リア

  「ふぅ…。 間に合ったかな?」


 時刻はおそらく十時三十分頃、時計なんて物はないので太陽の位置でしか判断出来ないが、まぁその位の時刻だろう。


 初めての狩りと山菜採りはひとまず成功。

アケロスの森は思った以上に食材の宝庫だった。 

 神獣とやらが出るおかげで人間の手が入らず、植物と動物の生態系が自然のまま育まれていたのが大きな理由だろうか。


 おかげで出発前の心痛はすっかり霧散したわけだが…しかし、そのせいで散策が止められず予定より長く留まってしまった。 

 我が家は昼食を必ず家族全員で摂る。流石にこれに顔を出さないわけにはいかない。


 なので、行きと同じく帰りも全力疾走で村まで帰ってきたわけだが、どうやら間に合ったようだ。


 昼食はいつも大体十一時半頃。

まだここは村の北端。 我が家があるのは村の南端で未だ距離はあるが、サレオン村は東西に延びた形をしている。 村を縦断するのに、三十分あれば十分だ。



 

 そう考え、歩き出した俺の視界の端に…



 「───っ…え?」



 一人の少女が映る。


 身体はその場から一歩を動かず、だが顔だけは、彼女を視界に収めるため横に振れ動いた。



 顔は分からない、会ったことがあるのかすら。


 見えなかった訳じゃない、ただ…目に入らなかった。


 

 惹きつけられたのは、容姿ではなかったから。 …魅入られたのは…《内》。


 そう、俺は…一目見た瞬間から目を奪われた。



 彼女の内に秘められたオーラの輝きに…。



 ──その美しさに。



 誰だ…? この村の住人? …居たか?こんな人…いやっ…


 一瞬の思考の空白。 それから立ち直った後、頭は高速で回転を始めるが…すぐにその無意味さに頭を振る。


 俺をそもそも村民全員を記憶してる訳じゃない。 それにオーラを得たのが昨日なのだから、その特徴を元に記憶を辿るなどそもそも出来ない。


 故に…。


 「──あ、あのっ! ちょっと…!」


 …すぐさま彼女の元まで駆け寄り、声をかけた。


 考えて取った行動じゃない。 …殆ど反射だった。


 「…あーと…君っ。 …ちょっといいかな」

 「えっ……ぇ、あの ……な、なんでしょうか?」   


 急に声をかけられたからだろうか、怯えたような瞳を見せ、語尾は震えていた。


 その姿を見て、さっと冷静になる。


 …まるで自分がナンパ野郎になったみたいな。 或いは、良くて初恋の女子に初めて声をかける男子中学生の様な…。


 そんな感覚に晒されて。

 

 そうして自分を客観視し落ち着いたことで、彼女のことも見えるようになった。  


 くすんだブロンズの髪、歳は十歳前後というところか。 会ったことはない、少なくとも記憶の上では初対面だ。 そして、彼女の服装と肌の汚れ……。


 「いや、見たことのない人だったから、つい。 脅かせてごめん」

 「っそ、そんなっ 謝らないで下さいっ。 私に、謝るなんて……」


 謝罪を口にしただけで、彼女は異様に恐縮する。


 「…奴隷の子、でいいのかな?」

 「は、はい…あの、五日前からデール様にお仕えを…」


 デール、誰だろうか? まぁ知ってる訳がない。俺がこの村で名前を知ってるのは更に少なく、ほんの数人だ。


 「おいっ!リアっ! 何やってんだ!?」


 と、その時、一人の少年が声に怒色をにじませながらやって来た。


 …彼女はリアというらしい。


 「─っ お前っレイモンド 何してんだよこんなとこでっ!」


 その少年は俺を見つけると、今度はその事に苛立ち始める。 

 

 なんだこいつ。 


 …歳は俺の少し上、こいつも多分十歳くらいだろう。

 こいつは俺の事を知ってるようだが…俺の方は全く記憶になかった。

 

 「…会ったことあるかな? 君と」

 「───っ てめぇっ!ふざけんなっ」


 なんか知らんが激昂している。 だが心当たりはないんだ、悪いが。


 「リアっ!お前臼引きはちゃんとやってんのかっ!? こんな奴と話してっ」

 「っす、すみませんデール様、、ぁ、あの臼引きはまだ、終わってません」


 俺が無反応でいることが彼の悪感情を煽ったのか、リアへの怒声はさらに勢いを増す。

 

