巡る季節~リア~
───レイ様との出会いは…わたしの全てを変えた。
日ごとに訪れる新しい衝撃が、わたしの中身を丸ごと入れ替える。 当たり前が…当たり前じゃなくなって、かつての自分と今の自分が混ざり合って、反発して…。
幸福と僅かな鈍い痛みで、たまによろけてしまうけど…でもそれが生きるってことなんじゃないかって、最近はそんなことを考える余裕もできてきた。
時間は目まぐるしく過ぎ去って…もうすぐ春。
わたしとレイ様が出会ってから、季節が一巡りしようとしていた…。
「ねぇーリアー!? ちょっとこっち手伝ってよぉー」
「は、はーい。 何ですかー?」
変わらない日常。 フィオナさんから手伝いを頼まれるのも慣れたものだ。
「これー。 お肉捌くの」
「あ、はーい。 いいですよ」
「ありがと。 もう私腕上がんないんだよね」
「ふふっ 今日は特別ハードでしたからね」
「くそー。 何でリアは平気な訳ぇ? 同じことしてんのにー」
「それは、ほら。 わたしの方が、ちょっと始めるのが早かったからで…」
「っそれだよ! あ~思い出したら腹立ってきた~!? あの、くそレイモンドぉ! 私はお姉ちゃんなのに~! あいつは弟のくせに~!! ふざけやがってボケがぁ…」
…く、口が悪すぎる…。 一体誰の影響なのだろうか? レイ様のお母様は穏やかな方だし、お父様も…粗野な所はあるけどこんなに荒れたところは見たことがない。
…だとすればレイ様? いや、レイ様もここまで直接的なことは言わないはず。 ……と思ったけど、もしかしたら言うかも。 レイ様は怒ると割と辛辣だ。
「あんな嫌がらせしてきて… どうせ私のこと面倒くさいって思ってるんだよ、きっと…」
「………」
正直返答に困る。 だってレイ様がフィオナさんのこと面倒くさいって思ってるのは、多分本当だから。 いえ、多分というのも嘘で…レイ様は、実際わたしの前でフィオナさんのこと面倒くせー、って言ってた。…すごい嫌そうな顔で言ってた。 …間違いなく本心だった。
てもそれは、兄弟のしがらみの中で思うところもあるってだけのことで…ほんとに嫌ってる訳じゃない。 そんなことフィオナさんも分かってるはずだから、今のもただの愚痴。
…だからこそ、返答に困ってしまうんだけど。
「フィオナさん。 …レイ様はフィオナさんのこと、嫌ってなんかないですから。 大丈夫ですよ」
「…リア…。 わたしは面倒くさいかって話をしてたのよっ!? あんたまでそうやって誤魔化してっ! ていうか大丈夫ってなによっわたしが心配してるみたいにっ!?」
…やっぱり、フィオナさんって若干面倒くさいのかも知れない。
…でも、そんなの関係ないくらいに、明るくて、楽しくて…大好きな人でもあるんだけど。
「はぁ…。 それよりもさ、リア。 また、さん付けで呼んでるよ?」
「あっ、ごめんなさい、えと、フィオナ…」
「やっぱ慣れない?」
「…うん。 まだちょっと…。 レイ様のお姉さんってところが…なんだろ、かしこまっちゃうのかな?」
「レイモンドのことも呼び捨てで呼んでやればいいのよ。 あいつもそれでいいって言ってるんでしょ?」
「それは…そうですけど。 …でも、駄目です」
「…ついそう呼んじゃう、ってことじゃないんでしょ?」
「うん。 …わたしがそう、お呼びしたいんです」
「はぁ…。 私のとは違う訳だ。 まったくレイモンドなんかのどこがいいんだかなぁ。 あんな生意気なヤツ」
「ふふっ。 フィオナが言っても説得力ないですね」
「っ何言ってんの!? どういうつもりでっ、どういう意味を!?」
「フィオナ。 落ち着いてください? 何言ってるか良く分からなくなってますよ?」
「……うぐっ…あーもう。 とにかくさ? 半年近く経つわけじゃん? 私が修行に参加してから…。 だから、慣れて欲しいなって…思ったりもしちゃうわけよ。 …リアを困らせたい訳じゃないからね?」
「…うん。 わかってる。 ごめんなさい、色々あべこべで…」
「いや、気にしないでっ本当に! 私も、もう言わないから、ごめんね?」
互いに謝りあって、止まっていた手を動かす。 レイ様が帰ってくるまでに、作業は終わらせなければいけない。
でも、黙々と手だけを動かすなんてこと、フィオナに出来る訳もなくて…
「………」
「…ねぇリア? なんか話して?」
「えっ? えー、じ、じゃあ、もう半年経つんだなぁ、とか?」
「半年? 何の話?」
…いやっ、あなたがさっき言ったことでしょう!?
