07.俺、冒険者になります!


 依然としていつか俺の体が腐るのではないかという不安はある。

 が、現状なんか大丈夫なのでとりあえずキュウリやハムやトマトはさておき、回復の早い麺と錦糸卵は半分半分と食べていくことにした。

 全部食べたら復活できないんじゃないかって怖さもあるんだよね……


 麺はさておき錦糸卵が回復早いのはやっぱりドラゴンパワーがあるからだろう。食べすぎると光るみたいだけど。



 というわけで、ばびゅーんと走って隣の町までやってきた。


「ゴンさん、町が見えてきたよ」

「お? どれどれ」


 オカモチのフタを麺でひょいっと持ち上げ外を見ると、町があった。

 こっちも外側はスラムなのな。


「なんかこう、この冷やし中華パワーを生かしてできる仕事とか探そうぜ」

「そうだね。それなら手紙の配達人……は、土地勘が無いから厳しいか。冒険者ならなれる、かな?」


 冒険者! 冒険者と言えばファンタジーの定番ではないか!


「よぉし! トップとっちゃる! SSSランク目指そうぜ!」

「う、うん!」


(ちなみに冒険者ギルドのランクはSランクまでしかないことを知るのはこの後の話)


「っと、その前にどうやって冒険者ギルドのある町中にはいるか、だけど……」

「普通には入れないのか?」

「門のところでお金払わなきゃ。……わたし、お金もってないよ」


 ふーむ。当然俺も持ってない。


「よし。壁を飛び越えよう」

「ええっ!? ど、どうやって?」

「こう……飛べない?」

「飛べないよ! 人間は冷やし中華とちがって飛べないんだよ!」


 はっはっは、普通の冷やし中華も飛べないぞ。


「まぁほら、試にやってみよう。俺だって飛べたんだ、俺のパワーがあるナツならきっと飛べる」

「ええぇ……」

「ほら、力がみなぎってて今なら空も飛べそうって言ってたじゃん。アレホントに飛べるから」

「そこまで言うならやってみるけど……んんんっ」


 ぐぐぐっと気合を入れるナツ。


 飛べた。



「 」(←声にならない驚き)

「いやぁ~、なんか普通に飛べちゃったな!」

「わたし、いつのまに人間じゃなくなったの……?」


 きっと俺を食べたときからじゃないかな。

 なにはともあれ、無事町の中に入ることができた俺たちは冒険者ギルドを目指して歩き出す。


「ところで場所分かるのか?」

「え、あ、うん。前にお父さんに連れてきてもらったことがあるんだ」

「……うん? 親居たの?」

「もう居ないけどね」


 それはつらいことを聞いてしまった。それからなんやかんやあってあのスラムの路地裏で行き倒れていたのか……


「苦労したんだな……」

「うん、危うく奴隷として売られるところを何とか逃げたんだ」


 あ、苦労の方向性はそっちでしたか。それはそれでキツイなぁ。


 と、そんな話もしつつ冒険者ギルドへやってきた。


「よし、いいかナツ。冒険者ギルドの定番として、こういうのがある。新人に向かって難癖をつけてくる冒険者、だ!」

「う、うん」

「そして俺たちは冷やし中華パワーでそれをひょいと返り討ちにする!」

「うん」

「するとギルド長が出てきて言うんだ。そいつはCランクの冒険者だぞ、こんな子供が倒すだなんて! ああ、なんて将来有望なんだ!」

「うん!」

「そうして俺たちはいきなりCランクからのスタートってなもんよ。一気にSSSランクまで駆け上がるんだぜ!(冒険者ギルドのランクはSランクまでしか無いのを知るのはこの後すぐ!)」

「うん!!」


 俺はナツのいい返事を聞きつつ、オカモチの中に戻った。と、そこで麺を1本挟んでおいて、外が見えるようにすることを忘れない。

 ナツの活躍をこの目に収めるのだ。



 冒険者ギルドの扉を開け、ナツがその中へ一歩を踏み出す。


「ん? なんだお嬢ちゃん……スラムのガキ……いや、血色がいいな」

「(出た! 出たよゴンさん!)」

「(よーし、怯むな、怯んだらダメだ!)」

「ん? そのオカモチ――そうか」


 と、その冒険者はナツの頭に手を伸ばし――優しくなでた。


「出前のバイトか! お疲れさん!」

「えっ? あ、あのっ」

「ああ、多分頼んだのはこの中にいる奴だろ? 声かけてやるよ。おーい! 誰か出前頼んでたやついるかー!?」


 こいつは予想外の展開だ。まさか、ナツが出前少女に間違えられるなどとは!

