06.やさしいせかい


「それにしても、こんなに力がいっぱい湧いてくる感じ、初めて」

「おう? いままでそんなに腹空かせてたのか?」

「そうかも。ふふ、なんか今なら空だって飛べちゃいそう! あ、そういえば冷やし中華さんっていつからあそこにいたの? わたしがあそこで倒れたときは居なかったよね」


 それな。


「実は俺、飛べるんだ。ほら」


 ひょいん、と皿ごと浮いてみせる。


「わわっ、すごいいねぇ、食べ物って空を飛べるんだ」

「あ、いや、俺が特別なだけだと思うけどな――っととと」


 俺はふらふらと地面に軟着陸する。

 あれれー、もうちょっと飛べそうな感じまで力貯めてたんだけど……


「その、わ、わたしが半分食べちゃったから、だよね……?」

「ああ、そっか。まぁ、気にするなよ。俺が食べろって言ったんだ」


 しかし綺麗に半分食べたもんだ。麺だけじゃなく、具もきっかり半分ずつ。

 錦糸卵とか重点的に食ってた気がしたんだけど。


「ん? ちょっとまてお前。なんか光ってないか?」

「え?」


 明るくてちょっとわかりにくかったけど、少女の体が光っている。

 これは一体?


「えーっと。あれかな。俺を食べたからお腹いっぱいで。そっか、人間ってお腹いっぱいになると光るんだな」


 そりゃ食べ過ぎなくて分かりやすいなぁーあっはっは!


「そ、そんなわけないよ……」

「だよね知ってた」

「なんか、力がみなぎってる感じ……? うう、なんかそわそわして落ち着かない」

「そういう時はあれだ。空に向かってパワーを解き放つように、パンチするんだ」

「パワーを解き放つ……? えと、やってみるね」


 と少女はぐっと仁王立ちし、


「えーい!」


 空に向かってパンチした。その瞬間。




 びゅごぉおおおおおおおおおお!! どーーーーーん!!




 少女の手から光の塊が発射され、空で爆発した。ナニアレ。打ち上げ花火?


「わわわ、なんか出た。なにあれ」

「俺が聞きたい。なにがおきたんだ? え、魔法?」

「わたし魔法なんて使ったことないよ?」


 と、ここで俺の冷やし中華イヤーが人の気配を感知。いや耳無いけど。そこはもういい。とにかく人がきそうな気配を感知したのだ。


「お、おい。誰かきそうだ。ここから離れた方がいいんじゃないか?」

「えっ、そ、そうだね。冷やし中華さんをとられたら困るし」


 そうだ。俺はこの子に食べられるともう決まっているのだ。他の奴に食べられてたまるもんか。

 そうと決まればすたこらさっさ……ってあぁぁ力が出ない。飛べないっ。


「お、おい、俺を運んでくれっ」

「あ、う、うん! 何か箱に入れて隠した方がいいよね……」

「……あ、あれは!? おい、アレ!」


 路地裏に落ちていたそれは、なんとオカモチだった。持ち手が付いた縦長の金属箱で、スライド式のフタがついている。それを開ければ真ん中に仕切りがあるそれは、紛うことなきオカモチだった。店の名前とかは書いてない。


 なぜこんなところに。いや、今はそんなことどうでもいい。


「よし、入った、まるであつらえたかのようにジャストサイズ! さぁ運んでくれ」

「う、うん!」


 こうしてオカモチに冷やし中華を入れ、あたかも出前中のバイトのように少女は路地裏から駆け出した。


「ひゃひっ!?」

「おおぅ? どうした」


 今俺はオカモチの中なので外の様子は見えないが――なんかすごい勢いで走ってないか? 横方向にGを感じる。全体的にナナメになるのだ。


「あ、あしが、すごい、早いっ!」

「なんだって!」


 足が速い+オカモチ、それはもう完全に天性の出前といっていいではないか。


「さすがは俺の見込んだ女だ。いや、この場合俺飲み込んだ女、かな? なんつって」

「わっ、と、っと、とぉ! あ、ご、ごめんなさーい!」


 なにやらガシャーンと金属の重いものが倒れる音が後ろへ去っていく。


「ん? どうかした?」

「兵隊さん踏んじゃった」

「よし逃げよう。この町の外まで」


 そうして俺たちは、町の外まで逃げた。検問とか関所とか門とかはなく、普通に外へ出られるとか……あれ、この世界ってモンスターとか出るんだよね。大丈夫なんかなぁ。


「もともとあそこは壁の外だからね」

「あー、なるほど」


 そういえば綺麗な街並みとスラムな街並みの間に壁があった気もする。空飛んでたから関係なかったけど、本来はそこに門があったのだろう。

 うん、まぁそれつまりスラムは壁に守られてないってわけだけど、スラムだから仕方ないね!


