15.黒い敵


 温泉をすっかり堪能し、温まった冷やし中華。果たして今の俺は冷やし中華と呼んでいいのだろうか。そんなジレンマに取りつかれつつも皿の冷却機能により急速に冷えていく俺の頭。

 かくして俺は冷やし中華の名に恥じぬクールな男に戻ったのさ。


「いやぁいい温泉だった。また来ような!」

「うん、場所は覚えたからいつでも来れる」


 この子頭の中にGPS地図でも持ってんのかね。


「ん?」

「お、どうかしたかナツ」

「えーっと、奥の方から……何かくる……?」


 なんだろう。俺はふよりとナツの前に浮かんで奥を見る。


 ずもも、ずもも、ずもももも。


 そんなSE《サウンドエフェクト》が合うようなモコモコした巨体が、洞窟の奥から顔を出した。黒色のモコモコ。モコモコとしか言いようがない。


「な、なんだこれは」

「! ゴンさん、離れて!」

「ナツ!」


 ドン、と突き放される皿。

 皿。あ、ちょっとまって。麺もすぐ行きます。ひゅんっ。よし、危ない。慣性の法則め、まさかこの世界まで俺を殺しに来るとは……


「ってナツ!」

「くっ!」


 温泉上がりでしっとりしたナツの腕を、そのモコモコは捕まえていた。


「いつもの怪力はどうしたっ」

「え、エネルギー切れっ」

「はっ、そ、そうか。今いくっ! 口を開けろっ!」


 俺は麺で錦糸卵を一枚つかみ、ナツの口めがけてつっこんだ。

 そのままちゅるるるーっと麺ごと食べるナツ。


「っ、んんッ♪ ふぁ、おいしぃ……っ」


 冷やし中華パワー充填。やはりこれが一番効く。

 もごん! とナツを掴んでいた部分が残ったまま、モコモコの腕から逃れた。


「うぅ、なにこれ……」


 残っていたところをぺふっと剥がし、捨てる。すると床に落ちたかけらはもこもこと動いて元の塊にくっつく。


「何モンだコイツ」

「分かんないけど、腕がしびれてた。毒かも?」

「毒!?」


 ばっ、おま、毒だって!


「冷やし中華は食べ物だぞ、それに毒なんか入ってみろ、大参事だわ!」

「うん、だからゴンさんは下がってて」

「くっ。そうだな」


 どうやら俺は役立たないようだ。いや、戦闘で直接役立ったことない気がするけど。バフアイテムとして以外に働いた記憶が無い気がするけど。


「はっ、まてよ、ここは俺の新武器、箸の出番じゃ……!」

「下がってて。ゴンさんはわたしが守るから」

「はい」


 ですよね。近接武器とかダメですよね。


「ナツ、とりあえず追加で冷やし中華パワー補充だ。温泉でぬるくなったから少し弱いかもしれんけど」

「うん。あーん……ん、んんっ……おいひ……はぁぁ……さすがゴンさんだよぉ。ちょうど人肌だけどそれがまたゴンさんの体温って感じで凄くおいしいよぉ……もぐもぐ」


 俺の体温ってなんだよ。俺は冷やし中華やぞ。ワカメも食えワカメも。

 ナツの体がほんのり光る。よし、充填率120%!


「これならいけるだろ」

「うん。任せてゴンさん」


 そう言って、ナツは謎の黒いモコモコに立ち向かった。


「てい!」


 そして光弾パンチ。あ、まってナツさん。それって爆発するやつですよね? あっ。


 どぉん! と、多少は手加減していたのか。ほどほどに洞窟を壊さない程度の爆発。

 ただし、敵のモコモコは木端微塵に吹っ飛んだ。


「やったよゴンさん!」

「おぉ! やったな……ってふぇええい!?」


 はらはらと、舞い散る雪の如く黒い綿埃みたいなのが降ってくる。敵のかけらだ。

 回避、回避、回避ィ!


「よっ、はっ、とぉりゃ!」


 よぉし! この俺の皿回しドライビング技術テクニックをなめんなよ!


 と、そんな俺の前には絨毯爆撃といわんばかりに逃げ場のない黒い綿埃。

 ってまってまってこれ量多すぎ流石に回避しきれない!


 ぴと。ぎゃぁあーーー!? 毒がついたぁーーー!?


 『黒カビを獲得ゲットしました』


「はぁ!? カビ!? 黒カビぃ!?」

「えっ、ゴンさん、カビがどうしたって?」


 『効果:味-99、毒+5、評価-SSS 汚染+1 繁殖+1』


 あっSSS! こんなところにあのSSSがあったよ! わぁい、SSSは本当にあったんだ!

 って、マイナスじゃねーか! しかも他数字なのになんでここだけ英字やねん!?


「とって! カビとって早く!」

「う、うん!」


 ぺっぺっぺ、と俺の体に付いた綿埃(黒カビ)を取り除いていくナツ。

 まだ? 黒カビロストまだ!?


「全部取ったよ!」

「まだ! まだロストしてない!」

「ええっ、そんな!」


 なぜだ……はっ、そう言えば黒カビ、カビって本来めっちゃ小さなはずじゃん!


「お、汚染だ! 汚染されてる! 具とか! 黒カビついてたとこも捨てて! はやく!」

「え、もったいない……」

「味とか評価とかめっちゃ下がってるから早くぅ!」


 ナツが少し嫌々ながらも具を捨てていく。


 『黒カビを喪失ロストしました』


 あ、ようやく消えた……ふぅ。


「あー生きた心地がしなかった。肝が冷えたよ、冷やし中華だけに。おっと、手をちゃんと洗えよナツ」

「うん。冗談が言えるなら大丈夫だね」


 俺の言うとおりに温泉でじゃぶじゃぶ手を洗いつつ、ナツが笑った。

 うん、あとナツさん。洞窟で爆発技は危ないからね。気を付けようね。


「くぅ、だいぶ減ってしまった……」

「というかオカモチに隠れればよかったのに……」

「……天才か」

「え? オカモチってそのためにフタとかついてるんだよね?」


 初期のオカモチは桶に持つとこつけただけのだったからついてなかったらしいぞ。

 と、そんなことを考えていると、ずもも、ずもも、と何やら気配が。


 ……


 恐る恐る振り向くと、そこには再び大きい塊となったモコモコ――黒カビの姿が!


 ぎゃーーー!? 復活したーーー!?


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