 ……え、いや、このボロ服を見て食堂の出前だなんて誰が思うんだよ! 確かに俺を食べた効果か肌はぷにぷに子供らしいすべすべたまご肌だけど! なぜか髪の毛の脂も綺麗に取れてさらさらの綺麗な髪の毛になってるけど! だからと言ってこの服で!?


「あれ? だれも頼んでない? おっかしいなぁ……あ、職員の方かも! おーい、受付嬢さーん」

「はーい? 出前? 誰か頼んでましたっけ……うーん、今日の分はもう配達してもらってあったと思うんですけど」

「えっ、えっと、その!」


 こうなったら俺が出るしかない!

 俺は、オカモチのフタをすっと持ち上げ、さっと外に出る。


「なっ!? なんだこいつは……パスタが浮いてる!?」


 パスタ――ふっ、そういえば冷やし中華はお姫様も食べたことの無い料理! つまりこの世界における知名度は皆無……! これはインパクトあるでぇ! 脅威の新人が現れた!


「へぇー、凄いなそのオカモチ。中身を浮かして取り出してくれる魔道具なのか。おーい、出前頼んだ奴本当にいないのかー? パスタだってよ?」

「ちがあああああう! 俺、俺が自力で飛んでるんだよぉお!?」

「はっ!? パスタがしゃべった!?」


 しまった。思わず声を出してしまった。っていうかなんで俺出てきたんだろう、冷やし中華が出て行ったところで何もできないというのに!


「ふむ。幻聴か。どうやら疲れているようだ。受付嬢さん、今日は仕事やめとくわ」

「あ、私も聞こえました。今日は早退するとしましょう」


 お前らッ! どうあっても冷やし中華を認めないというのかッ!?


「おい! これは幻聴でも幻覚でも魔道具でもない! この俺、冷やし中華のゴン様とその相棒、ナツが、冒険者登録にやってきたってんだ! さぁ、さぁさぁさっさと冒険者登録させろぃ! 文句がある奴ぁかかってこい、こちとら将来のSSSランクだぞ!」

「あ、冒険者ギルドのランクはSランクまでですよ?」


「……なん……だと……!?」


 俺はよろよろと、力なくゆっくり床に降りた。


「ふぅ、やはり幻聴ですね。SSSランクなんて聞こえたような気がして思わす返事してしまいました」

「俺も聞こえた。SSSランクってなんだよ。お互い今日は早く帰って休んだ方がいいな」


 なんてこった。俺が余計なことを言ったばかりに、ナツが冒険者登録をする前に冒険者ギルドの受付嬢さんが帰ってしまう……! と、そこでナツが一歩踏み出した。


「あの、冒険者登録したいんだ、けど……」

「ん? ああお嬢ちゃん。それならそこの用紙に名前を書いてそっちの受付の人に渡してね。字が書けないなら受付の人が書いてくれるわ。じゃ、私はもう帰るから」

「ああ、小さいけど冒険者志望だったのか。気をつけろよ、始めのうちはモンスター討伐はしないで装備を整えると良いぞ。じゃ、俺も帰るから」


 親切にありがとう。こうしてナツはあっさり冒険者登録することができた。

 ちなみに俺のことは従魔として登録してもらった。


 名前は『ゴンさん』。種族名は『冷やし中華』。ナツがちょっとかわいそうな目で見られていて、従魔登録料(冒険者登録は無料だが、従魔登録は登録料がかかる)もおまけしてもらっていたが……


 そんなことより冒険者ギルドのランクがSランクまでしかないってどういうこと? SSSランクになれないじゃん! とオカモチの中でふてくされていた。

 でも「良く考えたらSSSってなんだよ。1文字でいいじゃん」と思い至り、元気を取り戻したのはこの後すぐのことだった。


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