「……ねぇ、思わず逃げちゃったけど、これからどうしよう……」

「……どうしようかなぁ、うーん」


 俺は今日の晩にこの子に食べられる予定とはいえ、このまま見捨てるのも気分が悪い。

 というか、今この少女がすごい勢いで走れているのは、ドラゴン冷やし中華である俺を食べた影響で間違いないだろう。ぶっちゃけ他に考えられない。

 ……もしや、王族の連中もこんな感じになっていたりするんだろうか? ドラゴン卵で国がやべぇ。俺のことだけど。


「近くの町とかは遠いのか?」

「……遠いけど、なんか今ならあっという間にいけそうな気がする」

「そっか、それなら行ってしまえ! なぁに、俺がまだ半分残ってるんだ、ダメなら俺を食べきってから引き返してくればいい」

「そっか。そうだね……」


 少し悲しそうな声。


「そういえばまだ名前を聞いてなかったな。何て名前だ? メイドの土産に教えてくれよ」

「メイド? ……ええっと、わたしの名前はナツだよ。冷やし中華さん」

「ナツ? 夏、って季節の?」

「うん。その夏。夏に生まれたからナツ」


 なんてこった。夏だって! そいつぁ冷やし中華の俺と相性が良くて当然だな。


「冷やし中華さんは、その、長い名前だね?」

「あ、それは料理名であって俺の名前じゃないんだ。俺の名前は――」


 ――あれ? 前世の記憶が思い出せない。いろいろショックがありすぎたせいか、それともあの神ジジイに記憶を消されたか。まぁいい。


「……まぁ、今日の晩には食べきっちまうんだ。変に名前呼んで愛着持つこたぁねぇよ」

「そんな……あっ! まって、良いこと思いついた」


 いいこと?


「今日半分食べたでしょ。明日はその半分を食べるの。明後日はさらにその半分。そういう風にしていけば、ずっと一緒にいられるよ!」


 どこかで聞いたような理論。だが、それは最終的に原子単位で打ち止めになるんだ。だからうまく行くはずもない。そもそも原子1粒食べたところで腹が膨れるはずもない。というか人類が素手で切り分けられる限界を超えている。あと腐る。

 しかし、俺はその言葉を待っていたのかもしれない。


「……ははっ、そうだな。天才かよおめー」

「だから、名前……教えて?」


 俺は、少女に自らの事を覚えていてほしかった。名前があれば、それはより深く刻み込まれるだろう。

 故に、俺は名乗った。


「俺は……ゴンだ!」


 俺は元々ドラゴンである。だが今は半分食われている。なので、ゴンだ。ドラもいいけどそっちだとなんかどら焼きが好きな青いネコ型ロボットを想像してしまうのでやめた。

 でも言ってからこっちはこっちで前世で読んでたとある漫画の主人公とまる被りである事に気付いた。……いや! あれはもう二度と戦えなくなっていい覚悟があったとはいえ髪の毛ぐわっと伸びてたし、ある意味縁起がいいって! うん! 麺も伸びれば量が増えるだろうし、もうちょっと長くいられるさ!


「よろしくね、ゴンさん!」

「ああ! ナツ!」




 ちなみにこの夜、「さらに半分」を食べようとしたら冷やし中華の麺と錦糸卵がもとの1人前にまで増えていた。まさかドラゴンの回復力か。ハムやキュウリもちょっと回復してんだけどなにこれ。やべぇよこれ……冷やし中華食べられ放題じゃん!


「おいしいよぉ、ゴンさん、ずっと一緒にいられるねぇ……!」

「わかった、分かったから泣くか食べるかどっちにしよう。な?」


 このままだと幼女の鼻水とかトッピングされてしまいそうだ。うん? それはそれでアリか? いやないか。

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