奴隷と狩りと

 ──翌朝。


 さぁ、 狩りだ。 


 昨晩考えたことを即座に実行に移す。 人生は短い、いつ何時なんどき何があるかもわからない。 せわしなく生きるつもりはないが、出来ることがあるうちは立ち止まるつもりはなかった。



 さて、この四歳間で村の周辺の地理は大方把握済み。

 目指すは、ここから北西にある森林地帯。


 「行ってきます」


 準備を整えいざ出発…


 「おい、こらレイモンド! 行くってどこにだ? 今日は脱穀の手伝いをするはずだろ?」


 …というタイミングで、例によってエドウィンに阻まれた。


 まぁ、でもこれは俺が悪かった。 七歳の息子が何も言わずに出かけるのを、良しとする親はいないだろう。


 …だが、そういや言い訳など考えてなかったな…

 

 脱穀の方は問題ない。昨日の内に乾燥していた分は終わらせてある。

 問題は何処に行くかについてだ、目的地はこの村から十キロ以上離れた場所にある森。 


 当然正直に話す訳にはいかない。 …だが、ということは…食料を得ても持ち帰れないということで。

 それはちょっと薄情というか、罪悪感がないでもない。


 一度話してみるか


 それでエドウィンがどういう反応を示すのか知りたい。これから行く場所についても、何か情報が得られるかもしれないし…


 「あーうん。 脱穀は昨日終わらせたから、今日は村の外にある森に行こうかなって」


 …それに、どれだけ反発されようが最終的には誤魔化して行くんだ。 結果は変わらない。


 「は?おまっ はぁ? レイモンドお前北の森って…。 アケロスの森のこと言ってるのか?」

 「名前は知らなかったけど…そう、北にある森のことだよ」 

 「馬鹿、レイモンド誰に聞いたのか知らないけどなぁ、アケロスの森までは凄く遠いんだぞ? 探検は村の中でしろ?まだ探検してないとこあるだろ?」

  

 いや、そんなとこないが。 村の中はすべて散策済みだ。

 

 「村の中は飽きたよ、別の所に行きたい。森は遠いから行っちゃだめってこと?」

 「違う違うっ。 いいかぁレイモンド。 アケロスの森は遠いっていうのもあるけどな? そもそも行っちゃいけない場所なんだ。凄く危ないんだぞ?」

 「…へぇー 危ないんだ」

 「あぁレイモンド ちょっと来てみな?」


 そう言ってエドウィンは、俺の肩に手を置いて家の外に連れ出し、北に見える山々を指さした。


 「ほらっ見えるだろレイモンド。 あれがアケロス連山っていってな、神獣しんじゅうが住んでる場所だ」

 「…神獣?」

 「そう、神獣だ。 神獣はなぁ、他の獣の何倍も強くて凶暴なんだぞぉ。 貴族様しか倒せないんだ。そんでな? 神獣ってのはたまに麓の森まで降りてくる、お前がさっき言ってた森だ。 …わかったか?俺がなんでダメって言ってたか」

 「…うん。 分かったよ」


 …俺がつくづく何も知らねぇてことが。 昨日から新情報いっぱいで嬉しい悲鳴が鳴り止まないって感じだ。


 神獣… 貴族にしか倒せないってことは、動物がオーラを操るってことだろうか?

 まぁ、あり得ないことじゃない。 これもオーラに目覚めてわかったことだが、…オーラはおそらく、全ての生物が潜在的に内包しているエネルギーだ。 エドウィン、アンナ、フィオナにアル、人間だけじゃなく、そこらを飛んでる鳥の内にだってオーラを感じることが出来た。


 つまりそれは、“どんな生物もオーラを会得出来る”可能性があるということだ。  

 ただ殆どの人間、動物がそれを認識することすらなく命を終えるというだけで…


  

 「でも、脱穀をもう終わらせてたってのは偉いぞレイモンド。 お前は相変わらず仕事が速いなぁ、将来は良い牧場主になるっ間違いない」


 そう言ってエドウィンが俺の頭を撫でまわす。 …止めろっての。


 「…んじゃあ父さん、村の中で遊んでくるよ。それならいいでしょ?」


 俺がエドウィンの手を振り払って答えると、『おうっ行ってこいっ』と満面の笑みで応えを返す。

 そんなエドウィンに見送られて、俺は歩きだした。

 



 …森に行くことは伝えられない。 伝える時、それは俺自身のことを暴露する時になるだろう。


 まぁ、それもいつかは必要になるかも知れないな…



 …そんなことを考えていた。



ーーーーー

 

 

 村の中を足早に歩く。 

道の両脇には農地が一面に広がっていて、まだ朝日が顔を出したばかりだというのに…は当然のように仕事に励んでいた。


 …心が僅かに逆立つのを感じる。

 

 彼等は俺のことを見つけると、仕事の手を止め頭を下げた。


 「おはようございます。レイモンド様 今日はまたお早いですね」 

 

 代表して一人が声を掛けてくる。 彼は最年長で、名前は確か、コーディだったか。


 「…うん、ちょっとやりたいことがあって」

 「そうですか。 それが何かは存じませんが、上手くいくことを祈っております」

 

 コーディは柔和な笑みで返答を返す。 七歳のガキには、不釣り合いな言葉遣いで…

 

 「……ありがとう。 …それじゃ体調に気を付けて、水もケチらず飲んでください」

 「はいっ。 いつも気遣っていただいて…本当にありがとうございます」 

 「「いってらっしゃいませ」」

 「……………」

 

 そう言ってまた皆で頭を下げた。


 

 彼等は、奴隷だ。 


 …エドウィンが買い付けてきた奴隷。 


 エドウィンを責めるつもりはない。エドウィンの彼等に対する態度は紳士的なものだし、これだけの農地を家族だけでやり繰りできる訳がない。 彼等の存在は、この世界においておそらく必然なんだろう。


 

 ──だが、気に食わない


 

 人に従属を強いるその行いが、自由と意思を縛り付けられたその存在の有り様が、どうしようもなく、気に食わなかった。


 …それに、彼等を見ると思い出してしまう。

 俺自身の…の記憶を。


 ─捕われた屈辱を、奪われた憎悪を…。


 奴らには一矢報いはしたが、記憶はせることなく俺の頭に居座り続け、こうして時折顔を出す。


 それが、奴らに植え付けられたトラウマのようにも感じられて…一層のこと俺に苛立ちを募らせた。

 


 「ふぅ…」


 軽く息を吐き出し、心をいさめる。 


 毎度毎度、目にしただけでざわつく心が、いい加減煩わしい。 何ら非の無い彼等をどうしようもなく忌避してしまっている…その状況自体も、大きなストレスとなって心に膿を溜める。


 俺にとって彼等の存在は、正しく毒であった…。




 …そうして、いつまでも慣れない苛立ちに乱された心を抱え歩を進め…。


 辿り着いた村はずれ。


 「オーラを覚えて初めての全力…。 丁度良いかもな」


 呟き走り出した俺は、アケロスの森までの道行きを…およそ八分で駆け抜けた。



 心に絡まるもやを、振り払うかの様に…。










 

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