02.異世界に生まれ落ちたドラゴンの卵


 さて、そんなわけで俺はドラゴンに転生することになったわけだが……


 ここはどこだ。

 意識を取り戻したと思ったら、なんとも暖かくも暗い場所にいた。

 よく見れば、暗いなりに自分が何かに包まれていると言うことが見てわかる。

 とても心地よい場所にぷかぷかと漂っている、そんな感じだ。


 ……そもそも目が見えるってことは目があるのか? と思ったのだが、俺にはまだ体すらない事に気が付いた。いや、正確に言えば体が無いわけじゃない。動かせる手足が無いだけだ。

 黄色く、丸い。水まんじゅうのようなそれが今の俺の体。



 そう、俺は今、ドラゴンの卵。その黄身だったのだ!



 俺を包んでいるものは白身。そして卵の殻だった。

 暖かいのはこれ母ドラゴンがあっためてくれてるからって事だろう。ありがとうママン。


 ……うん? でも黄身でどうやって物を考えてるんだ見てるんだ俺は。どうやって自分が黄色い丸い水まんじゅうだと認識できたんだ?

 赤ちゃんの頃の記憶ー、とかあるけどああいうのって脳がしっかりできてからの話じゃないか。

 不思議なこともあるもんだ……まぁファンタジーだしな。


 これはあれだ、魂レベルの話なんだな。記憶は魂に宿る。そして幽体離脱したときに視界があるってんなら魂にだって視野はある。そんなこんなで見えたり考えたりできるんだろ。



 さて、疑問も解決した、ということにしたところでこれからどうしよう。

 記憶を保持したまま転生とは言ったけど、まさかこんな状態からスタートだとは思いもよらなかった。さて、どうしてくれようまじで。


 細胞分裂頑張っちゃう? いやいやどうしようもないって。魔法の特訓……そもそも使い方が分からん。瞑想? うーん。

 とにかく俺には何もできない……だってまだ手足もできてないただの卵黄だもの。文字通り手も足も出ないんだもの。


 ま、深く考える必要はないな。世界の知識で覚えてたけど、ドラゴンの卵期間は3年、今がどれくらいかは分からないけど、その間は休暇だと思って休ませてもらおう。


 本番は生まれてからだ!

 俺は、そう心に決めて、とりあえずぷかぷかすることにした。




 でもたぶん翌日。俺の運命は急転した。




 外は見えないのだが、ママドラゴンがぐわっと立ち上がった。卵に光が当たって視界が明るくなる。


「うぉおおおお!」

「ぎゃー! 俺の、俺の腕がぁあ!」

「怯むな、前へ進めぇええ!!」


 えっ、ごめん外何が起きてるの?

 耳(?)をすませて外の様子を探る。

 どうやら戦闘が起きているようだ。やだ怖い。でもママドラゴンに任せておけば大丈夫さ、なんてったって最強生物のドラゴンなんだから!


「ドラゴンが産卵で弱体化している今がチャンスだ! 今ならドラゴンを討伐できる……ドラゴンスレイヤーの名誉を得れば、地位も女も思いのままぞ!」

「うぉおおおおお!!」

「勇者の兄貴ィ! やっちゃってください!」

「ふっ……俺はただの料理人さ。だが丁度、ドラゴンのステーキを食べて見たかったところだ!」


 あれっ、ま、ママ弱体化してるの? しかも勇者だって? え、もしかしてこれちょっと分が悪い?


「ガォオオオン!」

「あっ、ドラゴンが逃げたぞ!?」

「くそっ、あんなに空高く……兄貴、何とかできないんすか!」

「……空は飛べないからな。さすがドラゴンだ、あれほどの傷を受けてもまだ飛べるとは」


 おおっ、よかった、ママドラゴン無事に逃げ切れたようだ。ばーかばーか、弱体化してるからってドラゴンが倒せるわけないだろ、空だって飛べるんだい!


 ……ん? ちょっとまってくださいお母様。え、あの、ワタクシ、まだここにいましてよ? え。どういうことなの?


「ふむ。どうやら今回の戦果はドラゴンの卵だけのようだな……」

「ドラゴンの卵か……夢が広がるな」


 えっ?


 ……えっ?



 助けてママーン!? あなたの子供が怖い大人に囲まれていますよ!

 あっ、逃げたんでしたね畜生! 俺も連れてけよぉ!


「3個のうち2個は持ち去られたが、この1個は我々の物だ」

「流石のドラゴンもこのサイズの卵3つは持てなかったか」


 俺の兄弟でママンの両腕(脚?)はいっぱいいっぱいだったらしい。くそっ! なんで寿命数万年のドラゴンが卵3つも産んでるんだよ! そりゃ弱体化もするわ!



 あ、でもこれってアレでしょ? 刷り込みとかを利用してドラゴンを手懐けるっていう、そんでドラゴンライダーとかになっちゃうっていうアレでしょ?

 人間の味方するドラゴンってのもいいと思うなぁ僕は! ねっ! お友達!


「ドラゴンの卵。食べたものはドラゴンの力を得ると言う伝説の食材・・……不老長寿の霊薬。ふふ、腕が鳴るぜ」


 まって、どうしてそんなこと言うんですか?

 ここにドラゴンの卵も居るんですよ、そんなひどいこと言わないでください!


 え、そこにドラゴンの卵があるから?

 バカな。そんなことしたらドラゴンの雛さんが孵られなくてピヨピヨできないじゃないですか。可哀そうだとは思わないんですか? え、この世界ってば弱肉強食でしたね、そうでしたね。


「……親ドラゴンが戻ってくる前に解体してしまいたいのだが」

「ドラゴンの卵はオリハルコンのノコギリでもないと開けられないぞ」


 おお! これは俺最後の砦、卵殻ガード! ふふふ、この鉄壁をどう突破する!


「問題ない。こんなこともあろうかと、オリハルコンのノコギリを用意してある」

「おお! さすがはさすらいの料理人と名高い勇者殿! では早速」


 ばかー! おまえばかー!(語彙損失)

 なんでそんなピンポイントにオリハルコンのノコギリなんて持ってんだよバカじゃねぇの! バカじゃねぇの!


 あ、まって、殻をゴリゴリ削られる音がする。あっ、あっあっ……


 あっ、まぶしい。ハローワールド。明るい陽射し。俺を取り囲む屈強な男たち。

 覗き込む様子から見て、卵は大人のみぞおちくらいまでの高さがあるらしい。どんだけデカいんだよ。さすがドラゴン。こんなんひり出したらそら弱体化もやむなしだわ。


 あと俺まだ生まれる時じゃないの。お願い、あと3年くらい寝かせてくれない? あ、無理? ハハハ。知ってた。


 と、屈強な男たちが俺を持ち上げる。

 な、何をする気だ? ぷるぷる、僕悪いドラゴンの黄身じゃないよう。




 ぐらりと傾く世界。いや卵が傾けられている。え、やだこぼれちゃう。ぎゃーーーー!


 どろりと卵の外に出る俺の中身。中身というか俺自身。ぎゃーーーー!


 え、それボウル!? ボウルなの!? ぎゃーーーー!




 ――――そうして俺は料理された。 完。



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