもあるほどだ。


 因みにオーラだが…リアが一年と少しで。意外だがフィオナも一年半ほどで習得を終えた。 フィオナが予想より早かったのは、ひとえに俺の修行法が良かったからである。


 …とりあえずそう思うことにしていた。


 

 「…どうしたー?」


 フィオナに呼ばれるのは慣れたものだが、ガッカリさせられる事の方が多いので、事前確認は怠らない。 …だと言うのに

 

 「いいからっ! ちょっと来てよっ!」


 用件を聞いても、ただこっちに来いと手振りを交えて叫ぶのみ…。

 例え無視しても、フィオナは叫び続けることだろう。


 …まったく


 まるで気が進まないが、仕方がないのでフィオナの元に向かう。


 「……なに?」

 「これ! 凄いでしょ!?」


 そう言うと…フィオナは満面の笑みで、地面から掘り返したばかりの、豊かに実った芋を見せてくる。 


 …これは…山頂付近で採ってきたジャガイモみたいなヤツっ


 「…ぅお…うおお!」

 「ね? ねぇー!? 凄いっしょ!? やるでしょ?!」


 …やるでしょ? 何か引っかかるが…今は素直に喜ぼう。

 

 「初めてだな…こんな綺麗に実ったの」

 「そーだよ! 見てみこれ~!?」


 二人で喜びを分かつ。 フィオナが腰に抱きついてきて暑苦しいが…まぁ、許す。


 まさかフィオナに嬉しいサプライズを受けるなんて、夢にも思わなかったのだ。 喜びのダブルパンチで、自覚出来る位テンションが上がってしまっていた。

 

 「ねぇっ、リアも呼んでくるねっ?!」

 「おー。 呼んでこい呼んでこいっ」

 

 腰から離れ、駆けていくフィオナを見送りながら…俺は一人感慨に耽る。

 

 …多分、始めてから二年くらい掛かったはずだ 


 完全なる門外漢。全く取っ掛かりが無かったからか、ある意味でオーラ習得のよりも難しかったかもしれない。

 そして、だからこそ…想像以上に喜んでしまった。

 

 

 ……二年。 というか…もう四年、か


 

 流れで少し昔のことを思い出してしまう。 

 

 あの日、リアを家に迎え入れてから…およそ四年の月日が流れた。 …だから俺も、今や十一歳といくことに…。

 いや…まだ十一歳、ではあるのだが…この世界に生まれてから十一年経ったと思うと、ほんの少し感傷的になったりもするものだ。

 

 

 この四年、俺達は主にオーラの修行ばっかりをしてた訳だが…実は二年程前から、もう一つ取り組んでいたモノがある。


 

 …農業である。


 

 …少し盛ってしまったかも知れない。 

 実際には、アケロスの森や山岳の方から採ってきた自生植物を、適当に植えまくっていただけに過ぎないのだから…。

 

 だがそれでも、俺達は無知なりに真剣に取り組んでいたのだ。 そして…今少し報われた。 …まぁ少しぐらい浮かれてもいいだろう。

 


 「ほらー見てリアっ。 出来た!」


 リアを連れて帰ってきたフィオナが、自慢げに両手を広げる。


 …なんか、やっぱり…フィオナが成し遂げたみたいになってない?

 

 「わぁ~。 ホントですねっ、はぇ~、立派です!」

 「でしょー!? やるでしょっ!?」


 …ほら…また、やるでしょって言ったし


 「…………」


 まぁ、いいか。 フィオナはそういう奴だ。 いちいち突っ込んでたらきりが無い。


 

 「ほら~。 リアっ持ってみ」

 「ぅ、うん」


 目の前で二人がイチャついている。

 この二人…相も変わらず仲が良い。 最初の数週間…いや、数日はフィオナの方が警戒していた様子だったのだが…。

 蓋を開けてみれば、一年と経たないうちに今とほとんど変わらない関係を築いていた。 

 

