03.終わらねぇよ!?


 終わらねぇよ!?


 あーやっべぇ、死ぬかと思った。

 いやまぁ不思議なこともあるもんだ。ひどい夢を見た。


 俺は気が付いたらドラゴンに転生していて、でも卵から孵ることなく勇者とかいう料理人に料理されてしまうという夢だ。


 はー、ないない。異世界転生だよ? そんなんどうしようもないじゃん。俺何もできない卵じゃん、不可抗力だよ。死に戻っても抗うすべもないよ。どんだけ鬼畜なんだよ。


 で、俺は今の自分の状況を確認することにした。


 どうやら俺は今、調理されて冷やし中華の錦糸卵になったようだ。





 はい。


 はいじゃないが。(混乱)


 えーっと、大事なことだしもう一度確認しよう。



 うん、まず俺が調理されたのは夢じゃない、事実だったようだ。

 あまりのショックに気を失っていたようだが、こうして錦糸卵になってしまった以上認めざるを得ない。認めたくないけど。


 まぁそれは認めるとして、なんで俺ってば錦糸卵になってるんだろう。

 いや、もっとあるじゃん。卵焼きとか目玉焼きとか。ゆで卵、とまでは言わないけどさぁ、あるじゃん。卵料理って。卵ボーロとか。マヨネーズとか。


 なんで冷やし中華? つーか異世界で中華? 混乱しかないわ。西洋風ファンタジーだったはずだろぉ!? あれか、料理人、勇者って言われてたけどお前も転生者か何かか! だったら尚更他の料理があっただろうになんで冷やし中華をチョイスした!?


 そしてなんで俺の意識も冷やし中華になってんの!?

 あれだよ、錦糸卵だけかとおもったらきゅうりとかハムとかも俺の一部っぽいイメージあるんだよ。これじゃ俺、冷やし中華じゃん。俺、冷やし中華じゃん!


 もっとクレープとかパフェとかプリンとかあったろ! いやどれも嫌だけど!


 きっと今頃神様のジジイは大笑いだろうよなぁ! っだー! くそー!



 見渡せば他にも冷やし中華が並んでいた。

 なんで冷やし中華なのに目が見えるの? 考えられるの? とかはもういい。それは卵のときにやった。


「よし、これで盛り付けは完了だ!」


 どうやらこれから食卓へ運ばれるようだが。あれ、もしかしてそっちの冷やし中華さんも俺ですか? 俺、分裂してる? おーい。……うん、返事があるわけもないね。だって冷やし中華だもん。わぁいおいしそう。夏の風物詩!


「よぉし、食卓へ運べ!」

「「「はっ!」」」


 そうして俺は大勢のコックさんの一人に皿ごと持ち上げられ、ワゴンに乗せられ運ばれる。道中は銀のボウル? クロッシュってんだけ? アレで見えなかったけど、食堂について外が見えるとそれはもう豪華な広いテーブルだった。


 その中でも俺は特に上座。一番偉い人の席に置かれたようだ。なにせエラそうな髭を生やし、王冠を頭に載せている。


「まぁ、あなた。これがドラゴンの卵料理なの?」

「初めてみる料理ですわ!」

「ふぉっふぉっふぉ、これはさすらいの料理人トリイチ・オオヤマに作らせた一品よ。『冷やし中華』というらしい。夏の暑き日にもするりと食べられる一品だそうじゃよ、我が妻達、娘達よ」


 あ、今夏なんだ。なるほどなー、夏と言ったら冷やし中華だもんなー。

 ……おいトリイチ!? お前絶対日本人だろ! あれか、たぶん厨房で盛り付けしてたやつ、あいつがトリイチだ!


「それにしても、今日はよろしいのですか? 王子たちを差し置いて、女性だけでドラゴンの卵を味わってしまうだなんて」

「良い良い。なにせドラゴンの卵は不老長寿、つまり美容にとても良いということじゃ。ならばワシの妻や娘を優先して何が悪い? そもそも王子たちの妻も呼んでおるのじゃから、その点ちゃんと配慮しておるわ」


 なるほど、見回せば俺のところ以外はすべて見目美しい女性だった。


 うん。別嬪さん別嬪さん、ひとつ飛ばさず別嬪さん。例外は俺の前に居るオッサン王。なんですかハーレムですか後宮ですか。もげろ! くそ! やっぱ王族に転生すればよかった!


「それではいただくとしよう!」

「はい、では先に失礼して毒見を――」

「いらんいらん! ドラゴンの卵だぞ、毒見に食わせるのももったいないわ!」

「では食前酒を」

「おう、はよう持て」


 まって。俺、このオッサンに食べられたらどうなっちゃうの?

 まさかの錦糸卵になっても残ってた意識も、食べられてしまってはどうしようもないだろう。それでもだ。

 周りで既に食べられている冷やし中華たちを見る。あの可愛い女の子の口に、するりと食べられて。女の子も嬉しそうな顔だ。美味しいんだろうな、実際。


 一方こっちのオッサン。口が臭そう。箸の持ち方もなっちゃいない。あ、食前酒飲みやがった。あんなんで俺の味が分かるってのか? ワインがぶ飲みしてんぞ。


「ぐぇぷ。……さて、いただくとしようか」


 そう言って、オッサンの握る箸が俺に向かって伸びてくる。うわぁ何この箸の持ち方。元々この世界に箸の持ち方が無かったとしてもこれはひどい。握り箸だ。

 でもお姫様たちはみな持ち方をしっかり学んだのかちゃんと綺麗に持っている。え? じゃあこのオッサンがうまく持てないだけ? 甘やかされて育ったの?


 うん。


 せめて。


「せめて可愛い子に食べられたぁああああああい!!」

「うぉ!?」


 あっ、なんか動いた。というか、飛んだ。


「ああっ!? わ、わしの冷やし中華が……飛んだ!?」

「これはまさにドラゴン……新鮮な証拠ですね」

「上手いこと言うな王妃よ。……ええい、このっ、おとなしく食われろ!」


 箸を躱して皿ごとふよふよ、ひゅんっと飛ぶ俺。緩急の動きでオッサンを翻弄する。

 だが皿の上の汁も紅ショウガのひとかけらさえも飛び散ったりはしない。飛行に伴って魔法的な保護がかかっているのだろう。


「けっ、オッサンなんかに食われてたまるかよ!」

「なっ、お、オッサン、オッサンじゃと!? ええい、食べ物の分際で生意気な!」


 おお、しかもどうやら話もできているようだ。だがそんなことはどうでもいい。

 俺は天井近くまで飛びあがった。無駄に広い食堂があだになったな、この高さでは追いつけまい。


「あーばよー! ふはははは! 俺は自由だーーー!!」

「わしの冷やし中華ーーー!!」


 そのままの勢いで、換気のためか何かで開いていた窓から飛び出す俺。


 冷やし中華は空を飛ぶ。いい勉強になったな。




  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る