「あの、フィオナが修行に参加して半年…」
「あーその話? そーよ半年よ? 長い半年だったわよね」
「…フィオナはそうなんですね。 …わたしは、本当に一瞬で…まるで昨日の事みたいです…」
わたし達は今、レイ様に修行をつけて貰っている。
基本的な体力強化と身体を効率良く動かす為の訓練。 そして…オーラを修得をする為の訓練。 毎日、レイ様がわたし達の為に考えてくれている。
始めはわたしだけ。 わたしの修行は、わたしがレイ様の家に入った後すぐに始まって…フィオナも最初は遠巻きに見ているだけだった。
でも、しばらくしたらフィオナが自分もしたいってレイ様に言いはじめて…。
…それでレイ様は、『絶対に嫌だ』と半年前まで言い続けた…。
フィオナは嫌がらせだって言うけど、きっと…そんな簡単な話じゃない。 何の力もない人間を導くのは、きっとすごく大変だ…。
だって、レイ様はいつもわたし達の身体を気遣ってくれている。 修行の後は疲れが溜まらないように、必ず身体をマッサージしてくれる。
それが、どれだけレイ様の時間と労力を削っているのか…わたし達には知るよしもないのだから。
「…きっとそれだけ新鮮だったってことよ。 私の生活もずいぶん変わったけど、リアとは比べ物にならないだろうから」
「はい…。 そうですね。 …本当に、いろいろな事が変わった…」
「…………あっ、リア…そう言えば、なんだけど……」
「? なんですか?」
珍しく、フィオナが言いづらそうな表情を見せる。
「あーうん。 なんか昔の話してたら急に思い出したんだけど…リアはもしかしたら聞きたくないかもしれなくて…」
「…そんな、気にしないでください。 大丈夫ですから」
「…わかった。 あの、ちょっと前の話なんだけどさ、…デールに会ったんだ。 その、村の集会で…」
「…デール」
「リア、大丈夫?」
「…ぜんぜん大丈夫です。 それで、会ってどうしたんですか?」
「…うん。 会って…リアに、俺が謝ってたって伝えてくれって…。 ひどい事して悪かったってさ」
「…そうですか」
デール。 わたしが奴隷として仕えた、最後の人…。
実は、デールとはあの後…話す機会があった。
レイ様の初めて会ったあの日。 レイ様に村から連れ出してもらって…そして歩いて村まで帰ってきたあの時。
デールは…行く時と全く同じ場所で立っていた。 わたし達を待っていたのか、ただ動けずにいたのか、それは今も分からないけど…
無視しても良かった。 実際レイ様も、気にせず歩けばいいと、そう言っていた。 でもその時のわたしは、一言…決別を突き付けてやりたかった。
多分レイ様という強い存在が隣にいて、気が大きくなっていたんだと思う。
だから、近づいて…言ってやった。
「わたしは今日からレイ様の家に行きます」って。
そしたらデールは、ただ涙を浮かべて、何度も頷いて…そのまま何も言わずに背を向けて歩いて行って…。
別に喧嘩がしたかった訳でも、何か行動を想像していた訳でもなかった。 なのに…何故か予想を裏切られたような気がして…気持ち悪かった。
涙の理由は考えないようにした。 それがどんな理由だったとしても、絶対に納得出来ないと思ったから…
でもその後、レイ様と二人で歩く村道で、レイ様が『思ってたのとは違ったか…』と、そう呟いて…。
わたしに向けられた言葉じゃなかったから、わたしも何も返さなかったけど…
…思った通り、納得なんて出来なかった。
「…で、どうする? 今度あったら蹴っといてやろうか?」
「いえっ いいです、そんな。 別にもう、ぜんぜん気にしてないですし」
「…そーなの?」
「はい。 彼にこの村に連れてこられなかったら…レイ様に会うことも‥‥」
圧を感じる… フィオナの据わった眼が怖い。
「も、もちろんっ。 フィオナに会うこともなくって、こんなに幸せじゃなかったはずです」
「ねー、そうよねー。 いやー実は私もさ、今けっこう幸せなんだよね。 なんか充実してるって言うの? そんな感じでさー」
フィオナはルンルンな表情で顔を揺らしている。 楽しそうなフィオナを見てるのは好きなんだけど、そろそろ作業を進めたい。 二人掛かりなのに、全くはかどっていなかった。
そんなことを考えてると……
「ただいま」
───レイ様っ…!
