13.はぐれ冷やし中華純情派


 すっかり夏の日差しも暑い今日この頃、いかがお過ごしでしょうか。

 俺、冷やし中華の従魔ことゴンは現在洞窟を目指して旅をしております。

 思い起こせば3日前。冒険者ギルドでのことでした。



「はぁー。死ぬかと思った」


 いつも俺のことを幻覚だと言っていた例の冒険者がぐったりしていた。のでからかってげふん元気づけてやろうと声をかけたのだ。


「お? どうしたよそこな冒険者。お疲れじゃないか」

「うん? ああ、冷やし中華か……うん。幻覚、じゃないんだよな?」

「いい加減認めてくれたか。で、どうした?」

「ああなに。ちょっと依頼でミスってな。なんとか成功させたんだが怪我しちまって」

「ほう。そりゃご愁傷様」

「はは。まぁちょいと怪我を治しに温泉まで行こうかと思ってな」


 ふむ。温泉。


「温泉って、あの入ると温かくて気持ち良いアレか」

「まぁそうだな」

「湯治ってやつだな」

「冷やし中華のくせに難しい言葉を知ってるな。まぁ実際効くんだわこれが」


 この世界にも湯治というものはあるらしい。

 うん? まてよ。怪我が治る……そういえば俺って、ある意味体の怪我が驚異的な感じに治ってるから冷やし中華が減らないんだよな?

 あれ。これってもしかして、限界を超えて回復し続ければドラゴンにまで戻れるんじゃね?

 あー、でも調理された時点で死んでる、とすれば……でもまぁ今生きてる感じもあるしいけるか? うーん、いける、いけない、半々。50%の確率だな……


「温泉に入るとな、っぷあぁー、って、こう、生き返るーって感じでな」

「! それだ!」


 生き返る! そう、俺がもし死んでる状態だったとしても生き返ればいいって事じゃん! いやぁさすが異世界、死者蘇生もなんのその! 生まれる前だったけど!


「よぉし、じゃあその温泉にいっしょに行こうじゃないか。ね? ん?」

「は? 冷やし中華と温泉って……まぁいいか。それじゃ、しっかりついてこいよ」



 と、そういうわけでナツと一緒にその冒険者と湯治に出かけました。これが2日前のことです。



「あ、ちょうちょ」

「ちょ、ナツさん!? やっべはぐれる。これは声をかけねば。お、おーい! あれ、名前、名前なんだっけお前! 幻覚冒険者! おい、ちょ、止まって! うちの子がー!」


 これが1日前のことです。




 はい。はぐれました。


「ナツさん」

「はい」

「なんでちょうちょ追いかけたの?」

「そこにちょうちょがいたので……」


 何この子。登山家みたいなこと言いだしたわ。


「はぐれちゃったでしょ! どうすんの!」

「次は気を付ける!」

「そうだね! 次は気を付けようね、で、今回はこれからどうするの!」

「えっと。食べ物はゴンさんがいるから困らないよ? お散歩してこ」


 うわぁ能天気ここに極まれり。

 この子野宿に全く抵抗が無いわ。野生児かしら。あ、元々スラムで行き倒れてたんだったっけ。


「町の方向は分かる?」

「あっち」


 すっと指差す。


「目的の町は?」

「あっち」


 反対を指差す。


 うん。たぶん合ってるな。軽く空飛んでみたけど、見覚えのある道が最初に指差した方、見覚えのない道が反対に伸びていたもん。

 そうか。いつでも帰る方向はわかるし食べ物も心配ない。となれば、能天気にちょうちょだって追いかけるさ。子供だもの。


「ゴンさん。あのちょうちょはただのちょうちょじゃない」

「何?」

「あれは胡椒蝶、と呼ばれてるやつ。その鱗粉が香辛料として取引されるから、生きた個体はとっても高価。具体的にはチャーシュー10万枚分を超える額で取引されることも」


 なん……だと……?!

 こ、こやつ。なんて現金な目でちょうちょを……! 単位はチャーシュー(1枚=銅貨2枚)だけど!


「しかも一度目を離すとその隙にどこかへ消えていく特性を持つ。だから見つけたら何を差し置いても追いかけるべき、とギルドにあった本に書いてあったの」


 ま、マジかよ……どおりでナツを止めるために麺で目隠ししたとたんにちょうちょがシュバッと瞬間移動並みに消えて行ったわけだ。


「……まぁ、ナツがちょうちょを追いかけた理由は分かった。今回はいいとしよう。でも次からはちゃんとその理由を話せよな!」

「うん。そうするね」

「で、どうしようこれから。とりあえず先の町を目指すか?」

「ううん。あっちに温泉がありそうな洞窟があったよ」


 と、ナツは森の奥を指差した。……ほう。なぜそう言うことが分かるのか? それは分からない。だがこういう時のナツの言葉に嘘はないのだ。

 なにせ今日はワカメを食べてたからな。たぶんワカメを食べると頭にいいんだろ。


「よし、そんじゃ温泉目指していってみっか!」

「うん!」




 こうして俺たちは温泉がありそうな洞窟までやってきた。

 森の中、どどんとある岩山。そこにぼこっと空いた洞窟だ。

 もわっと湿り気のある暖かな空気。それが洞窟から出ている。


 いかにもな洞窟すぎて、逆に天然ものなのか? と疑わしくなるくらいの洞窟。その岩肌はじっとりと濡れており、触れば手が濡れる。足も滑りやすいので要注意だ。


 うーん、ここだけ空気が熱帯雨林。

 これは期待が高まるな!


「ただ、酸素とかそこらへんが大丈夫かってとこは心配だが……」

「平気そうだよ?」


 さすがワカメをたべたナツだ。即座の判断が効いてるぜ。


「じゃ、はいろっか」

「おーう! 行くぞナツ、温泉だ! 温泉が俺達を待っている!」


 こうして俺たちは洞窟に足を踏み入れた。



 そして、温泉を見つけた! マジで!? マジだ!

 というか入って割とすぐの所にあった。


「ほらあった」

「マジかよ……って、なんかここちょっと人の手が入ってる感じしない?」

「そう?」


 うん、だってよく見るとほらあれ。水が出てくるところとか湯船とか、ちょいちょいそんな感じもする。露天の岩風呂ってほどじゃないけど。

 もしかしたら個人の所有物なのかもしれない。


「入っても大丈夫かなぁ。どうするよナツ」

「洞窟はあいていた。わたしたちはなにも気付かなかった」

「それだ」


 ククク、ナツさんめ。随分悪知恵が働くようになりましたのぅ。さすがワカメを食べただけのことはあるぜ。え、ワカメはもういい? そうだね。俺もいい加減飽きてきたし。


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