 そして……こいつがデールか


 「っんじゃあ早くやれよっ!?」 

 

 そして、怒りが収まらない様子のデールは、そのままリアに近寄り────彼女を蹴り上げた。



 ──おい



 「おい」


 溢れた怒気が僅かにデールに触れる。


 「─ッ な、なんだよ! っなんか文句あんのかっ?」

 「あるに決まってんだろ、何蹴り入れてんだお前」

 「っ、なんだお前急にっ! 偉そうにすんなよっ! こいつは俺の奴隷なんだぞ!?」

 「知ってるよ。だからなんだ、二度とするな」

 「ふざけんなっ!命令すんなよっ! 俺の奴隷だっ、分かってんのか?! 親父のじゃない!俺のだっ! お前悔しいんだろっ、俺の畑が成功したからっ! だから来たんだろっ今日!」

 「………はぁ…?」


 デールが興奮してまくし立ててくる。 ツバが飛んできて汚い、後半何言ってるか分かんないし。


 腹の立つ事この上ない…。 が、デールが想像以上に取り乱すものだから、こっちは少し頭が冷えた。


 まぁ、デールにしてみれば豹変したのは俺の方だ。 三歳以上も年下に生意気を言われて、困惑と怒りの行き場がどうにも見つからないって感じだろうか?


 だからと言ってデールの行いを許すつもりはない。 …ないが、このまま話にならないのも面倒くさい。


 ……どうするか


 そうして…、俺が一瞬の思考にふけり。僅かに会話が途切れたその空白。


 「お前も言えよッ!なんかッ!」


 怒り収まらぬ様子のデールは、再びリアを攻撃の対象に移し…



 ──身体に蹴りの兆候が表れる。

  

 

 …この野郎


 「やめろ」


 俺の前で二度もそれを許す訳にはいかない。 だから…


 今度は、を打ちつけた。 


 先ほど漏れ出た怒気とは違う、純粋で、明確な殺意を…。


 「──ぁぅ──っ」


 それだけで、デールは縫い付けられたように動きを止めた。 脚は震え、顔は恐怖を隠すことも出来ないでいる。


 「二度とするなって言ったろ、クソ野郎」


 震えるデールと、困惑して立ちつくすリアを見て思う。


 まぁ、結局はこれが一番手っ取り早かったってことだな…と。

 

 俺は別に、デールに謝罪してもらいたかった訳でも、今後の行動を改めてもらいたかった訳でもない。


 最初から分かってたことだ。 彼女を見た時から、奴隷だと知った時から。


 

 ──彼女が奴隷なんてのは、許せない…気に入らない──



 間違いなく、俺の我が儘わがままでしかない。 他の奴隷を見て同じように思ったことなどないのだから…

 彼女だからそう思ったってだけの、偽善ですらない願望だ。


 だが俺は、俺の心を出来るのなら一度だって裏切りたくない。 …だから。


 

 「デール。 彼女はいくらで買ったんだ?」

 「──ぁ…ぇ、、」

 「いくらで買ったのか、言うんだ」

 「あっ ぅはぁ…っハァ しょっ小銀貨っ十枚、、ってと、父さん 言ってたっ」

 「…同じだけ出す。彼女は解放しろ」

 「なっ…なんっ、っ…」


 俺の言葉に、ほんのかすかではあるが、デールが反抗の色を目に宿す。 

 この状態で反抗心を抱けることに、少しの感心を覚えたが、俺が目を細めるとそれは直ぐに霧散した。


 俺はすぐさまリアの方へと向き直る。


 「それで、リアって呼んでもいいかな?」

 「えっ? あっあのっ」


 彼女は未だ混乱の最中にあるようだ。 …それも当たり前ではあるが、今は言いたいことだけ伝えさせてもらおう。

 

 「君を俺の家に迎え入れたいんだ。 急な話だけど考えてほしい。 俺は金を用意してくるから、…二人はこのまま少し待っててくれ。」

 「えぇっ? わ、わたしっ…」

 


 先ずは彼女とデールの主従関係を終わらせなければ、彼女の立場は宙ぶらりんのままだ。 それじゃあ彼女も決断出来ないだろう。


 小銀貨十枚。

俺にはこれが大金なのかすら分からない。だが家に銀貨が保管されているのは見たことがある。

 

 

 …成り行き次第だが、俺も覚悟を決める必要があるか……



 俺は、返事も聞かずに駆け出した。




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