 何がどうしてこうなったのかは未だに分からない。 何か二人に共鳴する部分があったのかも知れないし、逆に全く違う性格なのが良かったのかも知れない。 

 リアも、フィオナの明るさに救われているようだ。 


 そんな、リアにはデレデレなフィオナだが…俺への態度は相変わらず。…あれ以来一度もレイと呼ばれたことはない。


 少しは可愛げがあると思った俺の心に、たまには報いて欲しいものである。


 

 「レイ様っ。 良かったですねっ!」

 「ありがと。 リアもな」


 綺麗な笑顔でリアが祝福してくれた。 だから俺も、それを返す。 これに関して言えば、俺よりリアの方がよほど熱い思いを持っている。 

 …俺のは、ついでみたいなものだ。



 農業を始めたきっかけは、ただの思いつきだった。 森や山で見る作物がもし量産栽培出来たら、採りに行く手間が省ける。

 …その程度の、思いつき。 空いた時間を利用した、殆どママゴトの様なもの。

 

 だが次第に育まれた思いは、正に三者三様だった。 俺は、将来村を離れた際に自給自足できる作物を増やす為。 リアは、簡単に、沢山育てることが出来る作物を探し…いつか奴隷達の労働を減らす一助とする為。

 

 …フィオナは食事の献立を増やす為。


 思いは様々だが、個人的にはリアを応援したい。 村で大量に育てているあの麦、前の世界と同じものなのかどうかも俺には分からないが…どうも効率が悪い気がしてならない。 かけた手間と収穫量が見合っていない、そんな感覚だ。

 実際には保存期間などの問題もあって、単純な話ではないんだろうが…。


 それでも、リアの目指す作物が出来たなら…選択肢は広がる。 

 何を目指すにしても、それには必ず意味があるはずだった。


 

 「…おいコラ。 リアに色目使うなレイモンド」


 フィオナが物理的に俺とリアとの間に体をねじ込み、視線を遮った。


 …やからか、こいつは…


 「…色目ってなんだよ」

 「やらしい目で見るってことよっ」

 

 …知っとるわいっ


 「使ってないっつの」

 「男は皆そう言うから」

 「ははっ。 何を、男を知ってるみたいに」

 「~~~こんのぉ~~ぐぎぃ」


 面倒なので少し反撃してやったら、タコみたいに顔を赤くして、歯をこすり合わせている。

 

 …ふはっ。 なかなか気分がいいものだ


 「っもういい。 行こっリア」


 負け犬状態のフィオナが、リアの手を引いて逃げ帰ろうとするが…リアが動こうとしなかった為に後ろにガクッと戻された。


 「~っと …ちょっとリア?」


 フィオナは抗議の意を込めた眼でリアを見やるが…


 「…………」


 リアはうっすらと怖い笑顔でそれに応えた。


 「…えと、…リア?」

 「…フィオナ? 仲が良くてうらやま‥‥コホン…いいと思うけど、あまりレイ様を困らせないでね?」

 「え? …ぁ、ん?」

 「…うん?」

 「はい。 すいません」


 …ふむ。 二人の関係だが…どうやら変わったものもあるようだ。 

 …パワーバランスっていうやつが。

 



 …さて、それはともかく。 …時間だ。


 そろそろ山を降りないと、夕食に間に合わなくなる。 ここで一夜過ごす事もあるとはいえ、特に理由がなければ毎日帰るようにしているのだ。

 

 「よしっ、そこまで。 そろそろ帰ろう」

 「はい。 そうですねっ、お腹も空いてきましたし」

 「お、オッケー。 …ナイスタイミング~」


 二人に声を掛け、出発の準備を整える。 準備と言っても、解体した肉を持って行くくらいのものではあるが…。 

 最近は動物の解体はここで行うようにしていた。 村では、骨や内臓の処理が面倒だからである。

 

 

 準備を終え、下山しようとしたその時… 

 

 「なんか来るな…」


 …俺の警戒網に何かが引っ掛かった。

 

 「っ……」

 「なんかって何よ」

 

 俺の一言にリアは警戒を強める。

 