「─っ、レイ様。 お帰りなさい」
…レイ様が帰ってきた。
「あ、あの…すいません。 まだ仕事が終わってなくて…」
「ん? 仕事って、…解体か」
レイ様は、わたし達の足元に横たわる、未だ原形を残した動物を見て、すぐに理解した。
「…でも、これはフィオナがやる筈じゃなかったか?」
レイ様が少し呆れたような眼でフィオナを見ると…
「だって腕が上がんないんだもん。 これって練習量を間違えたレイモンドのせいになるんじゃない? あと、お姉ちゃんって呼びなさいよ!?」
「訓練メニューは最適だし、お姉ちゃんとも呼ばない」
フィオナがまくし立てて、レイ様がさらりと受け流す。 これも、もう見慣れた光景だ。
「っ…ぐぅ、ほんっとこの…くそガキ。 じゃあもういいから、あれやって? 身体触って気持ちよくするヤツ」
…なんだろう。 それは、言い方が良くない気がする。 なんとなくそんな気がする。
「…マッサージだっつってんだろ?」
「そう、それ。 覚えらんないんだよね。 何語?それ」
「はぁ…もう何も言わない。 とりあえず、いつも通り、諸々のケアは全部終わらせてからだ」
レイ様はそう言うと、人差し指と中指を立て、それを足元の動物に近づけていく。
「あっ、レイ様っ! それはわたし達がっ」
「いや、いいよ。 時間がもったいないし、ずっとこうしてると…肉も傷む」
そう言って、レイ様は動物の身体の横で指を走らせる。 スッスーっと空中で指を遊ばせてるようにしか見えないのに、動物の身体は…一瞬にしてバラバラになった。
…オーラの刃。
わたしにはまだ、それを見ることさえ出来ない。 だけどその切れ味の鋭さは、凹凸一つない肉の断面が…如実に物語っていた。
「いつも思うけどさ、最初からレイモンドがやればいいのに。 その方がすぐ済む」
「…いつも言ってるけど、これも訓練の一つだから。 次文句言ったらフィオナには抜けてもらう」
「あっ、ちょっ! 別に文句じゃないからっ!? 今日だってやる気だったんだよ?! ただリアと話すのに夢中になっただけで…ホントにっ!」
「分かった分かった。 分かったから、今切った肉、母さんに渡してきてね」
「う、うんっ。 オッケーっ、行ってくる!」
言うとフィオナは両手にお肉を抱えて走り去った。
その後ろ姿を見ながら、レイ様は大きく溜息をつく。
「…本当に、面倒くさい奴」
「でも、その分…楽しい人です」
「イラついたりしない?」
「…しないです、ほとんど。 フィオナのこと好きですから」
「良かったよ。 全くしないって言われないで。 もし言われたら、リアとの付き合い方を変えなきゃいけなかった」
「そ、それは、良かったです。 …正直に言って、ホントに…」
「それより、今日のオーラ感応訓練だけど‥」
ドクンっと心臓が跳ねる。
オーラ感応訓練…毎日していることだけど、訓練ではあるんだけど、わたしは…この訓練をしている時が一番幸せだった。
どれだけ辛い修行も、その時間があれば…いくらでも堪えられる。 そう断言出来るほどの幸福。
…わたしの生きる糧だった。
「‥今日はいつもより深く潜る。 リアも、集中して臨んでくれ」
……いつもより、深く……
思わず、生唾を飲み込んでしまう。 駄目だ、集中しないと…レイ様を失望させたくはない。
だけど、そう想えば想うほどに心臓は高鳴っていって…
「……はい」
…そう返すことしか出来なかった。
その後、フィオナがアンナさんの処から帰ってきて…わたし達は場所を移した。
…いつもの、場所に。
フィオナも…オーラ感応訓練という言葉を聞いてからは、さっきまでの騒がしさはどこえやら、真剣な表情でレイ様の後を歩いていた。
…絶対に言葉には出さないけれど、フィオナも間違いなくこの訓練が好きだと思う。
友愛でも、親愛でも…あと、‥‥愛でも。 少しでもレイ様に好感を覚えているのなら、逃れることなんて出来ない。 …出来るわけがない…。
わたしとフィオナが横一列に並ぶ、肩が触れるほどの距離で…。
そして、レイ様はわたし達の前に立ち…両手をそれぞれの頭の上に掲げる。
