05.俺が冷やし中華で食べられねぇってのか!?



「なぜにホワイ!? え、君今行き倒れてるんだよね。お腹を空かせて!」

「そ、そうだけど……」

「だったら目の前にある食べ物とかホイホイ食べちゃうだろ!? 普通。なんで!? なんで拒否するの!? そうやって世界は俺を拒絶するの!? 滅べばいいこんな世界!」

「な、なんか怖いこと言いだした……」


 うん世界滅べは言い過ぎた。ちょっと神様に思うところがあっただけなんだ。すまない。


「それはさておき、なんで食べたくないって?」

「だって、食べたら体を乗っ取られそうだし……もしくはお腹の中からばぁって食い破ってきそう、だし」


 乗っ取り? 中からくぱぁ? きゃっ何それ怖いこと考えるわねこの子! 想像力豊か!


「しないしない」

「でも、あなたが食べ物だとして……利点がない、し」

「ばっかもーーーん!」


 俺は麺でぺちんと女の子の頬を叩いた。


 女の子は「えっ」という顔をしている。俺も「えっ」という顔をしている。いやだって麺が触手のように動いたんだもん。なにこれってなるでしょ。


「えと、それはつまり、あなたに明確な利点があるってこと……?」

「えっ? あ、うん、あるある。ごめんね思わず叩いちゃって」

「え、あ、う、うん?」


 なんか知らんけど許してくれた。よし。畳み掛けるぞ。


「いいか、食べ物ってのは食べられてこそ食べ物なんだ……だから、俺は自分が食べられてもいいと思える人間を探していたんだ!」

「えと、それが、わたし……? どうして?」


 どうして? その決め手は顔が可愛い女の子だから。でもそんなこと言ったら引かれそうだし何て答えよう。あ、そうだ。


「お腹を空かしていて、俺の事をおいしそうに食べてくれそうだったからさ」

「……ひ、冷やし中華さん……!」


 なんか知らないけど感動してくれてる?

 まぁいい。よし決めた。もう決めた。俺はこの子に食べられる!


「さぁ! 僕の麺をおたべ……!」

「……本当に食べても、いいの?」

「いいよ!」

「乗っ取ったりしない?」

「しないから!」

「おへそからにゅるっと出てきたりしない?」

「そんなスイカの種を飲み込んだ時の迷信みたいなことにはならないから!」

「じゃぁ……」


 そう言って恐る恐る、俺に手を伸ばしてくる少女。


 箸は……まぁ、いいか。手づかみでも。


 ちょんと、麺を一本恐る恐るつまみ、酸っぱいタレに絡めて口に運ぶ。


「……!!」


 ちゅるるるるん! と、一気に口の中に吸い上げられる1本の麺。


「おすすめは錦糸卵だ。この、黄色い奴だぜ」

「錦糸卵……」


 今度は1枚の錦糸卵をつまんで、ぱくっと口に含む。


「~~~ッ……!!」


 ぶんぶんと空いてる左腕を振り回して喜ぶ少女。俺知ってる。美味しいもの食べるとじたばたしたくなっちゃうよね。


 そして少女の眼は、すっかり俺を食料として補足していた。


「ふっ。どうやら、冷やし中華を気に入ってもらえたようだな」

「おいしい、すごくおいしいよぉ……!」


 再び麺を1本つまんで、ちゅるるるん!

 錦糸卵を1枚つまんで、ぱくっ!


「すごいよぉ、麺がツルツルしこしこ……錦糸卵もふわふわぁ……!」

「よせやい、照れるぜ」


 俺は少女の喜ぶ顔を見て、自慢げに鼻をすすった。鼻ないけど。きゅうりのあたりを適当に。


「よーし、ほら。キュウリやハムも食べな! トマトもおいしいぜっ!」

「う、ううっ……」


 と、ポロポロと泣き出す少女。えっ、ちょっとまって、カラシでも付いちゃってた?


「こ、こんなに、美味しいの……はじめて……!」

「そうかい、残さず食べていいんだぜ」

「……ねぇ、冷やし中華さん。全部食べたら、その、どうなるの?」


 どう? とは? 俺は質問の意図が分からず黙る。


「……冷やし中華さん、死んじゃうの……?」

「……へっ、よせやい。つまらねぇこと気にするなよ。俺は食い物、お前は人間。お前さんみたいな可愛い女の子に食べられて、俺は本望ってなもんさ」

「そんな、わたしのこと、可愛いだなんて……っ」


 言いつつも、俺を食べる手は止まらない。麺1本、錦糸卵1枚ずつ、キュウリもハムも1枚ずつだが確実に俺を食べていく少女。


「……このまま食べちゃったら、冷やし中華さんとお別れになっちゃうよぉ……!」

「そ、そりゃまぁそうなるだろう。でも俺も覚悟はできてるんだ」

「いやだよぉ……おいしいよぉ、冷やし中華さんおいしいんだよぉ……! いやだよぉ!」

「な、なに泣いてんだっ! 美味しいってんなら笑えっほらっ!」


 と、半分ほど食べたところで手が止まる。


「……こんなに優しくされたの……初めてなのに……っ! わたし、冷やし中華さんを食べることしかできない……!」

「お、おう……ぐす、ばかやろうちくしょうバーローおめー、俺まで泣きそうになっちまったじゃねーか!」

「冷やし中華さんのおかげで、胸がいっぱいで、体中に力がわいてきて、そっか。これが、食べるってことなんだね……ありがとう、冷やし中華さん」


 ふふっ、この冷やし中華。最期に食育をしてしまったようだ。


「……全部食べなきゃ、だめなの?」

「…………」


 と、少女はそんなことを聞いてきた。


「……わたし、もう、おなかいっぱいだよ。これ以上は食べられない。食べたくない」

「……ははっ! 謙虚なヤツめ。本当は腹を空かせてるってのに……」

「……のこりは取っておいていいかな。その、また、夜に食べるから! だから……もうすこし、お話、したいな」

「ははっ! ……しかたねぇな。ちゃんと晩御飯には全部食べるんだぞ?」

「うん! ありがとう冷やし中華さん!」


 どうやら俺の寿命は、あと半日伸びたようだ。

 後で食べるってんだから、今くらいはお残しを許してやろうじゃないか。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る