 …が、近づいてくる気配が馴染みのあるものだと気付き…


 「あ、ごめん。 だったわ」

 

 リアに謝罪した。


 「…ふぅ」

 「マジ? サル、久しぶりじゃんっ!?」


 俺の言葉を聞き、リアは安堵を浮かべ、フィオナは興奮している。


 

 そんな中…猿は猛スピードで距離を縮め、姿を現した。


 『猿』とは俺が付けたあだ名で…実態は二メートルをゆうに超える体躯を持つ、半二足歩行の獣だ。 体つきが猿を彷彿とさせるのでそう呼んでいるのだが…前世の猿とは決定的に違っている事があった。 

 …オーラを操る、という点である。


 彼らは神獣と呼ばれている種族だ。 エドウィンが言っていた通り、アケロスの山々では一定の標高を超えると、獣達がオーラを纏い出す。 何故そうなのかについては、今のところ全くの不明である。

 

 猿もその中の一種類なのだが、他の神獣達と違って…猿は当初非常に好戦的であった。

 他の神獣は警戒感が強く、殆ど姿を現さないのに対し、猿達はこちらを見つけるや否や、集団で襲いかかって来る。

 

 そして俺はその度に、殺さない程度にボコボコにして叩き返した。

 そんな事をしばらく続けていたら…俺達の間に何やら奇妙な関係が構築されていた。


 不可侵、或いは良き隣人の関係、と言うのが一番しっくり来るだろうか。 俺達も何もしないし、猿達も最早俺達を襲うことはしなくなった。


 そればかりか、時たま現れては『おすそ分け』をくれたりする。


 …丁度、今の様に。


 「サル~! 久しぶり~元気してた?」


 フィオナが全くの無警戒で猿に近づく。 別にそれを咎めるつもりはない。 敵意が無いのはフィオナも分かっているだろうから。


 …だが、随分変わったもんだ


 フィオナもリアも、猿達に初めて出会った時は、戦々恐々として俺の後ろに隠れていたものだが。


 実を言うと、あの猿達はかなり強い。 圧倒的な膂力とオーラ量…どちらも俺の数倍はある。

 だからこそ、オーラの質と使い方が重要になるのだが…フィオナとリアにはまだそこまでの技術はない。 一匹ならともかく、群れになると勝ち目は無くなる。


 

 猿はフィオナが近づくと、閉じていた掌を開き果物を差し出した。

 おそらく山頂付近で採れる果物だろう。


 「あっ美味しそう! ありがとね」


 フィオナはそう言って、猿の毛深い腕を優しく撫で…猿もまんざらじゃなさそうに鼻を鳴らす。 


 こうして見ていると、何だか凄くお似合いなんじゃないかと思ってしまう。 

 口に出して言ったら、フィオナは喜ぶだろうか、それとも怒るだろうか…まぁ面倒なので絶対に言ったりしないが…。


 

 そんなことを考えているうちに、フィオナが戻って来る。


 「お返しに今日採れた芋渡してきた。 別にいいでしょ?」

 「あぁ。 いいんじゃないか? 喜んでた?」

 「そりゃーもう。 あげたら早速一つ食べてね? ウッホウッホ言って喜んでたわ」

 「流石。 猿に好かれてるだけある」

 「…なに? 私って好かれてんの?」

 「そりゃあ、まさにお似合いの二人‥‥」

 「…は?」



 ──あ


 しまった。 直前まで頭にあったもんだから、つい口に出てしまった。


 …目の前のフィオナの様子を見るに…どうやら喜んではいないようだ。


 「レイ様…それはちょっと、違うんじゃないかなと…」


 リアまで敵に回るとは…


 …仕方ない。ここはひとまず。


 

 ……逃げるとしようか


 「さて、突然だが競争だ。 村までなっ」


 そう言い残して、全力で山を駆け下りる。


 

 直前に発せられたフィオナの叫びは、ドップラー効果でおっさんみたいになっていて…それも少し面白かった。











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