第6話
う、うーん…
なんか、身体が痛いし、重い。
「…風邪、かな?」
まだ重い瞼をうっすらと開け、呟いた。
熱はあるのかな?測ってみないと。
それ次第では休む事になるから、引き継ぎメールしなきゃ。
ああ、もう、寝てる場合じゃないわ。
仕事の事を考えて、すっかり目が覚めた私の視界に、自分の手を握る大きな手をみた。
それを切っ掛けに、お腹に回った腕とか、足に絡む足とか色々とあり得ない珍風景なんだけど、最もあり得ないのは、昨日の体験が全て現実だったって事だ。
めちゃくちゃ憂鬱で朝からため息がでた。
いま、何時だろう?
いつも六時半には起きてるから、そのくらいかな?
でも、昨日、ハードだったから寝過ごして、八時過ぎてたりして。
やば、会社出勤日だったら遅刻じゃん。
…ああ、ダメだ。切なくて泣けちゃう。
何の代わり映えもしなかった日常がこんなにも恋しいなんて。
「…リン?泣いてるのか?」
「…すみませ…起こして」
「いい、気にするな。まだ、恐らく寒いだろうから、もう少しこのままで」
セキロウさんにしっかりと抱き込まれ、囁かれる。
「寒くはないか?」
「はい、お陰様で。でもあちこち筋肉痛で身体中が痛いです」
「そうか、もう少し眠れ」
「でも、寝過ごしちゃうかも」
「起こしてやるから安心して眠れ」
抱き込み直されたことにより、再び背から伝わる体温に誘われ、私は二度寝を貪った。
この世界は少しでも太陽が出てないと、気温がとんでもなく下がるようだ。
昼夜で温度差が激しいって事だけど、多分、それを命懸けで体感したのはこの世界の住人ではない私だけな気がする。
朝の身支度を終え、私は今、セキロウさんの斜め後ろに座っている。
これから朝食にするってセキロウさんが言ったので、手伝いを申し出たんだけど、手伝う程の手間はないと言われてしまった。
でも、アレ、どうするつもりなんだろう。
だって、
~本日の朝食~
◼️材料◼️
・肉塊10キロ級(目分量)
以上になります。
だよ?
で、火はあるけど、
以上になります。
だよ?
まさか、この肉塊を火に投げ入れる?
わあ、いつ焼けるの?
「リンはどの位、食える?」
「え、あ、朝ですし、八十位ですかね」
「分かった」
セキロウさんはおもむろに肉塊へ手を振りかざして、下ろした。
肉塊は五枚に下ろされ、その内の一枚に向かってまた手を振り下ろした。
「食え」
大振りのサイコロステーキ程になった肉塊を渡された。八十グラムじゃないよね、コレ。
渡された肉塊とセキロウさんを見ると、セキロウさんは生食で召し上がっておられます。
きちんと適当な大きさに肉を手で千切って召し上がっておられました。
ああ、そういう調理法なら手間がない訳だ、成る程ねー。
…ワイルドが過ぎる。
私はその辺で枝を拾い、川で洗って串刺しにして焼いて食べた。
肉はとても美味しいけど、カットが大きくて噛みきるのにえらく時間が掛かり、いつまでも減らない肉を見たセキロウさんが裂いてくれた。
それでも全部は食べられなくて、残りはセキロウさんが平らげた。
朝食で十キロ位を平らげたセキロウさんのお腹は、それでも全く膨らんでいなかった。
ワイルドな朝食後、私達は移動を開始した。
毛皮の敷物を畳もうとした所、置いて行く様に言われ、疑問に思いながら言われた通りにした。
「リンが着ていた物も置いて行け」
「えっ…あのでも、自分で持つので持っていっちゃ駄目ですか?」
染みだらけだけど、手放し難さがあった。
元の世界と縁があるものはどんなものでも持っていたかった。
それを失って行く程、元の世界から遠ざかるような気がして嫌だったからだ。
「リンにはまだ会わせていないが、同族の者が動いている。だから心配ない。置いて行け」
成る程、昨日の野営も同族の人が準備してくれたんだ。
ありがたいな。会えたらお礼を言おう。
「リン、まだ足裏の怪我が癒えていないだろう?抱えて行くからこっちへ」
差し伸べられたセキロウさんの手を、申し訳ない気持ちで取った。
借りた革の靴は、怪我もなく、長距離でなければ問題なく歩けるだろうが、両足裏全面に怪我を負っている私が、早々にセキロウさんにご厄介になるのは明らかだったので、素直に手を取った。
「セキロウさん、これから何処にいくんですか?」
今日も片腕で抱き上げられるスタイルで、やや下にあるセキロウさんの旋毛へ向かって問いかけた。
「同族達が暮らす場所がある。そこなら襲われる心配は余りない」
「あの、この世界って私の住んでいた世界じゃないですよね?」
私は意を決して尋ねた。
昨日は余りにも目まぐるしくて、何も聞けずに眠ってしまったから。
「ここは龍が至高の存在として君臨する世界で、
今は蒼龍がこの世界の統治者だ。
ここでは強ければ全ての生き物が人の形を取れる条理が罷り通る、リンにとっては異世界だ」
「それは例えば虫、とかでも人の形をとれるって事ですか?」
自分で尋ねておいて、こんなことを思うのは失礼だとは思うけど、なんの冗談かと思う。
だから私は思い付く限りで一番非力な虫を例に上げたと云うのに、セキロウさんは事も無げに頷いた。
「そうなるが、少なくとも三千年の間、新たに人型を取れるようになった種族はない」
「…強さを手に入れるのは、難しい?」
「そうだな、完全な人型を取れる程の力を手に入れるのは、不可能に近い。
何故なら、そう言う者達をより強い者達が支配しているからだ。
一定以上の強さを持つ、または持とうとする種族を半壊する事で、新たに強い種族が台頭しないようにしている」
私を最初に捕えた蜥蜴とセキロウさんのやり取りを思い返しながら、改めて暴力的な世界だと思い、背筋が冷えた。
けれどこの世界がどれ程、後進的で野蛮であろうとも私の興味は、そこにはない。
「あの、私、変な男性に『貴女は私の
何の事かさっぱりわからないんですけど、それは兎も角、私、元の世界に帰りたいんです」
セキロウさんの金色の目の冷ややかさが厳しい現実を物語っているようで怖かったけど、私は目を反らさずにただ一つの願いを口にした。
「結論から言うが、リンは戻れない。
過去にもリンの様に別の世界からやってくる女がいたが、いずれも全てここに骨を埋めている」
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