14.冷やし中華と温泉回
俺たちは名前も知らない冒険者について行って温泉宿に湯治に行こうとしていたが、なんやかんやはぐれて、どうにかこうにか天然洞窟の天然温泉を見つけた。
あくまで天然である。決して誰かの温泉ではないのでそこはご理解いただきたいし入浴料も払うつもりはない。
しかしよくよく考えたらこれで良かったのかもしれない。
だって温泉宿行って温泉に入ろうとするじゃん?
『すみませんお客様。浴場に飲食物の持ち込みはちょっと……』
などと言われること請け合いである! その点この天然温泉ならだれに文句を言われることもない。なにせ天然の誰のものでもない温泉だから!
「さっ、入ろうぜナツ! 湯治湯治!」
「うん。……あれ? でもゴンさんはどうやって入るの?」
ん?
「……ん? あー……」
「もしかしてゴンさん……」
じとー、っとした目でナツが俺を見る。ふっ、俺に汗腺があれば冷や汗を垂らしていたところだ。冷やし中華なだけに。
「うん。すまん。自分が冷やし中華だと言うことを忘れていた……!」
「ばかじゃないの」
返す言葉もございません。
いやまぁ、そうだよね。温泉に飲食物が入れるわけないよね。入っていいのは温泉卵だけだ……はっ!
「温泉卵作ろうぜ!」
「お、復活した。えーっと、温泉卵?」
「そうそう。ちょうどいい温度の温泉に漬けとくと、卵がいい感じにあったまって白身がどろどろ、黄身が硬め、ってかんじの不思議なカンジの卵ができるんだ。たぶん温泉宿とかなら普通に売ってんじゃないかな?」
「へー。そうなんだ。でも卵、もってないよ?」
ぐぬぅ! またしても! どうしてこの世界の常識は俺の前に立ちふさがるんだ……!
「最近ゴンさんが勢いだけで生きてるってことに気付いたよ……」
「すまんね、何せ冷やし中華には頭が無いもんで。あるいは麺がこんがらがってるもんで」
「うん。でもおかげでわたしはゴンさんに助けられたから、おあいこ」
くっ、なんていい子なんだ! グッジョブ俺! よくナツを助けた!
と、ナツはオカモチの上の段(俺は普段下の段にいる)からタオルを取り出した。
「おや? ナツさんそいつは?」
「タオルだよ。温泉に入る時は体を隠すものなんだって」
「ばっかもーん!」
ぺち! と麺がナツの頭を叩いた。0ダメージ。
「温泉にタオルをつけちゃいけません! マナーでしょ!」
「飲食物の持ち込みはしていいのに……?」
「ああんもう! わかめわかめ! それはそれ、これはこれなの! 無駄に知恵をつけおってからに! 温泉には裸の美少女、これ鉄則でしょ!」
俺がそう言うと、ナツは顔を赤くした。
「……美少女?」
「ん? んー……うん。美少女!」
「ならいいかな。じゃ、タオルなしで。どうせわたしとゴンさんだもんね」
「おおー! そうそう。俺とナツの仲だもんな、一心同体!」
「じゃ、ゴンさんはオカモチの中で待機で」
「うん! あれ?」
そうして俺は温泉に入るナツをオカモチの中で待つこととなった。
ちゃぷーん。と、ナツが温泉に入る音がした。
「ねーねーナツさんや」
「なぁにゴンさん」
「温泉、気持ちいい?」
「気持ちいいよ」
くっ! 何も見えん! ライト(ぺかっ) オカモチの壁しか見えん!
「ねーねーナツさんや」
「なぁにゴンさん」
「一緒に温泉楽しみたいんだけど、麺ちょっと浸けていい?」
「茹っちゃうよ、冷やし中華なんでしょ?」
「まぁ、麺だけなら入っても大丈夫なんじゃないかなぁ。元々麺って茹でるわけだし?」
「チャーシューも煮るけど?」
「あれ? そうなると意外といける気がしてきた」
「でもタレはダメだよね」
そうだね。
……ぱしゃぱしゃ、と泳ぐ音がする。
「ねーねーナツさんや」
「なぁにゴンさん」
「泳ぐのはマナーが悪くない? 水しぶき飛んで他の人に迷惑とか言われちゃうよ」
「だからゴンさんに水がかからないようにオカモチの中にいれたの」
「なるほど賢い」
そもそも他に人いないけどな。
と、ざばーっと上がってきた。……ごしごしと体を洗う音。
「ねーねーナツさんや」
「なぁにゴンさん」
「体洗うときってどこから洗う?」
「ん、左腕かな?」
「へー」
「それがどうしたの?」
「いや別になんでもない。ちなみに俺は右足かな」
「ゴンさん足ないじゃん」
前世はあったんだよ。
そしてざばーっと体を洗い終え、再びお風呂に戻るナツ。
「ねーねーナツさんや」
「なぁにゴンさん」
「……温泉気持ちいい?」
「気持ちいいよ」
「一緒に入りたかったなぁー」
「恥ずかしいからだめ」
前はそんなこと言わなかったのにぃ。確かに最近いろいろ綺麗になって人目も集めるようになってきたけどさー?
「俺とナツの仲なのに。良いじゃん裸くらい減るもんじゃなし」
「ゴンさんに見られるのが一番恥ずかしい」
「なんだと……!? でもちょっと待って。俺ってそう言えば普段ナツにすべてをさらけ出してるじゃん。裸じゃん。これって不公平じゃね?」
「ゴンさん男の子なんでしょ? わたし、女の子」
「……はい」
かぽーん(言ってみただけ)
「ねーねーナツさんや」
「なぁにゴンさん」
「……湯気だけでも浴びたい」
「もう少ししたら上がるからまってて」
「最近冷たくなーい?」
「冷やし中華なだけに?」
「うまいっ!」
「冷やし中華なだけに」
はー、だれうま。と、温泉から上がってぴたぴたとオカモチに近づいてくる足音。
オカモチの上に載せたタオルで体を拭いて、服を着直し――
「おまたせ」
「待ったよこんにゃろー。……ってあれ? それ水着?」
ナツは、水着を着ていた。チャイナワンピースタイプだ。いつの間にそんなもん買ってたんだ。
「うん、これならゴンさんと一緒に入っても恥ずかしくないよ。はいろ?」
「ナツ……!」
と、結局俺は皿を温泉にぷかーっと浮かべて雰囲気を堪能した。
あー生き返るわー。温まるわー。
「ねーねーゴンさんや」
「なぁにナツさん」
「温泉、気持ちいいね」
「……うん」
冷やし中華、温まってます。心から。
……
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