第20話

 出発から六日を過ぎた頃から日が完全に沈むまで移動に費やすようになった。

 多分、追っ手の獣の鳴き声があちこちで聞こえた所為せいで先を急ぐ事になったんだろう。


 移動が終わってジエさんとお茶を飲みながら少し休憩させてもらった後、私はジエさんの部下のレンキさんとアガサさんが担当している野営の設営を手伝わせて貰うのが新たなルーティンとなった。


 日が沈んでしまってからの調理は何しろスピードが命なので、調理よりかは差し迫っていない設営の方が気楽だろうと云う配慮だった。


「あー、リンちゃんと天幕設置とかマジ癒されるわ」


 近くでレンキさんがそんな事を言ってくれてるけれど、私はそれどころじゃなかった。


 地面に天幕を張る杭を打ち込む作業をやっているのだけれど、杭の半ば迄は打ち込まれてくれたのに、そこからぴくりとも動かない。


 因みにレンキさんは別の天幕の杭を打ち終わって、私が杭を打っている天幕の二本の杭を打ち終わった所だ。


 …ヤバい、一本も仕上がんないとかダメ過ぎる…!

 自分のダメっぷりに焦った私は、ハンマーを両手で持ち、振り上げた。

 が、それをレンキさんに止められる。


「おーっと!リンちゃん、俺今、癒されてたとこなんだけど、一気にヒヤヒヤさせないでよ。

 ここ、地面固いから振りかぶって打ち付けても一回じゃ無理だよ。何度かやんないと」


 私の手からそっとハンマーを取ると、レンキさんは三回打ち付けて杭を地面に沈めて見せた。


「ね?」

「…ハイ…」


 レンキさんに叩かれてあっさりと地面に沈んだ杭を前に、私は何故か打たれた杭を擬人化し『痛かっただろうな』などと思う有り様だった。


 パワフルなハンマーさばきを見せてくれたレンキさんは、茶髪の長髪に赤茶色の目をした男性で、軽そうな雰囲気をしているけど、話してみると親しみやすくて、全く役に立たない私にも嫌な顔をせず、色々と教えてくれる。


「リンさん、杭にひも通して結んで貰えますか?」


 出来ない事だらけで凹む私を見かねたアガサさんが声を掛けてくれる。


 アガサさんは灰色の長髪、青い目をした男性で、細マッチョな男性が多い中、ガッツリマッチョな体格の持ち主だ。

 でもいかつい体格とは裏腹に繊細で器用な人だった。


 そんなアガサさんが声を掛けてくれた手伝いは私でも難なく出来る内容で、私は思わず笑みをこぼした。


 おっと、いけない、ニヤニヤしちゃってた。

 気を引き締めなきゃと思った時、ふと、視線を感じて顔を上げると微笑を浮かべていたアガサさんと目が合った。


 アガサさんの私を見る目が凄く優しくて、今まで異性からそんなに優しい視線を向けられた経験がない私は、顔が火照るのを止められない。


 アガサさんも、私の羞恥が伝染したのかちょっと顔を赤くしたけど、目をらす事なく見詰められて居たたまれなくなった私は俯いた。


「んん?何、この甘酸っぱい空気!いいね、盛り上がって来ちゃってる?」

「…ウザ」


 アガサさん、今、ボソッと…ううん、そんなの私の聞き間違いだよね!

 と思うには、レンキさんに向けられたアガサさんの青い目が冷ややか過ぎた。


 天幕の設営が終わり、程無くして夕食となった。

 今日の夕食は乾燥トマトを使って茸と肉とペンネを煮込んだパスタ料理だ。


「あれ?ジエさんとソウマさんがいないけど、どうしたんですか?」

「師団長とソウマは見回りしてるから後で食べるって。気にしないで先に食べよう」


 手を引いて誘ってくれたアサギリさんに頷き、皆さんが待ってる場所へ。

 賑やかな晩餐の始まりとなりました。


 まず、晩餐ばんさん布陣ふじん(座った場所ね)だけど、私の右隣はアサギリさんが陣取る。これには誰からも不満の声が上がらなかった。いや、アサギリさんが上げさせないって感じだった。


 きっとアサギリさんは、ジエさんの部隊で副長と呼ばれている(たまに副長ってあだ名なのかなって思うあつかいを皆さんからされてる時もあるけど)ソウマさんの次にあたる役職にいてるに違いない。カッコいい!


 左隣は誰が座るかについての話し合いは直ぐに平行線を辿り、それを掛けてくじを引く事になったんだけど。


「はあ?」

「何で?納得出来ないんだけど!」

「ねえ、そのクジ棒見せてくれるー?怪しいもん、これぇ」

「運だけはいいんだよな」


 クジ引きの結果に刺々しい疑問符で怒りを余すことなく訴えるタキ君と、麗しい顔立ちを真顔にして不服を訴えたセンカさん。


 おっとりした口調ながら、クジ棒を引ったくるようにして手に取り、検分する目付きは私の知るギンナさんじゃなかった。


 れてるのか、ため息を吐いただけで結果を受け入れた大人な対応なアガサさん。


「いや、悪いな、皆!じゃ遠慮なく」


 皆さんのギラギラした視線も心地好さ気なレンキさんが、その長い髪を一つにまとめながら私の隣に腰を下ろすと、タキ君とセンカさんは私の前に腰を下ろした。

 ギンナさんはアサギリさんの隣、アガサさんはレンキさんの隣に腰を下ろしたところで、夕食となった。


「俺、第三師団に所属出来て本当に良かったって思ってるよ。タキって色々問題あるけど、料理は最高だし」

「私もそう思うー。センカさんの料理もあって贅沢だよねぇ」


 レンキさんが煮込みを食べながら染々と言うと、ギンナさんも笑顔で同意する。

 私も頷いて賛同すると、タキ君がキラキラした目で私を見詰め、迫ろうと腰を浮かせた所でセンカさんに抑え付けられていた。

 きっと『色々問題』って所は聞かなかった事にして、喜んでくれてるんだろう。


「所でさ、リンちゃんってなんでそんなに手伝いたいの?移動後は凄く疲れてるんだよね?無理しなくてもいいんじゃない?

 あ、俺達は手伝ってくれるのは凄く嬉しいから誤解しないでね」


 レンキさんの疑問はもっともだ。

 疲れてて、殆んど役に立たないしね、私。

 でも、私が手伝わせて貰ってるのには皆さんが作業してるのに何かしないと申し訳ないと云う気持ちと、もう一つある。


「皆さんには迷惑掛けちゃうんですけど、私はこの世界で自分に出来る事と出来ない事がよくわからないので、まずはこの期間で色々とチャレンジしてみようかなって。

 出来る事が分かれば、何処どこかで働けるかもしれないじゃないですか」


 ーーーいや、就職はまず、セキロウ様に相談しよう?多分、無理だと思うけど。


 何か、皆さんの目が生温く感じたのは気のせいでしょうか。

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