………来る…
次の瞬間…レイ様の掌から溢れたオーラが…………わたし達の身体に染み込んで…
「「んっ……」」
思わず声が漏れてしまう…。
…恥ずかしい!ホントにっ 毎日してることなのに、一向に慣れてくれない自分が憎らしい…。
…でも、仕方ない…こんなの。 どんなに身構えていても、どうしても身体が反応してしまう。
…レイ様のオーラが凄すぎるのが悪いんです。…わたしワルくない
オーラ感応訓練。
これは、レイ様のオーラを身体に取り込むことで、わたし達に強制的にオーラを知覚させる為のものだ。
そうする事で、オーラへの親和性を高め…やがて自分の中にあるオーラにも気づかせる。
実際にわたしも、今ではボンヤリと…自分に眠っているオーラを感じることが出来ている。…この訓練は本当に大切で、とても重要なものだ。
だけどわたしは、別の想いも抱かずにいられなかった。
だって、レイ様の…剥き出しのオーラと…心を感じることが出来るから…。
レイ様のオーラは本当に凄い。 恐ろしく研ぎ澄まされていて、触れるだけで切り刻まれてしまいそうなのに…実際はわたし達の身体を傷めるなんてことしない。
慎重に、傷つけないように…オーラを操ってくれているから…。
だから…繊細で、優しい膜に覆われているみたいに、身体にそっと溶け込んでゆく…。
恐ろしくて、強大な力のはずなのに…気付けば感じるのは、暖かな優しさだけ。
でもたまに、嫌な事があった日なんかは、オーラもその分ピリついて…。
とてつもなく凄いのに…どこか無防備で…。
そんな優しくて無防備なオーラだから…わたしは、そこにレイ様の心の面影を感じてしまう。
誰よりも強い意志と優しい心、そして…時々心配になるくらい明け透けな…その性格。
びっくりするくらい同じで、少し笑ってしまいそうになる。
でも…だからわたしは確信出来るんだ…。
…レイ様のことが、好きなんだって。
ゆっくりと目を開けて、レイ様を見る。 レイ様は目を閉じてオーラの操作に集中しているみたいだ。
…歳に似合わない性格と、大きな身体…たぶん、百五十センチ近くあるんじゃないかな。 初めて会った日も、まさか年下だなんて思わなかった。
…何者なんだろうって、思ったこともあったけど…今はもう、どうでもいい。
あなたのオーラと心を感じるだけで、こんなにも満たされる。
…あなたのオーラに触れたとき、オーラを通して、あなたの心を感じたあの瞬間から…
…わたしは…あなたから離れられなくなったんです
目を閉じるレイ様を前に、気持ちが溢れそうになるけど…グッと抑え込んで。
今はただ、決意を胸に秘める。
わたし…輝いてみせます。 あなたが見出してくれた才能なら…あなたが、わたしの内に輝くものがあると言うのなら。
…輝いてみせる。 あなたの為じゃなく、あなたの笑顔が見たい…わたし自身の為に。
「……おい、リア。」
「わぁっ ひゃい!?」
レイ様の顔を見つめて決意を新たにしていると…急にレイ様が目を開け、声を発した。
…び、びっくりした……心臓止まるかと思った…
「…今日は深く潜るから集中しろって、言ったよな? 聞いただろ?」
「は、はい…。 言ってました。…聞いてます」
「………」
「…わースゴいです、レイ様。 こんなに深いところまでー………」
「………」
「…ごめんなさい。今から全霊で集中します」
レイ様が溜息をつき、隣でフィオナがクスクスと笑っている。
…最悪だ、自業自得とは言え最悪だ。動揺でなんか変なことも言った気がするし…ホントに泣きそう。
うずくまりたくなる衝動を抑え込んで、再びレイ様のオーラを感じることに集中する。
この失態は、わたしが早くオーラを会得することで取り返す。 わたしは、わたしの決意を曇らせる訳にはいかない。
…だってそれは、まだ…あなたの隣にいたいと言えないわたしの、精一杯のわがままなんだから。
いつか、あなたの隣を歩きたいわたしの…わがままなのだから…。
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